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米黒人暴行死 ロサンゼルス抗議デモ「金持ちをやっつけろ!」「白人の沈黙は暴力だ」

飯塚真紀子在米ジャーナリスト
ロサンゼルス、ダウンタウンで行われた抗議デモ。(写真:ロイター/アフロ)

 人種差別に抗議する同時多発的デモが連日のように続くアメリカ。

 フロイドさんが暴行死する事件から1週間以上過ぎた今も、それはおさまる気配がない。

 抗議デモはうちの前でも起きた。

 5月31日のこと、やけに大きなヘリコプターの音がするなと思い、窓の外を見たら、サンタモニカにある筆者の住まいの前の大通りをデモ隊が行進していた。

 正直、驚いた。サンタモニカのようなロサンゼルスの外れのビーチタウンまでデモ隊が来るとは思っていなかったからだ。

 この前日、抗議デモはロサンゼルス市内の商業地区で起きていた。その夜には、トレンディーなブティックが並ぶメルローズ通りで略奪が起き、個人商店がひしめくフェアファックス地区では放火も起きた。その様子をテレビで見ながら、デモ隊はビーチの方までは来ることはないだろうと思っていたが、そんなことはなかった。

 実際、今回は、通常、政府に対しての抗議デモが行われる、市庁舎のあるダウンタウンや連邦ビルのあるウエストウッドに加えて、ロサンゼルスのあちこちで大小のデモが行われている。

 ロサンゼルスの中心部から遠く離れたリバーサイドやロングビーチでもデモが行われた。6月2日には、ハリウッドの大通りでもデモ行進が行われ、“ゲティー・ハウス”と呼ばれるロサンゼルス市長の家の前には多数のプロテスター(デモ参加者)が集まった。

ロサンゼルス市長邸ゲティー・ハウスの前にも多数のプロテスターが結集した。写真:テレビ画像を撮影
ロサンゼルス市長邸ゲティー・ハウスの前にも多数のプロテスターが結集した。写真:テレビ画像を撮影

平和な抗議デモ

 うちの前の大通りを行進したデモ行進には約700人のプロテスターが参加、CNNでも大きく取り上げられた。

 もっとも、デモ隊は、最初は、大通りの脇を歩いていただけだった。しかし、デモが起きていることを知った人々が次々加わり、次第に大通りの片側がデモ隊に占拠され、最後には通り全体が占拠されてしまった。ちなみに、この大通りが完全に占拠されるのは、毎年3月に行われるロサンゼルス・マラソンの時くらいだ。

 参加者の多くは若い。見たところ、20〜30代の男女が中心だ。人種は様々だったが、白人の姿が多数目についた。

 参加者は“Black Lives Matter”(黒人の命は大切だ)、”George Floyd”(ジョージ・フロイド)と叫びながら行進。手にしているボードには様々な主張が書き込まれている。

 “End Racism, Stop Hate”(人種差別を終わらせろ、憎悪するのを止めろ)

 “Let My Black Brothers and Sisters Breathe”(黒人の仲間たちに息をさせて)

 “Revolution Inevitable”(革命は避けられない)

 “We are Equal”(我々は平等だ)

 “Stop Cop Lynching”(警察のリンチを終わらせろ)

 “No Justice No Peace”(正義なきところに平和なし)

 デモ隊は駆けつけた武装警官たちとも対決した。

 モンタナ通りという高級な店が立ち並ぶ通りに向かい始めたデモ隊の前に、数十人の警官たちが横一列に並び、前進できないようブロックしたのだ。店がデモ隊に襲われることを恐れたのだろう。それでも、デモ隊は引き下がらなかった。警官たちとデモ隊のにらみ合いはしばらく続いた。遂に、警官たちの方が根負けしたのか、パトカーに乗ってデモ隊の前から姿を消した。デモ隊は前進を続けた。

