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初場所で二桁勝利の阿武咲、三賞逃すも「勉強になった」「置かれている環境が幸せ。今年こそ優勝を」

飯塚さきスポーツライター
初場所で二桁勝利の阿武咲(写真:筆者撮影)

大相撲初場所で、一時は優勝争いの先頭に立ち、場所を盛り上げた阿武咲。トップに立つ経験をしたことで、「勉強になった」と感慨深く振り返る。インタビューでは、同い年で切磋琢磨してきた大関・貴景勝との熱戦に加え、普段の相撲への取り組み方や克服したい課題などについて幅広く伺った。

好スタートも「すごく悔しかった」終盤戦

――初場所は初日から4連勝スタートでした。振り返っていかがでしたか。

「初日から、土俵上で気持ちを乱さず落ち着いて取ること、しっかり前に出ることだけを考えて集中した結果が、最初の4連勝につながったのかなと思います。5日目に竜電関に、8日目に錦木関に負けましたが、どちらも完全にひとつのミスなんです。錦木関は立ち合いの角度ミス。自分のほうが小さいので、完璧に捕まえられました。ただ、そこから引きずることなく無心でできて、12日目の玉鷲関戦まではよかったんですが、そこからの3連敗はいらないですよね」

――13日目の貴景勝関戦はいかがでしたか。内容は素晴らしかったと思いますが。

「これはむしろ燃えました。昔から知っているから負けたくなかったし、気持ちも奮い立って。ただ自分が弱かっただけですね。悔いはないです。あそこで勝ち切れる力がなかったことは、素直に自分のこれからの課題です」

――14日目の霧馬山戦に緊張が出てしまったんですかね。

「見ちゃったんですよね、琴勝峰関が勝ったのを。自分も勝たないと優勝はないので、勝たなきゃ!と思ってガチガチになってしまいました。普段はまったく緊張しないタイプなんで、本当に小さいとき以来の緊張でした。いろいろ考えてしまったのが自分の甘さでしたね。この取組が一番印象に残っています。大関に負けたのも悔しいけど、それはただ自分が弱かっただけ。霧馬山関戦は、気持ちで負けた気がしたのがすごく悔しくて。精神的にまだまだ甘いなと思いました」

――千秋楽は髷つかみの反則で悔しい黒星でした。

「あれにはもう触れないでください(汗)。初めて指が髷に入って、本当に抜けないんだなってわかりました。大銀杏って緩いからまとわりついてきて、抜けたときには相手はもう倒れていた。自分では気づいていたので、これは(審判団の)手が上がったらもう終わりだと思いました」

「軸」をもって好不調の波を克服したい

――ただ、結果としては二桁勝利ですよ。

「全然、もっと勝てましたね。満足はしていないです。できていた部分もありましたが、だからこそできなかった部分の悔しさは余計に大きい。波がなくならないと上位で勝っていけない。まだまだ力をつけていかないと、とすごく思いました」

――三賞もほしかったですよね…。

「初場所は目の前で全部が消えていきました。本当に悔しさしかない。あらためて、優勝するって本当にすごいことなんだなと思いました。知らず知らずのうちに力が入っていたらしく、疲れ方が普段と全然違っていて、こんななかで勝ち切るのはすごいことだなと。でも充実はしていて、周りの方々からたくさん電話をいただいたり、自分が置かれている環境はすごく幸せなんだな、当たり前じゃないんだなと感じました」

――ただ、初場所は阿武咲関らしさが出た、いい相撲が多かったと感じています。

「勝っている相撲はよかったと思います。玉鷲関戦も、押して押し返されて、でも我慢して相手のはたきを誘えた。そういう相撲が理想的です」

――逆に、課題はどんなところにありますか。

「いいときもあれば悪いときもあると言いますが、悪いときはいらないんです。そのためには力が全然足りません。あとは、立ち合いからの流れがよくても、その後ですね。大関戦みたいに、立ち合いの後が勝ち切れないのでまだまだだと思います。逆に言えば、立ち合いからの爆発力があれば、相手に何もさせずに根こそぎもっていける。そういう力もほしいです。まだまだ強くなれると思っています」

