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「反トランプ」で結束に向かう米国 大統領の分断作戦が思わぬ方向に

猪瀬聖ジャーナリスト/翻訳家
黒人差別に抗議するデモには大勢の白人も加わっている(写真:ロイター/アフロ)

白人警官による黒人男性の暴行死事件で揺れる米国。事件後のトランプ大統領の言動が火に油を注ぎ、「米社会の分断」が日本でも連日、大きく報道されている。しかし、分断とは裏腹に、米社会は「反トランプ」で結束に向かい始めたように見える。

「力強い結束の瞬間」

今月1日、ジョージ・フロイドさんが警官に暴行され死亡したミネソタ州ミネアポリス市内の現場を訪れた弟のテレンス・フロイドさんが、抗議活動のために集まった人たちに対し「平和的に抗議しよう」と強く自制を促した映像は、日本でも報道された。だが実は、この直後に、日本では報道されていないが、いまの米社会を象徴するかのような出来事が起きた。

演説を終えたテレンスさんに近づいてきたマスク姿の白人女性とテレンスさんが、固く抱き合ったのだ。この様子を撮影したABCニュースは、「力強い(社会の)結束の瞬間だ」と全国ネットで伝えた。

中西部の一都市で起きた黒人の暴行死に端を発した人種差別に反対する抗議デモは、燎原の火のごとく全米各地に広がり、その規模や熱気は1968年のキング牧師暗殺後の歴史的な抗議デモに例えられるほど、盛り上がっている。6日には、首都ワシントンやニューヨーク、ロサンゼルスなど全米各地で、再び大規模な抗議集会が開かれた。

今回のデモの特徴の1つは、参加者の多様性だ。現地テレビの映像を見ると、黒人だけでなく、黒人にまじって抗議活動する白人の姿が非常に目立つ。テレビ番組に出演した黒人の人権活動家は「キング牧師の時代と違うのは、多様な人たちがデモに参加していることだ」とコメントした。

マイノリティを悪役に

トランプ大統領の政治的影響力の源泉の1つは、自分たちの幸せがマイノリティ(少数派)によって奪われたと考える白人保守層の不満と怒りだ。トランプ氏は、そうした白人保守層の不満や怒りを増幅させることで安定した支持率を維持し、その支持率を武器に議会の共和党議員に影響力を行使し、自らの支持層が喜ぶ政策を実現。それによってさらに支持基盤を固めるという戦略をとってきた。これは再選に向けた戦略の柱でもある。

白人保守層の不満や怒りを増幅させたり、歓心を買ったりするには、白人保守層が目の敵にするマイノリティを悪者に仕立てて懲らしめるのが手っ取り早い、とトランプ氏は考えた。そのために進めたのが、不法移民の徹底した取り締まりやメキシコとの国境沿いの壁の建設、貧困層が多いマイノリティに結果的により大きな打撃を与えることになる医療保険制度改革の見直しだ。

ヘイトクライム多発に大統領の影

だが、これは、必然的に米社会に「対立」と「分断」をもたらした。ニューヨーク・タイムズ紙によると、2018年、差別や偏見を動機とした個人への暴力行為の件数は、過去16年間で最高を記録した。この中には、宗教差別や性的マイノリティなどに対する差別も含まれているが、圧倒的に多いのは人種差別や民族差別だ。

マザージョーンズ誌によると、米国で4人以上が殺害された銃乱射事件は、トランプ大統領の就任以降、30件以上発生、犠牲者も少なくとも260人前後に達しており、これは1980年代以降で最悪のペースという。

ミネアポリス市の事件直後、「フロイドさんを殺害した警官は過去、トランプ大統領の集会に参加したことはない」という一部報道があった。わざわざトランプ大統領との関係の有無を明らかにする記事が出ること自体、多くの米国人が、ヘイトクライム(憎悪犯罪)の多発にトランプ大統領の影を感じている証拠だ。

ジョージア州アトランタ市のボトムズ市長も、今年2月に同州内でジョギング中の黒人男性が白人の親子に差別用語を浴びせられながら射殺された事件に関し、「ホワイトハウスが発する様々なレトリック(巧言)が、人種差別的な思想を持った多くの人を今の時代に考えられないような大胆な行動に駆り立てているのではないか」とトランプ大統領を痛烈に批判している。

トランプ離れが始まった

しかし今、トランプ大統領の行き過ぎた分断政策は、皮肉なことに、反トランプで社会が結束し始めるという、本人の目論見と正反対の方向に進み始めている。

今月2日から3日にかけて公共ラジオ放送NPRなどが実施した世論調査によると、トランプ大統領を支持すると答えた有権者は41%で、3月中旬の43%から2ポイント減少。支持しないは、逆に50%から55%へと5ポイント増えた。支持するの中でも、強く支持するとの答えは32%から28%と4ポイント減っており、岩盤と言われる支持基盤に亀裂が生じつつあることをうかがわせる。トランプ大統領の抗議デモへの対応に関しては、全体の67%、白人の63%がかえって「緊張を高めた」と答えるなど、有権者の3人に2人がデモ対応を批判していることがわかった。

調査機関PRRIの調査では、トランプ大統領の強固な支持層の1つであるキリスト教福音派の支持率が3月の77%から5月には62%に急落するなど、宗教票もトランプ離れを起こしつつある。今月1日、ホワイトハウス近くに集まったデモ隊を警官隊が催涙ガスなどで蹴散らす中、トランプ大統領が近くの教会の前でわざわざ聖書を掲げてみせたのは、福音派などへのアピールが目的と見られているが、このパフォーマンスは逆に、「宗教を政治利用している」として宗教関係者の厳しい批判を招いた。

気が付けば自分がマイノリティに

産業界もトランプ大統領の政策や政治手法に異議を唱え始めている。ツイッターがお得意様であるはずのトランプ氏のツイートに暴力をあおる内容だとして警告表示を付けたほか、多くの著名企業が自社のSNSの画面を黒塗りにして黒人差別に抗議の意思表示を始めた。いまや大統領は四面楚歌の状態だ。

自らの政治的野望をかなえるためにマイノリティを悪役に仕立て、利用してきたトランプ大統領。だが、気が付けば、自分がすっかり世論のマイノリティになってしまっていたのだ。

ジャーナリスト/翻訳家

米コロンビア大学大学院(ジャーナリズムスクール)修士課程修了。日本経済新聞生活情報部記者、同ロサンゼルス支局長などを経て、独立。食の安全、環境問題、マイノリティー、米国の社会問題、働き方を中心に幅広く取材。著書に『アメリカ人はなぜ肥るのか』(日経プレミアシリーズ、韓国語版も出版)、『仕事ができる人はなぜワインにはまるのか』(幻冬舎新書)など。

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