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ブータンの教え「Look inside」

今村久美認定NPO法人カタリバ代表理事

個人的なことですが、昨年12月にブータン王国に行ってきました。

まだまだ発展途上国のブータンですが、GNP(国民総生産)よりも、GNH(国民総幸福量)を重視しようという国家目標を掲げながらも、経済発展を目指し急速な近代化を果たす今、あったのに失われつつあるもの、またなくならないように守ろうとしているものは何か。そこに、日本の教育がいま取り戻そうとしているヒントがあるのではないかと思い立っての旅でした。

昨年、Google社で取り入れられたことが話題になった瞑想 “Meditation” 。例えばブータンのすべての学校では、Educating for GNHの取り組みのひとつとして必ず瞑想を取り入れているんだとか。そんな話も聞いていましたので、旅の前半、私達はそういった、教育プログラムや、学校や社会教育のシステムにヒントを探していました。

しかし、結論から言うと、私達が今回出会った数々の教育者たちからは、子どもたちに対する教育プログラムの改善や、教え方の手法論にはヒントは期待ほどはいただけませんでした。それよりも、彼らは『GNH』という哲学でもあり、行動指針でもあるそれについて、まずは教育の担い手である大人たちが『納得して咀嚼する』ということ自体をなによりも大切にしているようでした。

政府が開催した校長対話とワークショップ、校長たちが学校に帰って開催した学校内対話、そういったことに時間をかけながら、「幸せとは何か」という価値観について、政府、教員、親、僧侶・・、様々な人たちが考える機会を持っていました。大切なのは、教育の手法を議論する前に、変わりゆくブータンにおいて子どもたちを育む環境をつくる大人たちの心に目を向けることだと。ダショー(最高級の敬称)と呼ばれるブータンの教育の基礎を築いたリーダーの方からは、しきりに「Look inside!」と言われました。

現状は詰め込み教育が学校教育の中心にあるブータンが、どのように変わろうとしているのか、センター試験が変わる大学入試改革と、学習指導要領の戦後最大の大改革が議論されている日本から、いまこのタイミングだからこそ、大切な視点がブータンにあるような気がしています。

さて、今年私たちは、あわせて 240万人の18歳、19歳の人たちを、選挙に参加できる大人として迎えます。スマホからアクセスできる同質性の高い人達と多くの時間を消耗している子どもたち・若者たちが多く存在するのも、日本のリアルです。

自己肯定感が低く、学ぶことや働くことに対して意欲を失っている人も多い現状もあります(http://goo.gl/5Y9IFn)。

しかし、『社会のために役立つ生き方をしたい』と、日本の高校生の30%は答えています(http://goo.gl/HBJVyb)。(出典URL:国立青少年教育振興機構「高校生の生活と意識に関する調査報告書」2015年)

私たちが出会う高校生たちにも本当に多様な子たちがいるわけですが、震災後の岩手県大槌町からはじまった、高校生たち自身が自分のコミュニティの課題を捉え、考え、チャレンジすることをコンセプトにした『マイプロジェクト』の現場では、自信があるかと聞かれれば「ない」と答えていても、「社会に役立てる自分になりたい」と、「少しでも自分を誇れるようになりたい」と思っていて、まわりからそっと小さく背中を押せば一歩進める高校生たちと、昨年もたくさん出会うことができました。

こちらは、昨年行ったマイプロジェクトアワードの映像です。決して『超優秀な高校生』ばかりではない、普通の生徒たちの小さくて大きなチャレンジに敬意とともに、大きな希望を感じずにはいられませんでした。

終身雇用など、とうの昔に崩壊した日本。人工知能に単純作業を任せられるようになり、最後、人間に求められるのはクリエイティビティなんだとしたら、これまでよりも難しいけれど創造的な未来をどんなに地方に住んでいても、作り出せる環境が整ってきたと言えるのかもしれません。

新卒一括採用の時代よりも、選択できる力を持てば多様な人生が選び取れる日本。すべての子どもたちが、それぞれの場所ですごす10年後、それぞれの形で「幸せだ」と思えているような未来をつくるためには、多感な時期に、教育的意図を読み取られずに(これがなかなか難しいのですが)どう大人たち側からも戦略的な仕掛けをしていけるか。そこにも創造性が必要です。

若い女性への支援活動をする一般社団法人Colabo代表の仁藤夢乃さんが言う「福祉行政はJK産業に敗北している」(出典URL:日経ビジネスオンライン)という現実を直視しながらも、どっちにでも転べる柔らかさをもった高校生たちの好奇心や意欲を掻き立てられるような機会を届ける仕事をしたい。

大切なのは、私たち大人が考えることをやめず、学校に教育の責任を丸投げせず、既存の教育システムで取り組む方々を尊敬しながらも、そして協働できる力を身に着けながら、学校外の立場から、子どもたちに『ちゃんと届く』サービスを工夫し続ける努力をするということなんだと思います。

すべての子どもたちに、居場所と出番と想像力を。

私たち自身が変わることを恐れずに、「Look inside」からはじめること。

時にはシビアに、時には冒険しながら、私たちもまた楽しみながら、仕事を成長させていく所存です。

認定NPO法人カタリバ代表理事

2001年にNPOカタリバを設立。高校生のためのキャリア学習プログラム「カタリ場」を開始。2011年の東日本大震災以降は子どもたちに学びの場と居場所を提供するなど、社会の変化に応じてさまざまな教育活動に取り組む。「ナナメの関係」と「本音の対話」を軸に、思春期世代の「学びの意欲」を引き出し、大学生など若者の参画機会の創出に力を入れる。ハタチ基金 代表理事。地域・教育魅力化プラットフォーム理事。中央教育審議会 委員。著書に「NPOカタリバがみんなと作った 不登校ー親子のための教科書」(ダイヤモンド社、2023年)」

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