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元大関・千代大海の九重親方 先代・千代の富士からの教えを今風に!力士のセカンドキャリア支援の構想も

飯塚さきスポーツライター
インタビューに応えていただいた九重親方(写真:筆者撮影)

元大関・千代大海の九重親方は、伝統ある九重部屋をけん引する。先代は「ウルフ」の異名で親しまれた大横綱の千代の富士。今日7月31日は、7年前に61歳の若さでこの世を去った先代の命日でもある。そんな節目に、先代との思い出や現在の部屋の力士たちの様子、伝統ある部屋を引っ張っていく心境などについて、親方に伺った。

「楽しく真剣に」稽古場に笑顔があってもいい

――先代が亡くなられ、親方が九重部屋を継いでから7年が経ちます。現在の指導に生きる先代の教えにはどのようなものがありますか。

「先代は外見も怖かったし、圧力があってみんなたじたじだったんだけど、一言一言はとても優しいんです。短い言葉で、一から十まで言わない。精神論や気力が土台にあり、その上に技術を上乗せしていきます。コーチングとティーチングの違いですが、10代の子どもたちにわかりやすく、なおかつ考えさせるような指導をずっと肌で感じてきました。それを自分なりにかみ砕いて、いま指導しています」

――先代の指導を、いまの時代に合わせて応用しているのですね。

「そうです。まずは力士たちに興味をもたせること。子どもがなぜゲームがうまいかといえば、楽しくて研究するからです。それと一緒。稽古場はキツいんだけど、自分が成長する過程において、楽しみながら真剣にやっていけば褒められるっていうことを、力士一人一人に語らずとも指導内容で伝えていく。だから、先代のときと違うのは、稽古場に笑顔があってもいいんじゃないかという発想です。笑うのはダメだっていう古い相撲の概念をちょっと外して、楽しく真剣にやろうっていうのが、いまの自分のスタイルです」

――それは新しいですね。いままで笑顔が許されなかった力士たちのほうに、戸惑いはありませんでしたか。

「もちろん、どうしても無邪気になり過ぎてしまうこともあるので、そのときは自分が緊張の糸をピッと張ります。でも、基本的に稽古場のムードは力士がつくるもの。師匠がつくるものじゃないんですよね。緩みすぎたら関取衆が空気をビシッと締めるし、時にはちょっと関取衆のほうからはしゃいで見せて、若い衆に『元気よくやっていいんだよ』と、うまい具合にやってくれています」

――楽しく真剣に取り組む。その雰囲気をつくろうと思ったのはなぜでしょうか。

「いまの子って、褒められて伸びる子が多いんです。同じ部屋でも、みんな各々夢をもった個人競技の出世の世界なので、お互い陰険な空気をもつことが暴力やパワハラにつながる。特にうちの部屋は人数が多いので、いろんなコミュニティーができるんだけど、みんながどのコミュニティーともうまくやっていて、村八分みたいなのはいません。それも先代の教えなんです。全員に目を配って、うまく舵取りして調和させるのは、師匠である僕の仕事。だから、辞める力士もいまいないし、先代の弟子も残ってくれています」

先代の元横綱・千代の富士(写真右)の教えが、九重親方に染みわたっている(写真:日刊スポーツ/アフロ)
先代の元横綱・千代の富士(写真右)の教えが、九重親方に染みわたっている(写真:日刊スポーツ/アフロ)

弟子に目を配るには「とにかくたくさん話す」

――現在の力士の数は26人。一人一人に目を配るのは大変そうですが、具体的にどうされているのでしょうか。

「とにかく話します。怖がらないレベルにまで目線を下げて、その子の目線より下から話してあげる。口をつぐんでしまう子が多いんだけども、そこを話術で掘り起こしながら探っていきます。まずはご両親の話から、その子が得意な話まで。フィギュアやアニメが好きな子もいるし、お酒や食べ物が好きな子もいる。いろいろ話しているうちに、そういうことで心が落ち着く子もいるんだなとか、僕のほうが勉強になりました。せっかく『構って』とアピールしているのに、それをいつも見慣れた風景としてスルーしてしまわないように、確実にこの子がいま何かを訴えかけてるなというときは、必ずそこに目線を置いて、その子の電波をキャッチしてあげるようにしています」

――それは力士の皆さんとしてもうれしいし、心強い支えになっていると思います。

「先代はそういうことをあんまりしなかったんだよね、逆に。頭のいい人だから、表情とかを見ただけで大概当たるんですよ、あいつはこういうやつだなって。僕はかわいがってもらったけど、でも実はほかに寂しい弟子がいっぱいいたんです。そのことがどこか頭の片隅にあったから、やっぱりみんなとしゃべってあげたほうがいいなと思い、いま話すようにしています。ただ、それもやっぱり先代の愛を受けたからこそだし、その教えを自分がかみ砕いてもっといいようにしてあげようと、そういう思いです」

