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表示回数3500万回超! イーロン・マスク氏がボーイング機の事故原因をめぐって“忌まわしい発言”

飯塚真紀子在米ジャーナリスト
「DEIのために人が死ぬだろう」と航空業界の雇用ポリシーを批判するマスク氏。(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

 アラスカ航空のボーイング737 MAX9の事故後、航空機の安全性が問題視される中、イーロン・マスク氏が“X”に投稿した発言が米メディアで取り沙汰され、波紋を呼んでいる。マスク氏が、発言の中で、航空業界で採用されている多様性を重視する雇用ポリシーが、航空機の安全性を損なっていると訴えているからだ。

飛行機が墜落しないとDEIポリシーは変わらない

 発端は、“X”で、あるユーザーが、ユナイテッド航空は、卒業生の平均IQが大手航空会社のパイロットの平均IQよりも低い、HBCUという黒人の大学を卒業した人々をパイロットに雇用することにより、米国民の命を危険にさらしていると推測する投稿をしたこと。そんな投稿に対し、マスク氏は「DIE(マスク氏はDEIの順序を間違えたものと思われる)というクレージーなポリシーを変えるには、飛行機が墜落して何百人もの人々が死ぬ必要がある」と投稿した。

 DEIとは、ダイバーシティー(Diversity=多様性)、エクイティー(Equity=公平性)、インクルージョン(Inclusion=包括性)の頭文字を取ったもので、マスク氏の発言では、多様性、公平性、包括性を重視して人材を雇用するというポリシーを表している。

 2021年、ユナイテッド航空CEOのスコット・カービー氏は、10年間で5,000人のパイロットを訓練し、その少なくとも半数を女性または有色人種にするという目標を設定していた。マスク氏の発言の背景には、航空業界がDEIを重視した雇用ポリシーを採用している現状がある。

 航空会社の人材採用の歴史をみると、何十年にもわたって、非白人は差別を受けていた。デルタ航空やユナイテッド航空などのエアラインは、1964年に公民権法が可決されるまで、黒人をパイロットとして採用しなかった。しかし、近年、人材不足から、パイロットの採用枠の拡大が行われており、その取り組みとして、HBCUとパートナーシップを組み、黒人パイロットの採用が進められている状況がある。

役員賞与を決定する要素にDEI雇用を追加したボーイング社

 ユナイテッド航空のDEI雇用だけではなく、ボーイング社のDEI雇用も槍玉にあげられた。

 右派の作家ジェームズ・リンゼイ氏が、ボーイング社がSEC(米証券取引委員会)に提出した企業報告書を添付しつつ、同社は役員賞与の要素として、利益増加や安全性優先にDEI目標の達成を付加したとする以下の投稿をした。

「ボーイング社がSECに提出した企業報告書によると、2022年初め、株主利益の増加と安全性の優先に対してCEOや幹部に賞与を与えるとする年次賞与計画は、DEI目標を達成した場合に賞与を与えるよう変更された」

 紹介されているボーイング社の年次賞与計画書には「当社の2021年のプランには、製品の安全性、従業員の安全性、品質分野での運用パフォーマンスが組み込まれていたが、2022年には、当社の長期事業計画に不可欠な2つの重点分野、気候と多様性、公平性、包括性(DE&I)を追加する」と記されている。

 同氏のこの投稿に対し、マスク氏は以下のように「安全よりも、DEI雇用を優先する飛行機に乗りたい? それが実際に起きていることだ」とDEI雇用を批判。この投稿は3,500万回を超える表示回数を獲得している。

 さらには、アラスカ航空が運航していた、ボーイング社の航空機の側壁の一部が飛行中に吹き飛んだ事故を受けて、ミスを認めたボーイング社のデーブ・カルフーンCEOの画像を投稿しつつ「人々はDEIのために死ぬだろう」と続けて投稿。

DEIは包括的社会を育む

 マスク氏のこれらの発言は公民権団体に叱責された。

 米NBCニュースによると、ナショナル・アーバン・リーグ(全米都市同盟)の会長兼最高経営責任者(CEO)のマーク・モリアル氏は、マスク氏の発言は「忌まわしく、情けない」と述べ、NAACP(全米黒人地位向上協会/全国有色人種向上協会。人種的偏見と差別の撤廃、非白人の社会的・経済的地位向上のための活動を行う団体)のCEOデリック・ジョンソン氏は「ヘイトスピーチや白人至上主義の陰謀論が蔓延する場を提供すると、人々が命を落とすことになる。多様性、公平性、包括性は、より包括的な社会を育む」と“X”でコメントした。

