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上位陣の不戦勝をなくす一手は「割返し」 大相撲の「割」を知っていますか?

飯塚さきスポーツライター
写真:日刊スポーツ/アフロ

上位陣の不戦勝

休場力士の多い大相撲秋場所。今朝は、照ノ富士・千代大龍の休場が発表された。途中出場している石浦・琴奨菊らを含めると、幕内力士だけで11人もの力士が休場を経験している。単純に普段よりも取組数が少ないため、土俵の進行が早く、結びの一番は18時よりも5分ほど早く終わる日も多い。NHKの中継では、最後に行われる「弓取り式」の様子まで、丁寧に映し出してから放送を終了する。

力士が場所の途中で休場した場合は、その日の対戦相手が「不戦勝」という形になるが、今場所は大関・朝乃山が2度、大関・貴景勝が1度と、上位陣が不戦勝で星を拾った。大関が一場所で2度の不戦勝になったのは、2014年初場所の琴奨菊以来、約6年半ぶりの出来事。これには、解説でおなじみの元横綱・北の富士さんも、「お客さんに申し訳ない」として、中日新聞のコラムで苦言を呈した。

 午前中の早いうちなら、割は返せないのだろうか。全部割を返せとは言わない。ほんの2、3番いじれば簡単に取組は作れるだろうに。私も審判部に長くいたので、割り返しが大変なのは分かるが、やってできないことはないはずだ。もっとファンのことを考えても良いではないか。朝乃山だって7勝のうち、不戦勝が2度もあってはうれしくないだろう。

出典:隆の勝があまりにも素晴らしかった…照ノ富士を推した舞の海君、言い訳が気の毒に見えました【北の富士コラム】/中日新聞2020年9月22日

そもそも力士のケガが多くなっていることに問題があるのだが、ケガの話はいったん横に置いておいて、今回は「割」について書いてみようと思う。

「割」とは? どう決まるのか?

そもそも「割」とは、日々の取組のことを指す。北の富士さんのコラムにある「割を返す」とは、一度編成した取組を変更すること。休場力士が出た際などに、急遽取組を変えるときに用いられる。

基本的には、親方衆のなかの「審判部」が日々の割を決めている。北の富士さんが「私も審判部に長くいた」というのは、親方時代に割を決める仕事を長くしていた、ということを意味する。

日々の割は、前日の午前中にはすでに決まっている。筆者が以前、行司の木村庄太郎さんに話を伺ったところ、午前中に審判部の取組編成会議があり、そこで決まった翌日の取組を、担当行司が「割り場」と呼ばれる場所で念入りにチェックして、印刷に回しているのだという。大関・朝乃山は「次の日の対戦相手はその日のお昼頃に決まっているので、僕が国技館に入る14時頃にはもう見ることができます」と話していたことがある。

しかし、休場の申請は、取組があるその日の朝になる。つまり、力士の休場を受けてから割を返すためには、午前中までの限られた時間のなかでしか行えないのだ。そのため、「割り返しが大変」(北の富士さん)なのである。

ただ、そこで今場所のように上位陣ばかりが不戦勝になってしまうと、たしかに来場しているお客さんにとっては残念だ。もしかしたら、ある人にとってはその日が“人生に一度の相撲観戦”なのかもしれないのである。そういった意味で、「お客さんに申し訳ない」といえる。

割返し・割崩しで盛り上がる土俵

今年に入ってからは特に、割の組み方に柔軟性が見られる。これは一昔前もそうだったが、例えば、先場所で幕尻の照ノ富士が活躍した際、番付では上位とは当たらない位置にもかかわらず、上位と当てる割が組まれた(これを「割を崩す」という)。こうすることで、下位の力士としか当たらずに終わるのではなく、大関・関脇といった上位陣を破り、「幕内最高優勝」、つまり、その場所の幕内で最も強かった力士の称号に相応しい結果となったのだ。

筆者の記憶のなかで印象深い同様の事態は、1998年11月場所。当時前頭12枚目だった琴錦が優勝した場所だ。11日目まで連勝したことで、上位との割が組まれた。12日目に当時の横綱・若乃花に敗れたが、13日目で貴乃花から金星を奪った。そのときに舞った多数の座布団と、勝ち名乗りを受けているときの琴錦の涙は、子どもながらに鮮明な映像でいまも脳裏に焼き付いている。14日目には大関・貴ノ浪を破り、見事自身2度目の平幕優勝となった。

こうして、割返し・割崩しを含めた柔軟な割の組み方を工夫していただけると、ファンは大いに盛り上がる。今場所も残りわずか。もちろん、ひとつ割を返す(崩す)ことで、ほかの取組にも影響が及び、それらを考える審判部に負担がかかることは容易に想像されるため、簡単には言えない。しかし、「やってできないことはない」のであれば、ぜひお客さんのためにも、一肌脱いでいただけないだろうか――? …と、北の富士さんのような影響力はないが、ファンの気持ちを代弁する気持ちで、私からもひっそりとここに記しておく。

スポーツライター

1989(平成元)年生まれ、さいたま市出身。早稲田大学国際教養学部卒業。ベースボール・マガジン社に勤務後、2018年に独立。フリーのスポーツライターとして『相撲』(同社)、『大相撲ジャーナル』(アプリスタイル)などで執筆中。2019年ラグビーワールドカップでは、アメリカ代表チーム通訳として1カ月間帯同した。著書『日本で力士になるということ 外国出身力士の魂』、構成・インタビューを担当した横綱・照ノ富士の著書『奈落の底から見上げた明日』が発売中。

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