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米ロサンゼルス慰安婦像毀損事件、その後 「中国よ、出て行け。殺すぞ」 ヘイト・クライムか

飯塚真紀子在米ジャーナリスト
犬の糞や落書きなどで毀損された、米ロサンゼルス近郊にある慰安婦像。筆者撮影

 先日、米ロサンゼルス近郊に設置されている慰安婦像の顔に犬の糞がつけられた事件(7月に発生)について寄稿したが、この事件はその後どうなったのか。

 悲しいことに、慰安婦像は、この事件後も受難に苦しんでいた。9月16日には、黒いマーカーペンで落書きがされ、9月26日にも、同じような落書き事件が起きた。

防犯カメラが犯行風景を捉えた

 しかし今回、慰安婦像が設置されている中央公園があるグレンデール市の警察は、犬の糞事件後設置した防犯カメラで、9月26日に落書きをした人物の特定に成功、9月27日、ジャッキー・リタ・ウィリアムズという、ヒスパニック系の女性(65歳)を公共器物破損という重犯罪の容疑で逮捕した。10月1日には、ウィリアムズを、9月16日から27日にかけて、慰安婦像やグレンデール市が所有する建物、アルメニア系アメリカ人高齢者問題協議会の建物、教会などを汚損した器物破損罪で起訴。彼女は最長で禁錮7年の刑に直面している。

 防犯カメラには、スーツケースを引っぱりながら現れたウィリアムズが落書きする様子や慰安婦像のそばに置かれている花鉢をひっくり返して、慰安婦像の頭に被せる様子などが映し出されている。

 ウィリアムズは逮捕後、口を閉ざしているため、犯罪の動機は明らかになっていない。

 グレンデール市では、壁やベンチに、人種的マイノリティーに対する差別的暴言が落書きされる事件が起きていた。アルメニア系の人々が多く居住する同市では、「アルメニア人に死を」という落書きも見つかっていた。グレンデール市警はウィリアムズが一連の落書き事件や犬の糞事件と関わっているか調査中だ。

「中国よ、出て行け」

 地元の新聞によると、ウィリアムズは、8月にも、グレンデール市と隣接するパサデナ市で落書き事件を犯していた。

「私はここにいる。中国よ、出て行け。殺すぞ」

という差別的な落書きを教会の看板にしていたのだ。その後も、パサデナ市の郵便局や商業ビルで、彼女がした落書きが見つかった。アジア系の人々(中国人に対してかは不明)を差別する落書きだった。そのため、彼女はヘイト・クライム関連の器物破損容疑で逮捕された。

パサデナの教会の看板に書かれた中国人を差別する落書き。China Leave I will Kill Youと看板の右方に書かれている。出典:Pasadena Star-News
パサデナの教会の看板に書かれた中国人を差別する落書き。China Leave I will Kill Youと看板の右方に書かれている。出典:Pasadena Star-News

人種起因のヘイト・クライムが増加

 アメリカの大都市でヘイト・クライムが増加していることは前に寄稿したが、ロサンゼルス郡人倫委員会が9月に発表したヘイト・クライム最新報告書によると、2018年にロサンゼルス郡で起きたヘイト・クライムは前年より2.6%増加して521件となり、2009年以降では最多を記録した。

 中でも、人種起因のヘイト・クライムは全ヘイト・クライムの52%を占め、前年より11%上昇。うち、アジア系の人々に対するヘイト・クライムは7%を占める19件、その数は前年より1件ではあるが増加した。

2018年にロサンゼルス郡で起きたヘイト・クライムの被害者の人種別内わけ。出典:Los Angeles County Commission of Human Relations
2018年にロサンゼルス郡で起きたヘイト・クライムの被害者の人種別内わけ。出典:Los Angeles County Commission of Human Relations

54%が通報されず

 19件というと少ないと思う方もいるだろうが、このヘイト・クライムの数は実情を反映したものではない。アジア系の人々は、文化の違いやビザの問題、アメリカの法律に対する無知、報復される恐怖などで、ヘイト・クライムの被害者になっても通報しない人が大勢いるからである。