――一昨年の2月には、墨田区から葛飾区に部屋が移転しました。新しい部屋にはどんなこだわりがありますか。

「常に弟子たちに言っているのは、俺は『力士ファースト』だからなということ。新しい部屋も、みんなが使いやすいように考えたから、何か足りないことがあったら言ってくれ、それが必要かどうかは見極めるけど、みんなの部屋であって俺のための部屋じゃないんだと、何度も話しています。前の部屋と変えたことの一つは、遊び部屋を設けたこと。映画やマンガ、ゲームなど、力士たちがリフレッシュできる部屋をつくりました。逆に変わらないのは、先代からたたき込まれた徹底した掃除。これまで掃除なんてしたこともなかった子たちに興味をもたせて、ふすまや障子、トイレ、階段に砂一つ落ちていない状態を保ち、心をきれいにすることの気持ちよさを教えています」

――変わることと変わらないことがあるなかで、伝統ある部屋を引っ張っていくプレッシャーはありませんでしたか。

「ないと言えばウソですけど、自分の場合は長いこと大関でいさせてもらって、部屋付き(親方)を8年やった経験上、いろんな人と出会えて、詰め込めるだけの知識をもってスタートできました。これは先代のおかげです。先代と死別して、本当は毎日不安だったけど、弟子が辞めなかったことが頑張れる源になった。みんなが自分を支えてくれているのに不安を感じさせたら申し訳ない。不安は多少あったけども、明るく、何があっても俺はみんなを守るぞっていう覚悟でした。別に格好つけてるわけじゃないけどね。自分がこうなれたのはおかみのおかげです。おかみが弟子を常に気遣い、僕の目の届かないところはすべてやってくれているので。優しかった先代のおかみさんを見ていたうちのおかみが、いいものを受け継いでいます」

「強い子が現れたら『千代大海』を渡したい」

――伝統的に引き継ぐもののなかに「千代」で始まる四股名があります。親方は弟子の四股名をどのように考えているんですか。

「その子が出世して、お客さんが声援を送っている未来を、目を閉じて想像して、これだ!と思ってつけています。いま、四股名の応援タオルがあるでしょ? あそこに何て書いてあるだろうとイメージして。あと、『千代大海』は永久欠番じゃないので、自分はどこかのタイミングで、強い子が現れたら渡そうと思っているんです。『千代の富士』は永久欠番だから渡せないけどね。自分の四股名は、いい子には渡したいなと」

――すごい。もしそうなったら、先の名古屋場所で新大関の「霧島」くらいのインパクトがありますね。

「大関でなくてもいいです。もう、この子は強くなるぞと思ったら早い段階であげちゃいますね」

“千代大海”の四股名を継ぐ者はいつ現れるのだろうか
“千代大海”の四股名を継ぐ者はいつ現れるのだろうか写真:アフロ

――未来の千代大海を、未来の横綱・大関をたくさん育てていただきたいです。親方から見た九重部屋は、いまどんな色をしているでしょうか。

「色はないね。僕の色とか九重部屋の色はない。自由ななかでもウルフの血が入った伝統ある部屋なので、言うなればしっかりと統率の取れた、自由な戦闘集団です」

――最後に、角界全体を見渡して、親方が今後力を入れていきたいことを教えてください。

「たくさんありますが、一番は辞めていく力士たちのセカンドキャリア支援です。例えば『力士警備会社』みたいなものを作って国技館の警備をお願いしたり、柔道整復師や整体師の資格が取れる制度や協会のリハビリ施設を作ったり、雪駄や化粧まわしといった伝統職に就く人が足りていないのならそういう職業に就けるようにしたり――。雇用はいくらでも生めます。でも、それを実現するには外部の力が必要です。やってみようという人たちが集まれば、小さいながらも渦を巻いて大きな力になっていく。YouTubeの『親方ちゃんねる』だって大きな一歩だったよ。協会も徐々に色を変えていっているから、いろんな力を巻き込んで仕掛けていきたいですね」

スポーツライター

1989(平成元)年生まれ、さいたま市出身。早稲田大学国際教養学部卒業。ベースボール・マガジン社に勤務後、2018年に独立。フリーのスポーツライターとして『相撲』(同社)、『大相撲ジャーナル』(アプリスタイル)などで執筆中。2019年ラグビーワールドカップでは、アメリカ代表チーム通訳として1カ月間帯同した。著書『日本で力士になるということ 外国出身力士の魂』、構成・インタビューを担当した横綱・照ノ富士の著書『奈落の底から見上げた明日』が発売中。

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