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「政治的狂気の沙汰」「公正にはならないぞ」トランプ氏の怒り頂点に 弾劾訴追状が意味すること

飯塚真紀子在米ジャーナリスト
弾劾訴追状が公表された日に行われた選挙集会で抗議する女性を追い出したトランプ氏。(写真:ロイター/アフロ)

 トランプ氏はご機嫌斜めだ。

 米下院民主党が弾劾訴追状を公表し、下院での弾劾訴追が間近なため、怒りが頂点に達したのだろうか。

 10日夜(米国時間)、ペンシルベニア州で行われた選挙集会で、トランプ氏は懸命に抗議する女性を会場から追い出すよう命じ、その女性を手ぬるく追い出したガードマンさえも非難した。

公正にはならない

 「彼女を追い出せ。彼女を追い出せ」

 選挙集会に来ていたトランプ支持者たちが、ある女性を指差してなじると、トランプ氏は彼女を会場から追い出すよう命じた。女性は、#MeTooと書かれた帽子を被り、中指を立てた手(バカ野郎という意味)が描かれているピンクのTシャツを着て、「パワーを取り戻すぞ」と記された看板を持ってトランプ氏に抗議していた。

 ガードマンが彼女を会場から出るようエスコートしたが、トランプ氏はその追い出し方が手ぬるく、モタモタしていると感じたようだ。こう言って、そのガードマンを嘲った。

「彼(ガードマンのこと)はとてもポリティカリー・コレクト(公正)だよね。我々はポリティカリー・コレクトにはなりたくないね。彼が誰だかわからないけど、いい仕事してないな」

 自分の選挙集会を警備しているガードマンに対してこれはないだろと、ツイッターでは、トランプ氏の対応に対し、「独裁主義むき出し」という声や「最も醜く、ひどいパフォーマンスだ」という声が上がっている。

 “ポリティカリー・コレクト”という米民主党が重視する価値観を否定したトランプ氏だが、そうすることで、弾劾訴追状を公表したばかりの米民主党を批判したかったのかもしれない。

政治的狂気の沙汰

 実際、トランプ氏は、弾劾訴追状に対し、10日は、朝から怒りのツイートを連発して怒っていた。

 「米国市場最強の経済を生み出すなどの結果を出し、最も成功している政権を生み、何より、全然間違ったことをしていない大統領を弾劾するとは、政治的狂気の沙汰だ」

 「ナドラー(民主党のジェロルド・ナドラー司法委員長のこと)は私が2020年の選挙に介入するようウクライナに圧力をかけたと言った。馬鹿げている。彼も圧力をかけていないことを知っている。大統領もウクライナ外相も何度も“圧力はなかった”と言った。ナドラーと民主党はそのことを知っているが、認めたくないのだ」

 そして、もはやトランプ氏の常套句となってしまった「魔女狩りだ!」

 9ページの弾劾訴追状には、訴追の理由として、大きく「職権乱用」と「議会妨害」の2つの条項が盛り込まれており、「大統領であり続ければ、トランプ氏は国家の安全と憲法に脅威を与え続ける」と警鐘を鳴らしている。

 民主党は“トランプ氏が選挙を前に民主的プロセスにリスクを引き起こす態度を見せてきたために、こうせざるを得なかった”と主張。

 民主党のジェロルド・ナドラー司法委員長は言う。

「大統領は国民の究極の信頼を掴んでいなければならない。彼がその信頼を裏切り、国益より自身を優先させたら、憲法や民主主義、国家の安全を危険にさらすことになる。次の選挙もリスクになる。だから、こう行動しなければならなかった。いかなる者も、大統領であっても、法に従う必要がある」

職権乱用

 訴追状には「トランプ氏が、ウクライナ政府がアメリカからの軍事支援とホワイトハウスでの首脳会談を望むなら、大統領選の政敵を調査するよう要求したこと」が明記されている。

 つまり、大統領が、来年の大統領選を有利にするという自身の利益のために、職権を利用し、バイデン親子の汚職疑惑及びウクライナ政府がヒラリー・クリントン氏を当選させるために2016年の大統領選に介入したという疑惑を調査するよう、ウクライナ政府に圧力をかけたと主張しているのだ。

 また、米下院民主党は、トランプ氏の「職権乱用」に対し、国民の税金が使われたことも問題視している。

 日本の「桜を見る会」問題でも、安倍政権が自分の支援者たちを多数招いたことは、先々の選挙を有利にしようという狙いが当然あったからだろう。選挙を有利にするために、国民の税金が使われたとしたら、それは「職権乱用」には当たらないのだろうか?