――好不調の波はどう克服していくのでしょうか。

「軸があるかないかだと思うんです。調子が悪いと気持ちもどんどん落ちちゃうけれど、これができているから大丈夫っていうものがほしいんです。勝ち負けはあっても、自分のなかの軸を追求していけばいいので、それをいま極めています。相撲人生が終わるまで、研究して何かをやり続けて、ずっとこんな感じだと思うんですよね。でも、それがいいじゃないですか。やりがいがありますよね」

稽古場で熱心に指導する阿武咲(写真:筆者撮影)
稽古場で熱心に指導する阿武咲(写真:筆者撮影)

「相撲は発想」悔しさバネに優勝を目指す

――関取の目指す相撲はどんな相撲でしょうか。

「押し相撲なので、差そうが何しようが根こそぎもっていける力士になりたいですね。立ち合いの速さ、強さ、角度、二歩目。いろいろ要素がありますが、稽古場で相撲を取るときは、一歩目の位置で相手をコントロールすること。相手によって高さを変えたり、下から横から微妙に角度を変えたりして、自分の圧力を100%相手に伝えることを考えてやっています」

――取り口の研究はどうされていますか。

「昔、『相撲は発想だ』と教わりました。そうじゃないと、誰かの真似事で終わってしまうからです。自分にしかない感覚、自分にしか見えない景色のなかでどうするか。一人で目をつぶって、特に誰というわけでもなくいろんな立ち合いや動きをしてくれる相手が目の前にいて、相撲を取るイメージをします。それを次の日稽古場でやってみる。あとは、いろんな人のいいところを盗めればいいなと思っています」

――盗みたいのは、例えば誰のどんなところですか。

「二所ノ関親方の腰のキメ方です。丹田(へそより少し下の部分、エネルギーの源といわれる)がすごく大事なので真似しています。ただ、体って人それぞれ違うので、誰かだけを真似するのではなく、自分にしかできないことをどう生かすか。そういう部分を考えていますね」

――貴景勝関、錦富士関といった同い年のライバルの存在はいかがですか。

「負けたくないし刺激しかないですよ。大関には置いていかれているので、いずれしっかり追いつきたいです。錦富士関に関しては、昔からやっていて高校の同級生でもあるからなおさら負けたくないけど、土俵に上がると勝ち負けよりもうれしさが勝っちゃうんですよね。構えているとき、『俺らすごいことしてんな』としみじみ感じて感慨深くなってしまいます」

――素敵ですね。ありがとうございます。では、今後の目標は。

「一番上の番付までもちろん行きたいですし、優勝もしたい。でも、優勝は思っていたより遠かったです。5歳から相撲をやってきて、幕内最高優勝は相撲という競技の頂点であこがれじゃないですか。14日目で先頭に並んだときに、やってやるぞという気持ちがありながら、明日で終わりなのに千秋楽がすごく遠く感じました。それだけ自分にはまだ優勝する器がなかった。だからこそ目指したいです。本当にいい勉強になりました。一度優勝が現実味を帯びて、すごく悔しかったので、今年こそは優勝したいです」

【この記事は、Yahoo!ニュース個人のテーマ支援記事です。オーサーが発案した記事テーマについて、一部執筆費用を負担しているものです。この活動は個人の発信者をサポート・応援する目的で行っています。】

スポーツライター

1989(平成元)年生まれ、さいたま市出身。早稲田大学国際教養学部卒業。ベースボール・マガジン社に勤務後、2018年に独立。フリーのスポーツライターとして『相撲』(同社)、『大相撲ジャーナル』(アプリスタイル)などで執筆中。2019年ラグビーワールドカップでは、アメリカ代表チーム通訳として1カ月間帯同した。著書『日本で力士になるということ 外国出身力士の魂』、構成・インタビューを担当した横綱・照ノ富士の著書『奈落の底から見上げた明日』が発売中。

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