新型コロナだけじゃなかった 農薬規制でも後手に回る日本政府

畑に農薬をまくフランスの農家。農薬に対する消費者の目は年々厳しくなっている(写真:ロイター/アフロ)

新型コロナウイルスの感染被害拡大で、対応のまずさを国内外から厳しく批判された日本政府だが、実は、対応の遅れを追及されているのは感染症だけではない。いま主要国では、人の命や健康、自然の生態系に目に見えない重大な影響を及ぼしているとして、農薬の規制強化が急速に進んでいる。ところが、日本政府はやっと重い腰を上げるかどうかという段階で、消費者の不安は日増しに高まるばかり。共通するのは、危機意識の低さだ。

「夕刊を開いて飛び上がりました」。元農林水産大臣で、現在は市民として食の安全に関する情報発信を精力的に続けている山田正彦さんは20日、自身のブログを更新し、前日の日本経済新聞夕刊1面トップの記事を、驚きをもって紹介した。

記事は、「農薬規制 日本も追随」という見出しで、世界が農薬規制を強化する中、日本政府も4月から農薬の安全性評価を厳しくするということを伝える内容。山田さんは「朗報です。多くの人に知ってもらうために是非シェア拡散していただけませんか」とブログを結んだ。

政府の及び腰が浮き彫り

確かに、政府が本腰で規制強化に動き始めたなら、農薬による健康被害を心配する多くの消費者にとって朗報だ。しかし、記事を読む限り、政府の本気度がどうも見えてこない。例えば、安全性評価を厳しくすると言っても、どの程度厳しくするのか、その結果、使用量の削減や農薬登録の取消などにつながるのか、一切書いていない。記事は、「追随」という見出しとは逆に、日本政府が迅速な規制強化に及び腰であることを浮き彫りにした。

後手に回る日本政府の規制を象徴するのが、人や自然の生態系への影響が強く懸念されている殺虫剤のネオニコチノイド系農薬だ。同農薬は、昆虫の脳や中枢神経内にある神経伝達物質アセチルコリンの正常な働きを妨害し、異常興奮を引き起こして死に至らしめる神経毒で、日本でも稲作や野菜・果物の栽培に広く使われている。

しかし、トンボやカゲロウなど対象とする害虫以外の昆虫や、様々な種類の野鳥、魚、哺乳類の繁殖に、重大な影響を与えている可能性が、最近の研究で明らかになってきた。さらに、発達障害児の急増との関連や母親の体内での胎児の成長との関連など、食べ物を通じた人への深刻な影響の可能性を示す研究結果も、日本の研究者らによって次々と報告されている。

迅速に動いた欧米、韓国

このため、欧州連合(EU)は2013年ごろから徐々に規制を強化。2018年には、日本でも使用が認められている主要ネオニコチノイド系農薬のうち、クロチアニジンなど3種類の屋外での使用を禁止。チアクロプリドも今年4月に農薬登録を失効させることを決めた。EUとは別に、フランスは2018年、ネオニコチノイド系農薬の使用を全面禁止した。

米国も2015年、環境保護庁(EPA)がイミダクロプリドなど4種類のネオニコチノイド系農薬について、新たな農作物への使用や空中散布など新たな使用法を認めない方針を決めた。

新型コロナウイルス対策で日本政府との違いが際立った韓国は、ネオニコチノイド系農薬の規制でも、EUが3種類の屋外での使用禁止を決めた直後に同様の措置をとるなど、日本とは好対照だ。

世界の動きに対し、日本政府は静観どころか、逆に規制緩和を進めてきた。例えば、スーパーなどで売られている農産物は農薬の残留量の上限(残留基準値)がそれぞれ決まっているが、政府は2015年にクロチアニジンの残留基準値をホウレンソウは従来の13倍強の40ppm、シュンギクは同50倍の10ppmに引き上げるなど、段階的に緩和している。

発がん性疑惑の除草剤でも

ネオニコチノイド系農薬と同様、世界的に規制強化が進む除草剤のグリホサートでも、日本政府は後手に回っている。グリホサートは、世界保健機関(WHO)の外郭団体、国際がん研究機関(IARC)が2015年、「ヒトに対しておそらく発がん性がある」との結論を出し、危険度を示す5段階評価で2番目に高い「グループ2A」に分類するなど、発がん性が強く疑われている。

米国では、グリホサートを有効成分とする除草剤を使用し続けた結果、がんの一種、非ホジキンリンパ腫を発症したなどとして、開発元のモンサントを訴える民事訴訟が4万件以上起こされている。2018年以降、因果関係を認めて同社に巨額の賠償金支払いを命じる判決が相次ぎ、米メディアによると、親会社の独バイエルは現在、水面下で原告側と和解交渉を進めている。

EPAは今年1月、「グリホサートに発がん性は認められない」との見解を改めて示し、モンサントを擁護したが、カリフォルニア州やニューヨーク州など、グリホサートの使用を禁止したり制限したりする自治体は全米で増え続けている。

欧州では、フランスが2019年、グリホサートを有効成分とする一部製品の販売禁止を決定。ドイツは2023年末までにグリホサートを全面禁止する方針を決めている。ルクセンブルクは1月、今年中にグリホサートの使用を禁止すると発表した。

アジアでも、ベトナムが2019年、グリホサートの輸入禁止を打ち出すなど、規制強化の動きが広がりつつある。

これに対し日本政府は、2017年、グリホサートの残留基準値を小麦が従来の6倍の30ppm、ライ麦が同150倍の30ppm、トウモロコシが同5倍の5ppmに引き上げるなど、これまた世界の流れに逆行する形で規制緩和を進めてきた。

カギにぎる予防原則

日本政府の対応には、消費者も懸念を強めている。市民団体や消費者団体が以前から規制強化を求めているほか、東京都三鷹市議会が2018年、「生態系への影響が指摘されているネオニコチノイド系農薬の規制を求める意見書」を国会と政府に提出するなど、自治体の間でも政府の行動を促す動きが広がり始めた。

政府は、農薬は決められた使用方法を守り、たとえ食品に残留しても、残留基準値以下なら食べても安全との立場だ。しかし、農薬は、本格的に普及が始まったのが第2次世界大戦後と、使用の歴史が比較的浅く、また普及が一巡すると新しい世代の農薬にとって代わられることも多いため、特定の農薬を人が食べ物を通じて長期的に摂取し続けた場合の影響については、必ずしも安全性が立証できていない。鳥や哺乳類などには比較的安全だとされたネオニコチノイド系農薬が、実際にはそうとは言い切れないなど、「想定外」の危険もある。

そのためEUは、最近開発された農薬や遺伝子組み換え技術など安全性を立証できない生産手段に関しては、万が一のことを考慮し、原則、使用を避けるという「予防原則」を政策の基本としている。EUやEU諸国で規制の動きが早いのは、この予防原則が確立しているためだ。予防原則の考え方は他の国や地域にも受け入れられつつあるが、日本政府は今のところ関心はないようだ。