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発がん性疑惑の農薬めぐる米国の巨額訴訟、1兆円で和解か? 

猪瀬聖ジャーナリスト/翻訳家
(写真:ロイター/アフロ)

世界的に人気の除草剤グリホサートを使い続けたらがんを発症したなどとして、米国内で起こされている巨額訴訟をめぐり、13日付の米ウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)紙は、被告の独バイエルが原告側と和解条件で基本合意に達したと報じた。和解金は総額100億ドル(約1兆1000億円)前後になる見込みという。

国際機関が「発がん性」と認定

グリホサートはバイエルが2018年に買収した米モンサントが開発した除草剤で、「ラウンドアップ」などの商品名で販売。日本を含む多くの国で、農薬としてや、公園や校庭などの雑草の駆除剤として利用され、「世界で最も使われている除草剤」と言われている。しかし、2015年、世界保健機関(WHO)のがん研究専門組織である国際がん研究機関(IARC)が、危険度を示す5段階評価で2番目に高い「グループ2A」(ヒトに対しておそらく発がん性がある)に分類したことで、各国が規制強化や使用禁止に乗り出した

英紙のスクープ

欧州では、フランスが2019年、グリホサートを有効成分とする一部製品の販売を禁止。ルクセンブルクは今年中、ドイツは2023年末までにグリホサートを禁止にする予定だ。欧州連合(EU)は依然、使用を認めているが、これに関し、英ガーディアン紙は12日、EUの政策決定に影響を与えたグリホサートに関する報告書の執筆に、モンサントが密かに資金援助していたと報じた。

ガーディアン紙によると、英国のコンサルティング会社が2010年と2014年にまとめた報告書は、いずれも、「グリホサートが禁止になれば、英国の農業と自然環境に深刻な影響を与える」とグリホサートの使用継続を提言。しかし、報告書は、モンサントから資金援助を受けていることを明記していなかった。この報告書を根拠に、農業団体や農薬業界などがロビー活動を展開した結果、EUは2017年、グリホサートの農薬としての登録をさらに5年延長することを決めた、とガーディアン紙は指摘している。

コーンフレークにも影響

米国でも、カリフォルニア州やニューヨーク州など、グリホサートの使用を禁止したり制限したりする自治体が増加。インドでもパンジャーブ州やマハーラーシュトラ州など少なくも5つの州がグリホサートを禁止するなど、欧米以外にも禁止の動きが拡大している。

グリホサートの残留した農産物を食事として摂取した場合の、人の健康への影響も強く懸念されている。このため、米食品大手のケロッグが1月、「コーンフレーク」など主力商品に使う小麦やオート麦から残留グリホサートを一掃すると発表するなど、食品業界でも「脱グリホサート」の動きが広がり始めている。

原告数4万9000人に膨らむ

こうした中、米国では、学校の校庭を管理する仕事をしていたカリフォルニア州の40代の男性が、グリホサートを有効成分とする除草剤を年に20~30回ほど使用し続けた結果、非ホジキンリンパ腫を発症し、末期がんを患ったとして、モンサントを提訴。カリフォルニア州上位裁判所(一審)の陪審は2018年8月、男性の訴えを認めた上、モンサントは警告表示を怠ったとして、同社に懲罰的損害賠償金2億5000万ドルを含む総額約2億8900万ドルの支払いを命じる評決を出した(その後、裁判所の判断で、懲罰的損害賠償金は3,925万ドルに減額)。

その後も、モンサントやバイエルを相手取った同様の訴訟が相次ぎ、原告数は約4万9000人にまで膨れ上がっていた。

学校給食用の食パンに残留

日本ではグリホサートの使用量が年々、増加傾向にある。さらに、米国などからの輸入小麦や、輸入小麦を原料とした学校給食用の食パンなどからもグリホサートが次々と検出されており、消費者の間で懸念が強まっている。

消費者の懸念を受け、農林水産省は2021年度から、国内で流通しているグリホサートの安全性を再評価する作業に着手する。しかし、再評価の結果が規制強化につながるかどうかは不明だ。

ジャーナリスト/翻訳家

米コロンビア大学大学院(ジャーナリズムスクール)修士課程修了。日本経済新聞生活情報部記者、同ロサンゼルス支局長などを経て、独立。食の安全、環境問題、マイノリティー、米国の社会問題、働き方を中心に幅広く取材。著書に『アメリカ人はなぜ肥るのか』(日経プレミアシリーズ、韓国語版も出版)、『仕事ができる人はなぜワインにはまるのか』(幻冬舎新書)など。

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