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SLの楽しさを広める京都鉄道博物館の企画 ~博物館が「きかんしゃトーマス」を展示する意義~

伊原薫鉄道ライター
京都鉄道博物館にやってきた「きかんしゃトーマス」(筆者撮影)

 新型コロナウイルス感染症の拡大は、私たちの生活を一変させた。中でも、その変化は多岐にわたるが、最も顕著な変化が起こったものの一つに「余暇の楽しみ方」が挙げられるだろう。仕事帰りに友人と行くカラオケから遠出の旅行まで、およそレジャーに位置づけられる行為はほとんど全てが「感染につながる」とされ、なかなか大手を振って行きづらい状況だ。

 そして、これは鉄道旅も例外ではない。特に、クルーのきめ細やかなサービスが求められる豪華クルーズ列車や、食事の提供をメインとする観光列車は、そのほとんどが一時運休を余儀なくされた。現在は、相応の対策を施したうえで情勢を見極めながら運行を再開しつつあるといった状況である。

 ただし、残念ながら今後の運行を断念した列車もいくつかある。その一つが、JR西日本のSL列車「SL北びわこ号」だ。

北陸本線で運行されていた「SL北びわこ号」(画像提供:JR西日本)
北陸本線で運行されていた「SL北びわこ号」(画像提供:JR西日本)

 「SL北びわこ号」は、琵琶湖北部地域の観光振興を目的として、1995年夏に運転を開始。主にC56形が5両の12系客車を牽引し、米原~木ノ本間を走った。2018年春にはC56形が本線から引退したため、以降はD51形やC57形がバトンを受け継いで春と秋に運転。京阪神から最も近い場所を走るSL列車ということで人気を集めていたが、新型コロナウイルス感染症の影響を受け、2020年春から運行を休止していた。

 同時期に運休となった観光列車の多くは、前述の通り相応の対策を施して運行再開にこぎつけた一方、「SL北びわこ号」は2021年5月に運行終了が発表された。JR西日本はその理由の一つに「使用している車両では、煤煙の影響の少ない換気が困難であるため、新型コロナウイルス感染防止対策を十分に行う見込みが立たない」というのを挙げている。コロナ対策では換気が重要となるが、「SL北びわこ号」はSL列車のため、窓を開けて走ると煙が車内に入ってしまう。かといって、もともと50年以上前に開発された12系は、エアコンだけでは十分な換気が行えない、という判断のようだ。

 もっとも、12系を使ったSL列車は他社にもあり、それぞれが検証や対策を行ったうえで、運行を再開している。もう一つの理由として「部品の入手等、保守に苦慮していること」を挙げていることから、これらの事情を総合的に勘案して、運行終了という結論になったのだろう。

「SL北びわこ号」で使われていた12系客車。青い車体が特徴だ(特記以外の写真は全て筆者撮影)
「SL北びわこ号」で使われていた12系客車。青い車体が特徴だ(特記以外の写真は全て筆者撮影)

 ところで、「SL北びわこ号」で使われていた12系客車は、実は全国的にもかなり貴重な車両である。12系は、1970年に開催された大阪万博の観客輸送などに使用するため、前年の1969年に登場。1978年までに600両以上が製造され、団体専用列車や臨時列車として全国で活躍した。一部は国鉄末期からJR発足後にかけて、展望室や畳敷きの車内をもつ「ジョイフルトレイン」に改造されたが、電車や気動車の方が使い勝手がよいことから、2000年代前半までに多くが廃車となった。

 現在、12系は「SL北びわこ号」に使われているJR西日本所属車両のほか、JR東日本に14両、そしてJRから譲渡された車両が秩父鉄道や東武鉄道、大井川鐵道などにそれぞれ数両ずつ残っている。ただし、これらの大半は外観や車内が改造されており、製造当初の姿を保っている車両はJR東日本とJR西日本の一部だけ。「SL北びわこ号」は、そんな貴重な車両に乗れる数少ないチャンスだったのだ。

製造当初の雰囲気が色濃く残る、12系の車内
製造当初の雰囲気が色濃く残る、12系の車内

 そして同時に、「SL北びわこ号」はこの原形12系にとってほぼ唯一の出番だった。つまり、「SL北びわこ号」が運行を終了したことで、この客車に乗れる機会も消滅したことになる。今回は事情が事情なだけに、さよなら運転が行われることもなく、寂しい最後となった。

