Yahoo!ニュース

「ウクライナ疑惑」の衝撃 トランプ氏の権力濫用にホワイトハウスの隠蔽「トランプは弾劾に値する」米識者

飯塚真紀子在米ジャーナリスト
公表された内部告発者による告発文書は、ホワイトハウスの電話会談隠蔽疑惑に言及。(写真:ロイター/アフロ)

 トランプ氏とウクライナ大統領のウォロディミル・ゼレンスキー氏が7月25日に行った「ウクライナ疑惑」に関する電話会談のメモや「ウクライナ疑惑」の告発文書が公開され、アメリカでは連日トップ・ニュースになっている。

 25日に発表された電話会談のメモでは、トランプ氏がゼレンスキー氏に、2020年の大統領選の政敵ジョー・バイデン氏の調査を要請したことが判明、26日に発表された告発文書では、ホワイトハウスが電話会談の記録を隠蔽した疑惑も指摘されている。

 「ウクライナ疑惑」については、当時副大統領だったバイデン氏が息子ハンター・バイデン氏が理事を務めていた天然ガス企業ブリスマの汚職疑惑を捜査していたウクライナの検察総長を解任するようウクライナ政府に働きかけた疑惑があると、トランプ氏は主張していた。しかし、ウクライナの検察は、バイデン親子は汚職疑惑とは無関係であると発表。

 ところが、8月、内部告発者が現れた。26日のニューヨーク・タイムズの報道によると、内部告発者はCIA士官だというが、その告発者によれば、トランプ氏は7月にゼレンスキー氏と電話会談を行い、ゼレンスキー氏に、同国に軍事支援する代わりに、バイデン氏の息子が同社に務めていた時に起きた汚職疑惑を調査してほしいと圧力をかけたという。

 米連邦議会下院のナンシー・ペロシ議長は24日、トランプ氏の圧力は、国の安全保障を脅かすとして、正式に弾劾調査を開始すると発表した。

トランプ氏の個人的なお願い

 そして、25日、トランプ氏とゼレンスキー氏の間で行われた30分の電話会談のメモが公開された。それによると、トランプ氏は明らかにゼレンスキー氏に個人的なお願いをしていた。

「お願いがあるんだ。ウクライナの状況について何が起きたのか調べてほしい。バイデンの息子についてはたくさんの噂が出ており、バイデンが検察の動きを止めたが、多くの人がそれについて知りたがっている。どんなことでもいいから司法長官と一緒に動いてくれるといい。バイデンは検察の動きを止めたことを自慢して回っていた。だから、それを調べてくれたら…、僕には(バイデンのしたことは)ひどいことのように思える」

 これに対して、ゼレンスキー氏は「汚職疑惑を担当する次の検察総長を任命するので、その人物が状況を調べるだろう、特に、言及したその企業のことを」と答えている。

 公開されたメモでは、トランプ氏は「バイデン氏の調査と引き換えに軍事支援する」とは明言していない。

 しかし、軍事支援を保留にしていたという状況や2人の会話の流れから、「曖昧ではあるものの、トランプがゼレンスキーが政敵(バイデン氏)の調査をしなかったら、ウクライナへの軍事支援を保留すると脅したという告発の説明を裏付けている」と政治サイト「ポリティコ」は解釈している。

恩を売るトランプ

 電話会談の1週間前、アメリカはウクライナへの軍事支援を保留にしていた。

 その状況の中、トランプ氏とゼレンスキー氏は電話会談をしたが、会話の出だしからして、トランプ氏の意図が透けて見える。トランプ氏は最初に、メルケル氏やヨーロッパの国々がウクライナに対して何もしてこなかったことを引き合いに出しながら、アメリカの方はウクライナを支援してきたことを釘を刺すように何度も何度も主張しているからだ。

「私は多くのことをウクライナにしている。多くの努力と時間をかけている。ヨーロッパの諸国がかけているよりずっと多くの努力と時間をね。彼らは今以上にウクライナを助けるべきだ。ドイツはほとんど何もしていない。メルケル氏は口ではウクライナのことを話していたが、何もしていない。多くのヨーロッパの国々は同じ態度だ。しかし、アメリカはウクライナにとてもとても良く対処してきた」

 まるで、しつこいくらい恩を売っているのだ。

 そして、こう続けた。

「良くないことが起きているから、必ずしもギブ&テイクとは言わない。しかし、アメリカはウクライナにとてもとても良きに対処してきたよね」

 ビジネスの取引のように、外交もギブ&テイクを重視するトランプ氏らしい。アメリカはウクライナにたくさんのギブをしてきたから、今度は、ウクライナがアメリカにギブする番だと言っているのだ。

 ゼレンスキー氏としては、そんなトランプ氏に従うより他になかったのであろう。武器購入というギブをするとこう答えている。

「米国製のミサイルの購入を拡大する準備ができております」

他に証拠がなくても弾劾に値する

 しかし、トランプ氏がゼレンスキー氏から欲しかったギブは別のところにあったようだ。ゼレンスキー氏に、前述の、調査という個人的なお願い事をした。この場合、個人的なお願いだったことが重要だとハーバード・ロー・スクールのジェニファー・タウブ客員教授は、政治サイト「ポリティコ」で指摘している。

 個人的なお願いとは、1つが2016年夏にハッキングされた米国民主党全国委員会のサーバーに関する情報が欲しいということ。そしてもう1つが、政敵バイデン氏と彼の息子のスキャンダルを探し出して欲しいというものだ。しかも、探し出すにあたり、トランプ氏の個人弁護士ジュリアーニ氏や司法長官のバー氏と協力するよう頼んでいる。

