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野球少年から中学卒業後に大相撲界へ 新入幕で敢闘賞の湘南乃海がいまなお胸に秘める大きな覚悟

飯塚さきスポーツライター
大相撲名古屋場所で敢闘賞受賞の活躍を見せた湘南乃海(写真:筆者撮影)

中学卒業後に未経験のまま角界入りし、約9年の下積みを経て、今年の初場所で念願の新十両昇進を決めた高田川部屋の湘南乃海。その後はめきめきと頭角を現し、先の名古屋場所では新入幕で敢闘賞受賞という活躍を見せた。大きな体を生かして力強い相撲を取る湘南乃海に、名古屋場所とこれまでの土俵人生を振り返っていただく。

右上手を取る力強い相撲で名古屋場所も活躍

――名古屋場所では、好調の錦木関に勝って勝ち越しを決めました。振り返っていかがでしたか。

「うれしかったですね、大きな一番でした。決まり手は小手投げでしたが、しっかり前に攻めたから決まった小手投げだったので。強い人に勝てて自信になりました」

――千秋楽、勝てば敢闘賞受賞というのは知っていましたか。

「知っていました。緊張しましたよ。そのなかで勝てたのはよかったと思うんですけど、どうしても勝ち急いでしまったので、これからは緊張する場面でもしっかり自分の相撲が取れるように稽古していきたいですね」

――印象的な一番は。

「琴恵光関戦が好きでした。あれだけ足腰のいい力士に対して、自分のなかでいいはじきができたので。はたきが決まったのは、一発目の威力があったからかなと、自分ではそう解釈しています。強いなと思ったのは宝富士関。どっしりとして重たいなと感じました」

――関取昇進後、体が一回り大きくなったように見えたと朝乃山関が話していました。実際に大きくなったのでしょうか。

「元大関にそう言っていただけるのは素直にうれしいですね。その通りで、しっかり稽古して筋トレもしてきたので、幕下にいたときは172~173キロ、そこからいまは182~183キロで、10キロほど大きくなりました。いまくらいがベストです」

――15日間相撲を取るのには慣れましたか。

「15日のほうがいいですね、しっかり切り替えられて。休みがあると無駄なことを考えてしまうことがあるので、すぐに明日があると思うと、負けても勝っても切り替えてまた明日も頑張ろうと思えるので、僕には合っていると思います」

――どんな相撲を目指していますか。

「しっかり立ち合い当たってから、右上手を取って前に攻める相撲です。動けるのでいなしもできてしまうし、それは一つの自分の武器と考えていますが、稽古場ではしっかり上手を取って攻めることをしています」

――理想としている力士はいますか。

「特にいないですが、参考として左四つの北の湖関や稀勢の里関、朝青龍関などの相撲を見ます。同じ左四つでも皆さん違うので、いろんな人を見て勉強しています」

野球少年が「たたき上げ」で入門したわけ

――関取は、中学を卒業後に入門されたいわゆる「たたき上げ」の力士ですが、それまで相撲の経験は。

「ありません。小学3年生から中学までずっと野球をやっていました。進学してバイトして将来は普通のサラリーマンになる道もあったと思いますが、190センチ以上ある自分がそういう普通の職業に就いているのを想像したら、自分がすごく嫌になって。親からいただいた大きな体を生かして、みんなに応援してもらったり地元に貢献できたりするのはやっぱり大相撲だなと。実際、大相撲からのスカウトもあったんです。野球でもつい甘えてしまう自分がいて、そのままだったらいけないなと思いました。角界に入って、そんな自分を変えたい。そう思って、成功しなかったら死ぬくらいの覚悟で入りました。でもやっぱり甘い世界じゃなかった。覚悟が弱かったなと思うくらい、きつくて跳ね返されました。でも、これだけ応援してもらっているんだから、逃げないぞって気持ちでやってきました」

――15歳でその覚悟はすごいですね。約9年の下積み時代はいかがだったでしょうか。

「厳しかったですね。特に、自分の同級生や年下に先を越されるのが一番きつかった。そのなかで我慢してできたのは、親方やおかみさん、部屋のみんなや応援してくれる人がいたから。苦労したので、自分一人じゃ何もできなかったんだなって本当に思います」

下積みが長く、苦労も多かったと振り返る
下積みが長く、苦労も多かったと振り返る写真:長田洋平/アフロスポーツ

――新十両を決めたときの喜びはひとしおだったのでは。

「やっとだったので、うれしかったけどホッとしましたね。3年先の稽古じゃないけど、いままで我慢してやってきたことが結果に出ているのかなと。ただ、いいときこそ自分を追い込んでやるしかありません。いままでの土俵人生を振り返ると、18歳でバーッと上がって、でも落ちていって、いいときも悪いときもありました。またそういう日が来ちゃうんじゃないかという不安もあるので、そうならないように自分に甘えずやるしかないですね。後援会もでき、いろんな人の思いを背負っていて、もう自分だけじゃないので、妥協はできません」

自分に厳しく真面目な25歳の素顔とは

――関取として出る巡業はいかがですか。

「刺激があります。皆さんに稽古をつけていただいてうれしいです。そのときはきついですけど、終わってみたらありがたいなという気持ちです。ファンの方も増えていて、交流もありがたく、うれしく思っています」

――仲のいいお相撲さんはいますか。

「島津海関です。同じ一門で、巡業でもよく一緒にいます。年齢は向こうのが2つ上ですが、友達みたいに喋っています」

――普段は何しているのが好きですか。

「映画とかYouTubeを見るのが好きです。6~7割が相撲。稽古風景とか、公式のもよく見ています」

――新十両のときの鮮やかな赤い締め込みが印象的で、青もお似合いでした。今後も締め込みの色は増えるんですか。

「実は、青ももう傷んできたので、そろそろ変えようかなと思っています。僕は締め込みを異常なくらい濡らすので、ほかの人より何倍も傷みが早いんです。普通は5年くらいもつけど、僕は4場所でもう無理でした」

――いろいろと興味深いお話を聞かせていただきありがとうございます。また番付が上がる9月場所の目標は。

「一番一番自分で決めたことを集中してやるだけです。そのなかで結果が伴わなければ反省しますが、自分のできることをしっかりやる。来場所もそういう気持ちで、自分の相撲が取れるように頑張ります」

スポーツライター

1989(平成元)年生まれ、さいたま市出身。早稲田大学国際教養学部卒業。ベースボール・マガジン社に勤務後、2018年に独立。フリーのスポーツライターとして『相撲』(同社)、『大相撲ジャーナル』(アプリスタイル)などで執筆中。2019年ラグビーワールドカップでは、アメリカ代表チーム通訳として1カ月間帯同した。著書『日本で力士になるということ 外国出身力士の魂』、構成・インタビューを担当した横綱・照ノ富士の著書『奈落の底から見上げた明日』が発売中。

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