瓶飲料用の栓抜きがある12系のテーブル。かつてはこうした装備も当たり前だった
瓶飲料用の栓抜きがある12系のテーブル。かつてはこうした装備も当たり前だった

 そんな中、落胆する鉄道ファンに朗報が舞い込んできた。京都鉄道博物館が「もう一度会える、『SL北びわこ号』」と題して、同館で運転されている「SLスチーム号」を9月30日から10月5日までの6日間、客車を12系に変更して走らせることにしたのだ。「SLスチーム号」は通常の列車と違って歩くような速度で走るため、窓を開けていても煙が入りにくく、十分な換気が可能だという判断なのだろう。「SL北びわこ号」では客車を5両つないでいたところ、「SLスチーム号」では2両に短縮されるものの、SLの前面には「SL北びわこ号」で使われていたヘッドマークが日替わりで取り付けられるなど、湖北を走っていた姿を彷彿とさせる。

「SLスチーム号」として走る12系客車。休日は満席となる盛況ぶりだった
「SLスチーム号」として走る12系客車。休日は満席となる盛況ぶりだった

 「SLスチーム号」が走る距離は、往復約1km。わずか10分ほどのプチ旅行だが、すぐ横には山陰本線や東海道本線などがあり、時にはそれらの列車と並走することもある。昔ながらの青いボックスシートに座り、窓を開けて風を感じれば、さぞかし気持ちいいだろう。資料を保存するだけが、博物館の役割ではない。かつて、日本全国でこんな旅が楽しめた……そんな“実体験の保存”があってもいい。

大井川鐵道で運行されている「トーマス号」京都鉄道博物館ではさらに忠実に再現されている
大井川鐵道で運行されている「トーマス号」京都鉄道博物館ではさらに忠実に再現されている

 ところで、京都鉄道博物館では現在もう一つ、「きかんしゃトーマス」に関連したイベントも開催中である。こちらの目玉は、“実物大”のきかんしゃトーマス。同館で収蔵されているC11形をトーマスに“改装”し、扇形車庫や転車台の上(土曜・休日のみ)で展示するというものだ。静岡県の大井川鐵道では、同様にトーマスへと改装したC11形を2014年から運行。実際に走るという点では大井川鐵道に敵わないものの、京都鉄道博物館のトーマスは一部の機器を取り外すなど、より作品に忠実な外観となっている。

 子どもたちから早くも人気を集めている、京都鉄道博物館のトーマス。ただ、一部の鉄道ファンからは批判の声も聞かれる。「貴重な収蔵品に手を加え、客寄せに使うとはけしからん」ということのようだ。確かに、理屈は分かるし気持ちも分からなくはない。自分の好きな車両が自分の好みとはかけ離れた姿になっているのは、耐えられないのだろう。「この企画が終わった後、きちんと元の姿に戻されるのかどうか心配だ」と言う意見もある。

 だが、そこは京都鉄道博物館やJR西日本を信頼するべきではなかろうか。この車両の貴重さは、両者とて十分に分かっているはずだ。そして、鉄道車両は絵画や彫刻と違い、工業製品である。外した部品を再び取り付けたり、元の色に塗り直すことは造作もない。同館やSLのメンテナンスを担当する梅小路運転区には、SL修繕のプロが集まっている。企画が終了した後は、きっと以前よりもきれいな姿を取り戻すに違いない。

 そして、博物館には「貴重な資料を収集・保存し後世に伝える」という他に、「資料を通じて学習活動を支援する」という役割もある。トーマスとなったC11形がきっかけとなって子供たちが京都鉄道博物館を訪れ、ここでSLの仕組みや鉄道の歴史に興味を持つようになれば、C11形が“変身”した意義は十分にあるだろう。コロナ禍で遠出が難しい昨今、首都圏に近い大井川鐵道とは別に、近畿圏にある京都鉄道博物館でこのような企画が行われることも、鉄道趣味文化を育てるという点ではプラスだと感じる。

 日本最大のSL保存展示施設でもある、京都鉄道博物館。その強みを生かした、また往時の旅気分が味わえるような企画を、応援したいと思う。

鉄道ライター

大阪府生まれ。京都大学大学院都市交通政策技術者。鉄道雑誌やwebメディアでの執筆を中心に、テレビやトークショーの出演・監修、グッズ制作やイベント企画、都市交通政策のアドバイザーなど幅広く活躍する。乗り鉄・撮り鉄・収集鉄・呑み鉄。好きなものは103系、キハ30、北千住駅の発車メロディ。トランペット吹き。著書に「関西人はなぜ阪急を別格だと思うのか」「街まで変える 鉄道のデザイン」「そうだったのか!Osaka Metro」「国鉄・私鉄・JR 廃止駅の不思議と謎」(共著)など。

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