 米紙ニューヨーク・デイリー・ニュースも、「多様性はボーイング機の不具合を引き起こさなかった」と題する意見記事を掲載し、ボーイング社が多様性、公平性、包括性を役員賞与を決定する要素として追加したというマイナーなチェンジを事故原因とみるマスク氏らの批判を「現実から乖離したあまりにも不条理な話だ」と一蹴している。

DEI雇用は人種差別と同じ?

 アメリカでは、DEIを重視した雇用に関する議論が起きている。多くの米企業は、黒人のジョージ・フロイド氏が暴行死した事件を機にDEIを重視し始めたが、マスク氏のように「DEIは人種差別と同じだ」と主張する人々もいる。ビリオネアーの投資家ビル・アックマン氏も「DEIは本質的に人種差別であり、たとえそれが抑圧された人々のための活動だとしても、DEIを実施することは違法なムーブメントだ」と非難している。

 DEI雇用擁護派とDEI雇用反対派の間で論争が起きている状況があるが、今年に入ってからも、DEI雇用反対派のマスク氏が、DEI雇用擁護派の投資家マーク・キューバン氏と、航空業界における多様性、公平性、包括性をめぐって“X”上で衝突していた。

 1月8日、キューバン氏が「ユナイテッド航空は、次の10年間に訓練されるパイロットの50%を女性か有色人種にすることを望んでいると話している」とする記事に対し、「DEIは能力をベースに雇わないということではない。もちろん、能力をベースに雇う。多様性は候補者をできるだけ幅広く拡大することを意味する。候補者を特定したら、最も優れていると思われる人を採用する」とDEIが重視されたとしても最後は能力がベースになるとする投稿をしたが、これに対しマスク氏は「航空業界では、バカげたDEIなしには、有資格のパイロットを十分に見つけることができないのだ」と批判。

 それに対し、キューバン氏は「訓練学校では、飛行機の操縦に入る前には、何層にもわたる能力ベースの評価が行われている」と能力ベースのプログラムへのリンクを投稿に添付して反撃。それに対し、マスク氏は「あなたは嘘つきだ」と返答した。

 米連邦航空局(FAA)も、多様性と包括性を重視する採用の取り組みに基づいて、重度の知的障害や精神疾患、精神的および身体的疾患に苦しむ労働者を積極的にリクルートしているが、それに対し、識者の中からは、医療業界同様、航空業界も旅行者を守る義務があり、航空業界の仕事に応募した人々の雇用を検討するに当たっては、安全は他の要素よりも重要だとする声が上がっている。

 ところで、DEIに対する見方は、支持政党によっても別れている。ピューリサーチセンターの昨年5月の調査によると、民主党支持あるいは民主党寄りの労働者の78%が職場でのDEI重視を良しとしているのに対し、共和党支持あるいは共和党寄りの労働者の場合は30%しか職場でのDEI重視を良しとしていない。何かにつけ分断が進むアメリカだが、DEIをめぐっても見事に分断されていることがわかる。

 DEI雇用の是非をめぐる議論は、著名人を巻き込みながら今後も続きそうだ。

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在米ジャーナリスト

大分県生まれ。早稲田大学卒業。出版社にて編集記者を務めた後、渡米。ロサンゼルスを拠点に、政治、経済、社会、トレンドなどをテーマに、様々なメディアに寄稿している。ノーム・チョムスキー、ロバート・シラー、ジェームズ・ワトソン、ジャレド・ダイアモンド、エズラ・ヴォーゲル、ジム・ロジャーズなど多数の知識人にインタビュー。著書に『9・11の標的をつくった男 天才と差別ー建築家ミノル・ヤマサキの生涯』(講談社刊)、『そしてぼくは銃口を向けた」』、『銃弾の向こう側』、『ある日本人ゲイの告白』(草思社刊)、訳書に『封印された「放射能」の恐怖 フクシマ事故で何人がガンになるのか』(講談社 )がある。

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