 実際、アジア系の人々に限らず、アメリカでは、ヘイト・クライムの被害を受けても通報せず、泣き寝入りしている人々が多い。米国司法省によると、2011年〜2015年の間に起きたヘイト・クライム絡みの事件の54%が通報されていなかったという。

 そのため、ロサンゼルス郡は10月1日から「反ヘイト・イニシアティブ」を始動させ、被害者が通報しやすい環境作りに取り組もうとしている。

トランプ氏が言及される人種差別的暴言

 また、報告書によると、ヘイト・クライムを犯す際に “Wetback!(アメリカに不法侵入するメキシコ人のこと)” や “You don’t belong here(ここはおまえがいるべき場所ではない)” といった反移民的暴言が発せられる事件も増加している。このような事件の容疑者は52%がアフリカ系アメリカ人で、30%が白人だ。そして、反移民的暴言の78%が、メキシコからの移住者を中心にしたヒスパニック系の人々に向けられたものである。

 中には、トランプ氏の名前に言及した反移民的暴言もある。例えば、ヒスパニック系の人に対してヘイト・クライムを犯す際、「ラティーノ(ヒスパニック系の人々のこと)のバカヤロウ。トランプが不法移民の侵入を防いでくれることを願う」や「トランプがおまえをメキシコに送り返すために探しているぞ」という暴言を吐いたり、「トランプがあなたたちを国外追放してくれるといいわ」という書き置きを残したりするヘイト・クライムも起きている。

 トランプ氏のヒスパニック系の人々への反移民的言動が人種間憎悪が生まれる一因となっている証拠だろう。

アジア系の人々も反移民的暴言のターゲットに

 逮捕されたウィリアムズはヒスパニック系だが、前述の報告書によると、ヒスパニック系の人々に対するヘイト・クライムも増加している。また、彼女はホームレスだという報道もある。彼女自身もまた差別的暴言を浴びせられていたのかもしれない。そして、ヒスパニック系の人々に次いで反移民的暴言のターゲットになっているのはアジア系の人々で全体の10%に相当する。

 アフリカ系アメリカ人や白人からの憎悪を感じていたかもしれないヒスパニック系のウィリアムズの中に生まれた憎悪が、次なるターゲットとなっているアジア系などのマイノリティーの人々に向かい、落書き事件のようなヘイト・クライムに繋がったとしても不思議ではない。

 ちなみに、ウィリアムズが住むグレンデール市はアルメニア系の人々や韓国系の人々が多く居住する地域であるし、パサデナ市には中国系の人々も多く居住しているので、身近に居住する彼らがターゲットにされてしまったのではないかと思われる。

憎悪は社会全体に広がる

 ヘイト・クライムの最新報告書の発表に際し、ロサンゼルス郡のスーパーバイザーのヒルダ・ソリス氏がこう話している。

「ある1つのグループに対する憎悪から生じた暴力は、社会全体へと広がって行くんです」

 憎悪がヘイト・クライムという暴力を生み、その暴力が次の暴力を生み出して、暴力は社会全体へと拡散して行く。小さな憎悪の芽を見つけ、それを摘み取ることがヘイト・クライム防止の出発点といえるだろう。

 東アジアでも憎悪の芽が生まれ、着実に育っている。日韓の間で生じた憎悪の芽は摘み取られることもなく、成長して行くばかりだ。今のままでは、やがて、誰も打ち負かすことができないモンスターに成長してしまうだろう。日韓は、そうなる前に、その成長を阻む必要があるのではないか。

在米ジャーナリスト

大分県生まれ。早稲田大学卒業。出版社にて編集記者を務めた後、渡米。ロサンゼルスを拠点に、政治、経済、社会、トレンドなどをテーマに、様々なメディアに寄稿している。ノーム・チョムスキー、ロバート・シラー、ジェームズ・ワトソン、ジャレド・ダイアモンド、エズラ・ヴォーゲル、ジム・ロジャーズなど多数の知識人にインタビュー。著書に『9・11の標的をつくった男 天才と差別ー建築家ミノル・ヤマサキの生涯』(講談社刊)、『そしてぼくは銃口を向けた」』、『銃弾の向こう側』、『ある日本人ゲイの告白』(草思社刊)、訳書に『封印された「放射能」の恐怖 フクシマ事故で何人がガンになるのか』(講談社 )がある。

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