 幸い、この日、サンタモニカで起きたデモでは、大きなバイオレンスは起きなかった。外出禁止が始まる午後4時になっても引き下がらなかった一部のデモ隊に対し、催涙弾かペッパースプレーが発せられたくらいで、デモは概ね平和裡に終了した。

 デモ隊たちがしきりにこう訴えていたからかもしれない。

 “Peaceful Protest, Don’t Shoot”(平和的な抗議デモだ、撃たないで)

 彼らは武装していないことを示すために高らかと両手をあげて、そう繰り返していた。

Black Lives Matterと書かれたボードを高く掲げる女性。筆者撮影
Black Lives Matterと書かれたボードを高く掲げる女性。筆者撮影
ロサンゼルスのビーチタウン、サンタモニカのダウンタウンで行われた抗議デモには約700人が参加。筆者撮影
ロサンゼルスのビーチタウン、サンタモニカのダウンタウンで行われた抗議デモには約700人が参加。筆者撮影
正義なきところに平和なし。筆者撮影
正義なきところに平和なし。筆者撮影
デモ行進は大通り全体へと広がって行った。筆者撮影
デモ行進は大通り全体へと広がって行った。筆者撮影
「息ができない」は黒人市民たちを代弁する言葉になっている。筆者撮影
「息ができない」は黒人市民たちを代弁する言葉になっている。筆者撮影

計画的な略奪

 しかし、そんな平和的な抗議デモの傍ら、略奪や放火、破壊などの犯罪行為も起きてしまった。サンタモニカのダウンタウンにあるショッピングモールやショップが、白昼から略奪にあった。地元のテレビ局のヘリコプターがその様子を捉えた。

 ジーパンなのか、持ちきれないほどのデニムを抱えてモールから出てきた男。

 スポーツシューズ店からは、NIKEの箱を抱えた人々が出て来た。箱が嵩張るので中のシューズだけ取り出して逃げたのだろう、店頭には空箱がたくさん捨てられている。店の前は粉々になったガラスの破片が散らばっている。店内の棚はほとんど空状態に見えた。よくもまあここまで根こそぎ盗むものだ。言葉も出ない。

 VANSシューズも被害にあった。商品を抱えて出て来た人々が、店頭で待機していた車に乗り込み、あっという間に逃げ去った。盗む人、車を横づけする人と連携プレーで略奪をしている様が見て取れた。しかも、横づけされた車の中には、ベンツやアウディーといった高級車もあったので、さらに驚いた。略奪行為を働く人々は、多くが貧困に苦しんでいる人々か人種差別に怒りを感じている人々ではないかと思っていたが、必ずしもそうではないのかもしれない。

サンタモニカのダウンタウンにある店の商品を略奪する人々。写真:news.immitate.com
サンタモニカのダウンタウンにある店の商品を略奪する人々。写真:news.immitate.com

 この日、サンタモニカでは400人以上が様々な犯罪行為で逮捕されたが、その95%が、サンタモニカ以外の地域から来た人々だった。サンタモニカでデモが行われることを知った不届き者たちが、デモの前夜、ツイッターで、車の駐車場所など話し合っていたという。略奪行為の中には、計画的な犯行も含まれていたのだ。

 このような略奪行為は、今、ロサンゼルスのあちこちで起きている。見たところ、ドラッグストアやスポーツ用品店、スポーツシューズ店がよく襲われている。逃走した略奪犯たちが乗った車をパトカーが追いかけるカーチェイスの様子も、いくつもライブで放送された。

 今、店の周囲には、略奪を防ぐために、木板が張り巡らされており、近くには州兵も待機している。

略奪にあったサンタモニカのVANS。今、サンタモニカでは大半の店が、周囲に木板をはっている。筆者撮影
略奪にあったサンタモニカのVANS。今、サンタモニカでは大半の店が、周囲に木板をはっている。筆者撮影
サンタモニカのダウンタウンに配備された州兵。筆者撮影
サンタモニカのダウンタウンに配備された州兵。筆者撮影

金持ちをやっつけろ!

