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オーバーブッキングした米デルタ航空が、席を譲る乗客に現金1万ドルをオファー! なぜそんなに高額?

飯塚真紀子在米ジャーナリスト
(写真:中尾由里子/アフロ)

 飛行機の利用者数がパンデミック前に近づきつつある中で、アメリカで今問題となっているのが、スタッフの人材不足により、フライトの遅延やキャンセルが相次いでいることだ。夏の旅行シーズンで利用者が急増しているにもかかわらず、6月26日、米国では約860便がキャンセルとなった。混乱しているアメリカの航空業界だが、その状況を示す出来事が起きた。

席を譲る客に現金1万ドルをオファー

 6月27日朝、ミシガン州グランド・ラピッズ発ミネソタ州ミネアポリス着のデルタ航空のフライトに搭乗していた、Inc.マガジンのテックコラムニスト・ジェイソン・アーテン氏は、家族と機内で出発を待つ中、同機は8席分オーバーブッキング(過剰予約)しているとの機内アナウンスを聞く。オーバーブッキングした場合、エアラインは席を譲って別便に振り替えてくれる客に何らかの補償を提供するのが常だ。通常、先々のフライト・クレジットになることが多い。

 今回、オーバーブッキングしていたデルタ航空のフライトアテンダントも、席を譲ってくれる客に補償を提供するという機内アナウンスをしたが、アーテン氏はその補償額を聞いて驚いた。1万ドル(約135万円)だったというのだ(下記のアーテン氏のツイート参照)。しかも、同氏が書いたInc.マガジンのコラムによると、フライトアテンダントは「Apple Payを使っていれば、今すぐにお金を受け取ることさえできます」と即払いするとも話していたという。筆者も、搭乗ゲイトで、席を譲る客には数百ドル〜1,000ドル程度の補償を提供するというエアラインのアナウンスは耳にしたことがあるが、1万ドルという高額の補償は聞いたことがない。

 もっとも、最初から1万ドルがオファーされたわけではなかったようだ。同じフライトに乗っていた別の乗客が米フォーチュン誌に話したところによると、搭乗ゲイトで、最初に5,000ドルの補償額がオファーされたが誰もオファーに乗らなかったため、搭乗が始まるとその額は7,500ドルに引き上げられ、搭乗がほぼ完了すると1万ドルに引き上げられたという。それにより、オファーに乗る乗客が現れたものの、オーバーブッキングしていた8席分のオファーが全て受け入れられるまで2度機内アナウンスされ、離陸まで20分かかったようだ。

なぜそんなに高額なのか?

 グランド・ラピッズからミネアポリスまでという短いフライトにもかかわらず1万ドルという超高額の補償額にツイッターでは「信じられない」「マジか」という驚きの声があがっているが、その背景には、2017年に起きたある事件がある。世界的に大きなニュースになったので憶えている人も多いことと思うが、オーバーブッキングしたユナイテッド航空が、降機を拒んだ中国系の医師を力づくで引き摺り出し、その際に大けがをさせてしまった事件だ。医師が引き摺り出される様子が撮られた動画は1,000万回以上再生され、ユナイテッド航空は世界的なバッシングを受けた。企業イメージもダウンし、株価は3%下落した。その後、ユナイテッド航空は最終的にこの医師と和解、今後は、オーバーブッキングによって別便に予約を振り替えた乗客に最高1万ドルの補償を支払うと表明した。

 この事件を教訓に、競合のエアラインであるデルタ航空もオーバーブッキングの際にオファーする補償額を1,350 ドルから最高で約1万ドルに増額すると発表していた。エアラインはオーバーブッキングによって何らかのトラブルが発生し企業イメージや評判が損なわれるくらいなら、補償額の1万ドルは安いものだと考えているのだろう。

 それにしても、インフレで航空運賃も上昇している中、補償額が1万ドルまで引き上げられないと、オファーに乗る乗客が現れなかったことには驚かされる。

 ツイッターには「私なら絶対に席を譲るわ」「僕もオファーされたいよ」「フライト・クレジットではなく1万ドル? そんなに大金なら、どこにだって時間通りに行く必要ないわね」など羨望する声があがっているが、高額のオファーにすぐに乗る乗客が現れなかったのは、フライト状況が混乱している今、次のフライトにすぐ乗れるとは限らないと不安感を覚えた乗客が少なくなかったからかもしれない。
 実際、ツイッターでは「4,000ドルなら考えるかな。1万ドルならすぐに次のフライトに乗れるのかしらと思っちゃう。待つことになるんじゃないか」「フライトは遅延したりキャンセルされたりしている。次のフライトの席が保証されるまでオファーには乗らないな」などの声もあがっている。

在米ジャーナリスト

大分県生まれ。早稲田大学卒業。出版社にて編集記者を務めた後、渡米。ロサンゼルスを拠点に、政治、経済、社会、トレンドなどをテーマに、様々なメディアに寄稿している。ノーム・チョムスキー、ロバート・シラー、ジェームズ・ワトソン、ジャレド・ダイアモンド、エズラ・ヴォーゲル、ジム・ロジャーズなど多数の知識人にインタビュー。著書に『9・11の標的をつくった男 天才と差別ー建築家ミノル・ヤマサキの生涯』(講談社刊)、『そしてぼくは銃口を向けた」』、『銃弾の向こう側』、『ある日本人ゲイの告白』(草思社刊)、訳書に『封印された「放射能」の恐怖 フクシマ事故で何人がガンになるのか』(講談社 )がある。

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