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貧困、肥満、人種格差…新型コロナで次々と露呈する米社会の恥部

猪瀬聖ジャーナリスト/翻訳家
新型コロナ危機の中、NPOによる食事の無料提供サービスに並ぶブロンクス地区の住民(写真:ロイター/アフロ)

黒人の死亡率は白人の2.4倍――。新型コロナウイルスによる死者数が世界最悪の9万人超となっている米国で、人種間の格差を問題視する報道が相次いでいる。新型コロナは図らずも、米社会の恥部をさらけ出した格好だ。

ヒスパニック系運転手の悲痛な叫び

3大ネットワークのABCテレビは20日から3日連続で、「ナイトライン」など同局の看板報道番組を総動員した新型コロナ特集を組んだ。タイトルは「パンデミック-分断された国家」。新型コロナで大きなダメージを受けた黒人やヒスパニックなどマイノリティ(少数派)への取材を通じ、新型コロナ危機によって、人種や民族間の分断、持てる者と持たざる者の間の分断が一段と深まっている米社会の現状を浮き彫りにするのが狙いとABCは説明した。

20日放送のナイトラインでは、ニューヨーク市のブロンクス地区に住む、親がプエルトリコからの移民というヒスパニック系のバス運転手の男性を取材し、「私たちはステイホームできないんです。バスは運転手なしでは動きませんから」という悲痛な声を紹介した。番組によると、ニューヨークの地下鉄や路線バスを運営する公益法人のMTAでは、何千人もの職員が新型コロナに感染し、100人以上が死亡。MTAの職員の半数以上は、この男性のようなマイノリティという。

番組では、男性の住むブロンクス地区は黒人とヒスパニックが住民の過半数を占める市内で最も貧しい地区で、人口10万人当たりの死者数もマンハッタンなど他のどの地区よりも高いとも説明し、人種と貧困が、切っても切り離せない関係にあることや新型コロナの犠牲者数が膨らんだ大きな要因となっていると指摘した。

黒人が死ぬ確率は白人の2.4倍

CNNテレビやワシントン・ポスト紙など他の主要メディアも、新型コロナと人種格差の問題を積極的に取り上げている。18日付のニューヨーク・タイムズ紙は、ニューヨーク市内の居住地域を郵便番号で細かく分け、地域ごとの平均所得と新型コロナによる死者数を比較した分析記事を掲載。「新型コロナの影響が最も大きい地域と最も小さい地域の差を生み出した最大の要因は人種と所得だ」と強調した。

人種間で新型コロナの死亡率に大きな差があることは、医療現場からの証言などで以前から指摘されてはいたが、ここにきてまとまったデータが出始め、全体像が明らかになってきた。

民間調査機関のAPMリサーチ・ラボが20日に公表した調査リポート「コロナウイルスの色:米国のCOVID-19による死者の人種、民族属性による分類」によると、人口10万人当たりの死者数は黒人が断トツに多く、50.3人。次いでヒスパニックの22.9人、アジア系の22.7人と続き、最も少ないのが白人の20.7人だった。

ニューヨーク市保健精神衛生局が公表した、21日時点の人口10万人当たりの死者数のデータでは、ヒスパニックが217.49人、黒人が208.81人、白人が104.27人、アジア系が97.16人となっており、ヒスパニックと黒人の人口当たりの死亡率が突出していることが明確になった。

人種間の格差が明らかになるのに伴い、原因究明や対策に乗り出す州も出始めている。格差の放置はマイノリティの犠牲者を増やすだけでなく、政治問題に発展しかねないためだ。ミシガン州のホイットマー知事は4月下旬、人種間格差の問題解決のため、対策本部を設置すると発表した。同州は、人口の14%に過ぎない黒人が新型コロナによる死者数全体の42%を占めるなど、人種間格差が最も激しい州の1つ。ニューヨーク州でも、貧困地域での感染検査を大幅に強化する方針を、クオモ知事が表明している。

肥満を生む「食の砂漠」

しかし、人種間格差の解消は容易ではない。米メディアも指摘しているように、貧困や社会に巣くう人種差別の問題が深くかかわっているからだ。

例えば、米国の大都市は、ニューヨークやロサンゼルス、シカゴなど、所得によって居住地域が明確に分かれているところが多い。こうした都市では、低所得層や貧困層が固まって住む地域は劣悪な住環境だったり質の高い医療サービスを提供する医療機関が少なかったりする。医療機関はあっても、医療保険に入っていないために治療が受けられないという人も多い。こうした地域に住む住民の多くは黒人やヒスパニックだ。

また、低所得層や貧困層が多く住む地域には生鮮食品を販売するスーパーがほとんどないため、食事は高カロリー、高糖質のいわゆるジャンクフードに偏りがちだ。大都市内のスーパー不在の地域は「フード・デザート(食の砂漠)」と呼ばれ、低所得層や貧困層に肥満が多い一因とされている。肥満は、糖尿病や心血管疾患、がんなど免疫力の低下をもたらす様々な基礎疾患を発症する原因となっている。医療機関の報告から、米国の新型コロナの重症患者には肥満や基礎疾患の有病者が多いことがわかっている。

人種と貧困、健康が互いに密接な関係にあることは、統計上も明らかだ。貧困率は、カイザー・ファミリー財団の調べでは、白人が9%なのに対し、黒人はその2.4倍の22%、ヒスパニックは2.1倍の19%。格差が際立っている。肥満率も、疾病対策センターによると、黒人が49.6%、ヒスパニックが44.8%で、いずれも白人の42.2%より高い。ちなみに米国の肥満率の高さは、主要国の中で断トツだ。

社会や経済の仕組みが一因

黒人やヒスパニックが貧困から抜け出せないのは、そうさせている社会や経済の仕組みもある。例えば、米国では、小中学校の予算の一部を学校のある地域の固定資産税で賄っている地域が多い。富裕層の住む高級住宅街は、固定資産税からの収入が多いため学校の予算も潤沢だが、逆に貧困層が多く住む地域は、税収が少ないため授業などに支障が出ることもある。教育環境が十分でなければ子どもの学力にも響き、ひいては将来のキャリアにも影響しかねない。

また、黒人やヒスパニックは人種偏見のせいで就職や日常生活でも不利な扱いを受けがちで、それが社会の底辺から抜け出せない要因の1つにもなっている。

米国の新型コロナの専門家は、今年の秋から冬にかけて、再び感染が拡大する恐れがあると指摘している。かりにそうなった場合、今回の教訓を踏まえてしっかりとした予防策は取られるだろうが、マイノリティがより大きな犠牲を強いられるという米社会の構図は、大きく変わることはないだろう。

ジャーナリスト/翻訳家

米コロンビア大学大学院(ジャーナリズムスクール)修士課程修了。日本経済新聞生活情報部記者、同ロサンゼルス支局長などを経て、独立。食の安全、環境問題、マイノリティー、米国の社会問題、働き方を中心に幅広く取材。著書に『アメリカ人はなぜ肥るのか』(日経プレミアシリーズ、韓国語版も出版)、『仕事ができる人はなぜワインにはまるのか』(幻冬舎新書)など。

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