 ロサンゼルスの抗議デモとそれに乗じて起きた略奪行為は、1992年に起きた「ロサンゼルス暴動」と大きく異なる。「ロサンゼルス暴動」の時は、暴動は、黒人市民や韓国系市民が主に居住するエリアだけで起き、他の地域に拡散することはなかった。しかし、今回のデモや略奪行為は、ロサンゼルスの諸所で起きている。

 しかも、デモや略奪とはまるで無縁だった、富裕層が住む地域でも起きた。

 ブランド店が立ち並ぶ、ビバリーヒルズのロデオドライブの店も略奪や破壊などの被害を受けた。30日夕方、「アレキサンダー・マックイーン」に数十人の人々が侵入して商品を略奪、「グッチ」も襲われそうになったという。

 ビバリーヒルズに来たデモ隊からは「金持ちをやっつけろ!」という声もあがっていたようだ。

 また、サンタモニカを行進したデモ隊の中には、ダウンタウンの大通りだけではなく、富裕層の豪邸がある閑静な高級住宅地の中を行進した者もいた。そんな光景は目にしたことがない。

 これは何を意味するのか?

 「ロサンゼルス暴動」が起きてから約30年。この間に、アメリカでは貧富の格差が拡大した。その格差に最も苦しめられているのは黒人市民だ。しかし、彼らの声は社会を牛耳っている富裕層には届いていない。デモ隊は、ビバリーヒルズやサンタモニカの高級住宅地を行進することで、人種差別に対してだけではなく、差別によって生まれた貧富の格差拡大に対しても抗議しているのだ。

 敢えて高級住宅地をデモ行進した若者たちは、富裕層の中に、こんな偽善もあると考えてもいるかもしれない。

 ”Not in my backyard”

 黒人差別に抗議するデモ、素晴らしいじゃないか。でも、うちの裏ではやってくれるな。

 しかし、富裕層に限らず、そう思っている人は多いことだろう。

 フロイドさんは気の毒だ、人種差別にも反対だ、デモすることは重要だ、しかし自分はあまり関わりたくない、巻き込まれたくない、そんなふうに考えている人は少なくないのではないか。

 しかし、そんな考えが、人種差別を長い間解決ができない問題にしてきた。結局、大多数の人々にとって、人種差別問題は他人事なのではないだろうか。

 しかし、他人事とは言わせない。言わせたくない。高級住宅地を行進した若者たちは、そう主張しているように見えた。

沈黙という名の暴力

 あるプロテスターが、“Silence is Violence” (沈黙は暴力だ)と書かれたボードをかざしていた。黒人市民に対する人種差別に対して見て見ぬふりをし、沈黙してきた人々に向かって訴えかけているのだ。

 "End White Silence”(白人の沈黙を終わらせよ)と訴えるボードを掲げているプロテスターもいた。

 沈黙は暴力だ。

 そんな暴力を誰より痛感して来たのは、黒人市民だ。

 フロイドさんの死をめぐって起きているデモは、今度こそ、大多数の米国民に、その沈黙を破らせることができるのだろうか? 簡単にできることではないだろう。それでも、小さくてもいい、人種差別解決に向けた一歩になってほしいと願う。

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在米ジャーナリスト

大分県生まれ。早稲田大学卒業。出版社にて編集記者を務めた後、渡米。ロサンゼルスを拠点に、政治、経済、社会、トレンドなどをテーマに、様々なメディアに寄稿している。ノーム・チョムスキー、ロバート・シラー、ジェームズ・ワトソン、ジャレド・ダイアモンド、エズラ・ヴォーゲル、ジム・ロジャーズなど多数の知識人にインタビュー。著書に『9・11の標的をつくった男 天才と差別ー建築家ミノル・ヤマサキの生涯』(講談社刊)、『そしてぼくは銃口を向けた」』、『銃弾の向こう側』、『ある日本人ゲイの告白』(草思社刊)、訳書に『封印された「放射能」の恐怖 フクシマ事故で何人がガンになるのか』(講談社 )がある。

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