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原発事故10年「終わりなき除染」 手つかずの森林や河川、新たな汚染源に

猪瀬聖ジャーナリスト/翻訳家
(写真:アフロ)

東京電力・福島第一原子力発電所の事故から10年。遅々として進まない廃炉作業、増え続ける汚染水、膨らむ費用、避難者への巨額賠償など、多くの問題が未解決のままだが、中でも特に深刻なのは「終わりなき除染」だ。住民の健康や地域経済、果ては日本人の食卓を、長期に渡っておびやかしかねないからだ。

国の目標を超える放射線量

事故後、政府は、原発に近い11市町村を対象に、国が主体となって除染作業を行う「除染特別地域」を設け、学校や公園を含む宅地、さらには農地、森林、道路への除染作業を行った。除染は、2017年3月までに同地域内の帰還困難区域を除いて完了したと、政府は公表している。

しかし、事故直後から現地調査を続けている環境NGOグリーンピースによると、除染が完了したはずの場所でも、政府が除染の長期目標として掲げている毎時0.23μ(マイクロシーベルト)を超える比較的高いレベルの放射線量が、検出され続けている。

グリーンピースが昨年11月に浪江町の小学校周辺で測定したところ、858箇所の測定地点の93%で、0.23μを上回る線量を記録。平均値は0.4μだった。同地区の平均値は2017年以降0.4~0.5μで推移しており、政府の目論見通り線量が低下している気配は、今のところ見られない。

グリーンピースは「日本政府は、浪江町や飯舘村を含む除染特別地域内での除染は、帰還困難地域を除きほぼ完了したと主張しているが、グリーンピースが調査した地点では、政府が直接指揮を執った除染特別地域のほとんどは放射性セシウムに汚染されたままであることが一貫して示されている」と、今月公表した報告書で指摘している。

森林が放射性物質の「貯蔵庫」に

もう1つの問題は、森林の除染がいまだにほぼ手つかずの状態であることだ。グリーンピースによれば、除染特別地域内で実際に除染が実施されたのは、面積にして全体の約15%に過ぎないが、その理由は、除染が困難な森林が地域の面積の大半を占めているからだ。

森林は政府の除染対象にも含まれているが、環境省の除染情報サイトによると、実際に除染するのは「林縁部から森林側に20メートル入った部分」までで、それより奥は対象外。報告書の作成にかかわったグリーンピースの鈴木かずえ氏は、森林を除染していないにもかかわらず、政府が「除染は完了した」とアナウンスするのは、国民や国際社会に対する「ミスリーディング(誤解を与える)」だと批判する。

森林の除染の有無が問題なのは、「森林が長期的な汚染源となりうる」(報告書の執筆を担当したグリーンピース・東アジアのショーン・バーニー氏)との見方があるためだ。事故直後に東日本各地の森林に降り注いだ放射性物質の約8割は、いまだに森林の中にとどまっているとの推測がある。これら大量の放射性物質が、台風や大雨、山火事などの際に、森林から放出されて居住地域を汚染する可能性が懸念されている。バーニー氏は「除染済みの場所が再び汚染されているのは、森林が原因の可能性が高い」と分析。鈴木氏は「森林が放射性物質の貯蔵庫になっている」と話す。

汚染が続く、きのこ類や海産物

森林や、同じく除染が困難な川底や海底に堆積した放射性物質に関しては、消費者が口にする農産物や水産物への影響も心配だ。

先月22日には、福島県沖の海でとれたクロソイから、国の基準値である1キログラムあたり100(ベクレル)の5倍にあたる同500ベクレルの放射性セシウムが検出され、即、クロソイの出荷停止措置をとったと、福島県漁業協同組合連合会が発表した。

福島県沖の魚から国の基準値を超える放射性物質が検出されたのは2019年1月以来、約2年ぶり。同県漁連は、昨年2月にすべての海産物の出荷制限が解除されたことを受けて、今春からの本格操業の再開に向け準備を始めた矢先だったという。

農林水産省のホームページに出ている2020年度の農産物の検査結果(2月22日更新)を見ると、穀類や野菜、果実、豆類に関しては、他県産も含めて、国の基準値を超えたものは1つもない。しかし、山でとれるきのこ・山菜類は、検査した5175点のうち、コシアブラやタケノコなど19品目82点から基準値を上回る放射性セシウムが検出された。基準値こそ超えていないものの、50ベクレル以上と比較的高い値が検出されたものもの100点あった。

さらに問題なのは、放射性物質に汚染されたきのこや山菜類が、インターネットの通販サイトや個人売買サイトに出品されている場合があることだ。NPO法人ふくしま30年プロジェクトが昨年、ネットに出品されているきのこや山菜を購入して調べたら、宮城県産や群馬県産、茨城県産などと表示された商品の中から、国の基準値を大幅に超える商品がいくつも見つかった。

山の木が放射線を発するようになる

原子力コンサルタントの佐藤暁氏は「森林の中の放射性物質は、雨が降ると一部は流されて居住地域に到達するが、同時に地中にも染み込むため、地表の線量は徐々に低下する。様々な条件が影響するので一概には言えないが、あと5年から10年もすれば、きのこ類の汚染は、国の基準値を下回るのではないか」と予測する。

だが、佐藤氏は「それで、めでたし、めでたしとはならない」と述べ、次のように話す。

「森林の中の放射性物質は、地中に染み込めば地表からはいったん消えるが、木によって根から吸い上げられ、幹などの中に固定される。固定されたら、雨が降っても消えることはない。そして、木自体が放射線を出すようになる。35年前に大事故が起きたチェルノブイリ原子力発電所の周辺で最近、再び線量が上がっている原因は、森の中の木ではないかと言われている。日本でも将来、同じことが起きないとは限らない」

さらに佐藤氏は、こう続ける。

「基準値超えの放射性物質が検出される海の魚が減った理由は、汚染された魚をとらないような漁法で魚をとっているからであって、魚に含まれる放射性物質の量が減少したからではない。放射性物質を吸着した川底の砂や小石は上流から下流へと移動し、河口付近にはホットスポットもできている。すべての魚が基準値を下回るには、相当時間がかかるだろう」

「終わりなき除染」の厳しい現実は、一度でも起きたら半永久的な影響を覚悟しなければならない原発事故の恐ろしさを、改めて見せつけている。

ジャーナリスト/翻訳家

米コロンビア大学大学院(ジャーナリズムスクール)修士課程修了。日本経済新聞生活情報部記者、同ロサンゼルス支局長などを経て、独立。食の安全、環境問題、マイノリティー、米国の社会問題、働き方を中心に幅広く取材。著書に『アメリカ人はなぜ肥るのか』(日経プレミアシリーズ、韓国語版も出版)、『仕事ができる人はなぜワインにはまるのか』(幻冬舎新書)など。

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