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4時間“拷問” 殺人未遂の元日本人大学教授に懲役12年 クリスマスイブの惨劇はなぜ起きたのか 米

飯塚真紀子在米ジャーナリスト
八柳里枝氏(左)と暴行を受けた教授(右)。写真:YouTubeよりキャプチャー

 在米の日本人にとっては、同じ日本人がアメリカで犯した犯罪を看過することはできないのではないだろうか。なぜ、その人は異国の地で犯罪を犯すに至ったのか? 何が引き金を引かせたのか?

 2019年12月23日夜から24日早朝にかけてマサチューセッツ州のサウス・ハドリーにあるマウント・ホリヨーク大学で、当時、アート・スタジオ学科の学科長を務めていた大学教授八柳里枝氏が犯した殺人未遂事件も、なぜ? を考えずにはいられない。

 この日、八柳氏は、同僚である地学・環境学の教授ローレット・サボイ氏に4時間にわたって“拷問”のような暴行を加えたことから、60歳以上の人物を殺害しようと凶器を使って暴行を加えた罪や脅迫暴行罪、家宅侵入罪、傷害罪などの罪で起訴された。

 犯行は計画性も示していた。八柳氏は指紋を残さないようにするため、暴行時、手術用手袋を身につけていたという。そして、事件後、シャツに隠されていた血のついたその手袋が発見された。

 サボイ氏も公聴会で「彼女は私を殺しても、捕まらないと思っていた」「彼女は私の信頼を裏切り、家に侵入し、計画的な暴行で私を殺そうとした。武器と言葉による残虐さは度を超えていた」、「4時間にわたり、身体と心がまさしく拷問を受けた。いつ死ぬかもわからない状況だった」と計画的な拷問にあったと訴えた。

 当初、八柳氏は無罪を主張していたが、今年10月15日、有罪を認めた。

 八柳氏の弁護士は「八柳氏は錯乱状態だった」と訴え、5〜7年の懲役と保護観察をレコメンドしていたが、米マサチューセッツ州フランクリン郡上級裁判所の判事は「敵ではなく友人である同僚を4時間以上にわたり拷問して死に至らしめようとした」として、10月20日、検察側がレコメンドしていた懲役10〜12年の量刑を言い渡した。

 判事に「これまで耳にした中で、最も恐ろしい事実の1つ」と言わしめた、八柳氏が犯した暴行とはどんな暴行だったのか?

クリスマスイブの惨劇

 2019年12月24日午前0時12分、マサチューセッツ州の州警察は911の電話を受け取る。それは「サボイ氏宅を訪ねたら、彼女は血の海の中で、ほとんど息をしておらず、頭部を負傷して半分意識がない」という、八柳氏からの事件通報だった。

 州警察がサボイ氏宅に駆けつけると、そこには、血の海の中に横たわるサボイ氏と血まみれの八柳氏の姿があった。

 顔面骨折や無数の刺し傷で大量失血していたサボイ氏は病院に搬送され、そこで警官に真実を告げる。それは、実は八柳氏に暴行されたというものだった。翌朝、同氏は逮捕された。

 事件当日の朝、八柳氏はサボイ氏宅にポインセチアの花を手にして現れた。その午後、2人は、大学のキャンパスで再び遭遇しておしゃべりし、冬休みが終わったら話しましょうといって別れる。

 サボイ氏は夜8時に自宅に戻り、その少し後、ポーチで人影が動くのに気づいたので「誰かそこにいるの?」ときくと、八柳氏が暗闇の中から現れ、サボイ氏に「会えなくて寂しい、私の気持ちを話したい」と言った。

 サボイ氏はドアをあけ、同氏を家に入れたが、八柳氏に後頭部を硬いもので殴られ、フロアに倒れた。サボイ氏は抵抗し、その時にメガネをなくしたが、それでも八柳氏が、石や園芸用ハサミや火さし棒で攻撃しているのが見えたという。

 八柳氏は暴力だけではなく「目が見えなくなり、顔が崩れるわよ」と言葉でもサボイ氏を罵倒。また失血しているサボイ氏に「長くは生きられないわね」といって失血するのを見ていたという。血はポーチまで飛び散り、雪を赤黒く染めた。