 また、民主党側は、共和党側が主張している“ウクライナ政府による2016年の大統領選介入”は陰謀論であり、“ロシア疑惑”を否定しプーチン大統領を利することになると主張している。

“us”というのはアメリカのこと

 ちなみに、トランプ氏は、ウクライナ政府へ調査要請する際、「I would like you to do us a favor.(お願いがあるんだ)」と言ったと告発文書には記されている。

 これについて、トランプ氏は、ツイートで「告発文書を読んでくれ。“us”というのはアメリカのことだ、me=私のことではない」と主張。

 つまり、自分のためにではなく、「私たち=アメリカのためにお願いがあるんだ」と言ったのだと訴え、個人的利益のために調査を求めたのではないと弁明している。

 しかし、民主党側は、あくまで、トランプ氏が政敵バイデン氏に関して政治的粗探しをしようとしていたことは明らかだという考えだ。

 ナドラー氏は言う。

「大統領が、不適切な個人的利益を得るために職権を濫用し、国益を無視したり傷つけたりするのは、弾劾に値する罪で、トランプ大統領はまさにそれを犯した。2020年の大統領選のためにウクライナ政府に圧力をかけ、それにより国益にダメージを与え、来年の選挙の統合性を損ない、国民に対する大統領としての宣誓に違反した」

議会妨害

 ホワイトハウスが議会の調査に協力しないことで、議会妨害したことも訴追の理由としてあげられている。ホワイトハウスは、ポンペオ国務長官、マルバニー大統領首席補佐官代行、ペリーエネルギー長官、ジョン・ボルトン氏など重要証人が証言するのを禁じたり、書類にもアクセスさせなかったりしたからだ。弾劾公聴会で証言したトランプ政権の高官たちは、禁じられたものの、証言したのだ。

 訴追状では、

「トランプ氏は下院が出した召喚状を無視するよう指示したが、それは憲法の破壊にあたる。共和国の歴史において、弾劾調査を完全に無視するよう命じたり、議会の調査を包括的に妨害したりした大統領はいない」

としている。

具体性に欠ける訴追状

 今回の弾劾訴追状を米ワシントン・ポスト紙はどう分析しているのか?

 同紙によると「職権乱用」という理由での訴追状は、過去には、ニクソン元大統領とクリントン元大統領に対しても作成されたという。ニクソン元大統領の場合は、弾劾されそうになったが、その前に辞任。クリントン元大統領の場合「職権乱用」の疑いという件では、下院で否決された。

 また、ニクソン元大統領とクリントン元大統領の場合、訴追状は、具体的な主張ではなく、広義なテーマで構成されていたという。ニクソン元大統領に対する訴追状の場合「贈収賄」という具体的な主張がされなかった。今回の訴追状も結局「贈収賄」という具体的主張はせず、「職権乱用」と「議会妨害」という広義なテーマの主張に留めているという。その意味で、米下院民主党は今、ニクソン元大統領の時と同じアプローチを取ろうとしていると専門家は見ている。「贈収賄」のような具体的な主張があるなら、トランプ氏から離反する共和党議員も出てくる可能性もあるかもしれないが、広義なテーマなので離反者が出るのは難しいという見方だ。

 また、調査妨害という点では、ニクソン元大統領とクリントン元大統領も非難された。ニクソン元大統領に対する訴追状によると、ニクソン政権は4度、召喚状に従わなかったという。

 もっとも、「議会妨害」に関して明確に非難された大統領はトランプ氏が初めてなので、その意味では、今回の訴追状は注目に値するという。弾劾の専門家は「通常、大きな主張をせず、横から批判することが多いだけの議会が「議会妨害」を訴えたのは大胆なことだ」と話している。

 しかし、「議会妨害」という民主党の主張に対しても、共和党議員はなびかないと見られている。トランプ氏はそれだけ共和党議員たちの忠誠心を獲得しているからだ。

 つまり、同紙の分析によれば、弾劾訴追状は、「職権乱用」についても、「議会妨害」についても、共和党側を納得させることはできないというわけだ。

忠誠心が強い共和党

 民主党側にとっては、来年2月から始まる予備選を前に、少なくとも下院では弾劾訴追を成立させることで、トランプ氏に対する批判の声を高める効果はあるかもしれない。しかし、具体性に欠けた広義なテーマからなる訴追状で共和党議員を離反に導くのは難しく、また、共和党議員のトランプ氏に対する忠誠心の強さを考えると、上院でトランプ氏の訴追が成立しないことは火を見るより明らかだ。

 民主党側も、最初から、上院で訴追が成立しないことはわかっていただろう。それでも、声を上げて弾劾という行動を取ることで、トランプ氏に対して抗議の姿勢に出た。アメリカでは民主政治がまだ機能しているということではないか。

 

 「桜を見る会」問題で、安倍政権に対する抗議が高まっている日本。その民主政治は機能しているだろうか?

在米ジャーナリスト

大分県生まれ。早稲田大学卒業。出版社にて編集記者を務めた後、渡米。ロサンゼルスを拠点に、政治、経済、社会、トレンドなどをテーマに、様々なメディアに寄稿している。ノーム・チョムスキー、ロバート・シラー、ジェームズ・ワトソン、ジャレド・ダイアモンド、エズラ・ヴォーゲル、ジム・ロジャーズなど多数の知識人にインタビュー。著書に『9・11の標的をつくった男 天才と差別ー建築家ミノル・ヤマサキの生涯』(講談社刊)、『そしてぼくは銃口を向けた」』、『銃弾の向こう側』、『ある日本人ゲイの告白』(草思社刊)、訳書に『封印された「放射能」の恐怖 フクシマ事故で何人がガンになるのか』(講談社 )がある。

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