「トランプは、アメリカ政府の人材と権力を個人的アジェンダのために使ったことがわかります。自分の選挙のために、政敵のスキャンダルを探すよう、外国政府に圧力をかけたことは権力の濫用です」

とタウブ教授は話している。

 また、法律のエキスパートたちもトランプ氏の行為は弾劾に値すると糾弾している。

「電話の内容は、さらなる証拠がないとしても、“大統領弾劾に値する非行”を立証している。バイデン調査と軍事支援を引き換えにするという話も必要ない。大統領が、選挙の政敵を攻撃するために、外交政策と軍事力を使って、不法に外国に援助を要請したこと自体が重罪だ」(ハーバード・ロー・スクール、ローレンス・トライブ教授)

「政敵の犯罪を調査するために、外国の指導者に圧力をかけることが大統領権力のひどい濫用でないとするなら、他に何が弾劾されて当然の犯罪になるのか」(スタンフォード・ロー・スクール、デビッド・スクランスキー教授)

ホワイトハウスの隠蔽疑惑

 26日には、内部告発者の告発文書も公開され、さらなる衝撃を与えている。

 それには、トランプ氏が、個人的利益のために権力を濫用し、ウクライナに選挙介入を要請したとしたことやホワイトハウスが問題の電話会談の記録を隠蔽しようとした疑惑が記されてるからだ。

 もっとも、この内部告発者はトランプ氏とゼレンスキー氏の電話会談を直接きいたわけではなく、トランプ氏の行為を懸念したホワイトハウスの高官から話をきいたという。

 主要メディアを見ると、以下が告発文書が示す疑惑のキーポイントといえそうだ。

1. ホワイトハウスが電話会談の記録を隠蔽

問題のトランプ氏とゼレンスキー氏との電話会談は約12人のホワイトハウスの高官がきいていたという。つまり、約12人の高官は大統領が大統領選という個人的利益のために権力を濫用するところを目撃していたことになる。しかし、彼らはトランプ氏の権力濫用を問題視せず、黙認していたことになる。ホワイトハウスの弁護士たちは電話会談にどう対処したらいいか話し合い、会談内容が外部に漏れることを警戒し、電話の全記録へのアクセスを制限したという。また、電話記録が封印されたのはこれが初めてではないという。

2. ジュリアーニ氏がバイデン調査をフォロー・アップ

ジュリアーニ氏は8月2日、ゼレンスキー氏のアドバイザーに会うためにマドリッドを訪ねたが、それは電話会談をフォロー・アップし、バイデン調査をリクエストするためだったという。ジュリアーニ氏が、以前から、ゼレンスキー氏とトランプ氏の間でメッセンジャーの役割を果たしていたと推測される。

3. トランプ氏自身がウクライナへの軍事援助を保留

ウクライナへの軍事援助を保留にするというトランプ氏からの直接命令が7月23日と7月26日に行われた会議で再び明確に出されたが、ホワイトハウスの役人は、なぜ保留にするのかその根拠がわからなかったという。

4. ウクライナ政府は汚職疑惑調査の必要性を認識していた

告発文書によると、7月の電話会談については、ウクライナ政府が最初にウクライナ大統領のウェブサイトに公式に発表していたという。それには、「トランプは、新ウクライナが迅速にウクライナのイメージを改善し、ウクライナとアメリカの協力が隠されている汚職事件の調査を終えることができると確信していると言った」とある。

5. トランプ氏はペンス氏のウクライナ大統領就任式の出席をキャンセルさせた

トランプ氏は、5月に行われた新ウクライナ大統領の就任式に出席予定だったペンス氏の出席をキャンセルさせた。トランプ氏はゼレンスキー氏が(トランプ氏が求める)行動を選択するまで彼に会いたがらなかったという。トランプ氏は、ウクライナとの関係作りやウクライナへの軍事支援を行う前に、ウクライナ側が自分の希望通りに行動してほしいと、ペンス氏の出席をキャンセルさせることで暗に伝えていた可能性があるという。

 次々と明るみに出る「ウクライナ疑惑」。

 

 トランプ氏はいつものように「魔女狩りだ」と主張し、 内部告発者に情報を与えた高官のことをスパイと呼んでいる。保守系のフォックス・ニュースは、バイデン親子の汚職疑惑を調査する方が先だとして、バイデン氏の息子ハンター・バイデン氏がメディアに出てこないことを問題視し、弾劾の動きに出た民主党を非難している。

 選挙を前に、窮地に追い込まれたトランプ氏。

 これからも新疑惑が噴出してくるであろう「ウクライナ疑惑」に、アメリカはしばらく振り回されることになりそうだ。

在米ジャーナリスト

大分県生まれ。早稲田大学卒業。出版社にて編集記者を務めた後、渡米。ロサンゼルスを拠点に、政治、経済、社会、トレンドなどをテーマに、様々なメディアに寄稿している。ノーム・チョムスキー、ロバート・シラー、ジェームズ・ワトソン、ジャレド・ダイアモンド、エズラ・ヴォーゲル、ジム・ロジャーズなど多数の知識人にインタビュー。著書に『9・11の標的をつくった男 天才と差別ー建築家ミノル・ヤマサキの生涯』(講談社刊)、『そしてぼくは銃口を向けた」』、『銃弾の向こう側』、『ある日本人ゲイの告白』(草思社刊)、訳書に『封印された「放射能」の恐怖 フクシマ事故で何人がガンになるのか』(講談社 )がある。

飯塚真紀子の最近の記事