愛していた、わかっていたでしょ

 暴行を受けたサボイ氏は八柳氏にきいた。「なぜこんなことをするの?」

 それに対する八柳氏の答えは「長い間、愛していた。わかっていたでしょ」だったという。

 死ぬと思ったサボイ氏は八柳氏を鎮めるために、自分も八柳氏を愛していると嘘をついた。それで、八柳氏はしばらく落ち着いたが、再び、火さし棒でサボイ氏を攻撃し、サボイ氏が誰かにこのことを話したら刑務所行きになる、刑務所に行ったら自殺すると話したという。サボイ氏は誰にも話さないと八柳氏に言い、911に電話するよう説得した。

 八柳氏は911に電話し、警官がかけつけると、そこには血まみれの二人がいたのである。

 サボイ氏は顔の神経が損傷を受け、攻撃を回避しようとした結果、2本の指がきちんと動かせなくなり、眠れず、悪夢や頭痛にも襲われた。仕事にも復帰できず、事件前に契約していた書籍出版の話など30件の仕事のチャンスを失った。

なぜ、犯行に至ったのか?

 八柳氏はなぜこんな犯行に至ったのか? 

 札幌で生まれた八柳氏は交換留学生として渡米し、カンザス州の高校で学んだ後、アイオワ大学で美術学学士を、カリフォルニア大学サンタバーバラ校で美術学修士を取得し、教鞭を取り始める。ニューヨーク州のアルフレッド大学で教えた後、2004年からマウント・ホリヨーク大学で教え始め、事件の1年前には同カレッジでの教鞭15周年を祝った。

 渡米後、着実に、教授への道を歩み、同大学のアート・スタジオ学科を率いるまでになった素晴らしいキャリアと言える。学生たちからもリスペクトされていた。それだけに、八柳氏の犯行に大きな衝撃を受けた学生たちからは「信じられない」という声があがった。

 犯行の背景には、一緒に住んでいた恋人との関係が悪化し、別れが近づいていたことがあったようだ。事件当日も、恋人は家族に会うために州外に出ていた。近づく別れを前に鬱状態になっていたのだろうか、八柳氏は「生きていると感じさせてくれるものを必要としていた」と捜査官に話している。

 事件当日の朝、八柳氏はレンタカーを借りて、サボイ氏宅にポインセチアを持って行く。午後4時頃、大学のキャンパスでサボイ氏と遭遇、同氏の家で夜会うプランをたてた八柳氏は家に戻り、その後、恋人がマネージャーを務める空手スタジオを訪ねたが、中には入らず、駐車場で彼に会えず寂しいと感じていた。そして、深夜前に、心の支えを求めてサボイ氏宅を訪ねたという。

 暴行について、八柳氏は一時的に記憶を失い、空手スタジオの駐車場を出たことと、サボイ氏が血の海の中にいたことしか覚えておらず、その間のことは覚えてないと説明している。彼女は、致命的な事故で負った傷のため、サボイ氏を殺そうとした時のことを何も覚えていないと訴えたという。ちなみに、八柳氏のアート作品の中にはその事故を彷彿させるものもある。

 また、八柳氏は怒りという自分の中に生じた負の感情をコントロールできなかったのではないかと思われる。同氏の弁護士は「彼女は、子供の頃、怒りは恥ずべきものだと教えられて育ち、慣れない怒りを感じていた、彼女は錯乱状態だった」と話している。

 怒りを抑えるように教えられて育った八柳氏は、その感情を心の奥深くに閉じ込めてきたのだろうか。そして、抑え込まれていたその感情は、恋人との別れが引き金となり、暴力という形となって噴出したのだろうか?

 ある学生はこうコメントしている。

「誰が本当のリエを知っているだろう。彼女は友だちがいなかったし、アートや教えること以外では自分の人柄を見せなかった。彼女のアートには沈黙が表現されている。沈黙が暴力という方法で発散されたことはショッキングだ」

助けを求めること、リーチアウトすること

 こういった事件が起きると、拙著『そしてぼくは銃口を向けた』で取材したある若者のことを思い出す。高校で優等生だったその若者は、ある日、学校で恋敵を銃殺した。終身刑に服している彼は、面会時、筆者にこう話した。

「自分の心の傷が恋敵を撃つほどまでひどい傷だったとは、撃つまでわからなかったんだ」

 犯罪を犯してしまうほど自分の心が壊れていることに、犯罪を犯すまで気づかなかったというのである。

 自分自身がそれほど強い怒りや絶望を感じていたとは気づかなかったという若者。人は自分の気持ちに気づいたり、負の感情を持っていることを認めたりすることがなかなかできないのかもしれない。

 また、周囲にいる人も、彼の心の状態に気づかなかったのだろう。あるいは、気づいていたとしても、手を差しのべることはなかったのだ。

 事件が起きると人は「まさかあの人が....」と言う。同様に、事件が起きる前に何かおかしいと感じていたとしても「まさかあの人がそんなことをするわけがない」と否定してしまうところもあると思う。しかし、その「まさか」は必ずしも「まさか」ではないのだ。

 若者は、獄中から、人々が自分の中の怒りに気づいて助けを求めること、また、周囲にいる人がそれに気づいてリーチアウトすることが重要だと、筆者に強く訴えた。

 しかし、何かおかしいと気づいてリーチアウトしたとしても、「大丈夫。心配しないで」と言われてしまえば、そこで完結してしまうかもしれない。

 例えば、生徒が銃撃事件を犯したある高校の教師は筆者にこう話した。

「事件前、おかしいなと感じていたその生徒に“大丈夫?”ってきいたら、“大丈夫です”という答えでした。その時点で、教師にそれ以上何ができるでしょうか?」

 リーチアウトする側にも、もどかしさがあるのだ。

 八柳氏の場合はどうだったのだろうか? 同氏もまた、惨劇を犯すまで、自身の中に巣食っていた怒りに気づかなかったのだろうか? あるいは、気づいたから、事件の夜、サボイ氏に助けを求め、助けが得られなかったから犯行に及んだのか? 恋人や周囲にいる人々は同氏の心の状態に気づいてリーチアウトしなかったのか? 

 自分の気持ちに気づいて助けを求めること、そして、周囲にいる人は助けを必要としている人に気づき、リーチアウトすること。結局のところ、気づきが様々な事件を防ぐ鍵になるのではないか。

絶望で繋がれない

 しかし、気づくためには、繋がっていることが重要だ。

 八柳氏のアート作品の中に、Dis(connect)と題されたインスタレーションがある。それにはこんな説明文が添えられている。

「このインスタレーションは、常に連絡を取り合うようにという現代のプレッシャーと、コミュニケーションのためにどんなに長い間様々なスクリーンを見つめたところで私たちを切り離してしまう絶望を対比させている」

 繋がろうとするのに、絶望ゆえに繋がれない。八柳氏を犯行へと導いたのはそんな絶望だったのだろうか?

(参考記事)

Judge praises victim for courage, presence of mind in fending off attacker

Mt. Holyoke prof pleads guilty to attempted murder in 2019 assault; judge mulls sentencing

Mass. Professor Sentenced for Attempting to Murder Her Colleague in Gruesome Attack That Lasted 4 Hours

Obsession and Assault: The Violent Crime That Rocked Mount Holyoke

在米ジャーナリスト

大分県生まれ。早稲田大学卒業。出版社にて編集記者を務めた後、渡米。ロサンゼルスを拠点に、政治、経済、社会、トレンドなどをテーマに、様々なメディアに寄稿している。ノーム・チョムスキー、ロバート・シラー、ジェームズ・ワトソン、ジャレド・ダイアモンド、エズラ・ヴォーゲル、ジム・ロジャーズなど多数の知識人にインタビュー。著書に『9・11の標的をつくった男 天才と差別ー建築家ミノル・ヤマサキの生涯』(講談社刊)、『そしてぼくは銃口を向けた」』、『銃弾の向こう側』、『ある日本人ゲイの告白』(草思社刊)、訳書に『封印された「放射能」の恐怖 フクシマ事故で何人がガンになるのか』(講談社 )がある。

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