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夢のコラボ?「鉄道落語」の世界

伊原薫鉄道ライター

「いやー、撮影で年間65,000kmとか車で走るからなあ、毎月オイル交換せなならんので大変やわ」

「今日も『なにわ』撮りに行ったんですよね?仕事の前に」

「そうそう、でもガスっててたまらんかったわ。そういやお前さんは家に線路敷いたって?」

「ええ、駐車スペースに線路敷きましてん。車を入れる時ちょっと楽しいですよ。」

「そのうち電車でも置きたくなるんちゃうか?」

「さすがに置きたくても置けないですねえ。あ、車止めは知り合いから譲ってもろたんですよ。三種乙のやつね。」

なかなかコアな会話である。話の内容から、年間65,000キロも移動するとはかなりの「撮り鉄」さんと、もう一人は駐車場に線路を敷くくらいだから「収集鉄」さんか。それにしても、お二人ともその道を極めておられる。

・・・と思ったら、なんとこのお二人、現役の噺家さん、つまり落語家なのである。

○「鉄道落語」というジャンルがある!

桂梅團治さん(右)と桂しん吉さん。大阪を拠点に活躍する「鉄」な噺家さんだ。
桂梅團治さん(右)と桂しん吉さん。大阪を拠点に活躍する「鉄」な噺家さんだ。

皆さんは「鉄道落語」というジャンルがあるのをご存じだろうか。文字通り、鉄道を題材にした創作落語の一種で、以前から鉄道を題材にした噺はいくつかあったのだが、ここ数年は特に盛り上がりを見せている。ファンも着実に増えているようで、2013年2月にはこの4人が演じる計8作の鉄道落語を収録した書籍「鉄道落語」も出版された。冒頭の会話は、この書籍の出版を記念して大阪・梅田の「紀伊國屋書店 グランフロント大阪店」で行われた、桂梅團治さん・桂しん吉さんのトークショーでのヒトコマである。

梅團治さんは生粋の撮り鉄で、特にSLが大好きとのこと。写真の腕前もプロ級で、ご自分で写真集を出版し、写真展を開催するほどだ。ホームページを拝見すると、全国で撮影された鉄道写真がずらりと並び、「最後のブルートレイン 日本海」「さよなら余部鉄橋」「SLカレンダー 完売しました」の文字。どちらが本業かと疑ってしまうくらいである。(失礼!)

対してしん吉さんは、元々は乗り鉄(ただし、「ええカメラ」を買ってからは撮り鉄に寝返ったとか?)で、本拠である大阪から仕事で東京へ向かう際、なぜか伊那市(JR飯田線)を通ったり小本(三陸鉄道!)に出没したりと、神出鬼没の行動が噺家さん達の間でも話題だとか。お囃子カントリーバンド「ぐんきち」を結成し、笛とボーカルを担当するなど多彩な活動でも知られている。

一方、東京を中心に活動しているのは、電気工作好きが高じて鉄道模型にのめりこみ、今でも鉄道の機械関係に興味があるという柳家小ゑんさんと、釣り掛けモーターの音から鉄道好きとなり、なんと高座にレイアウトを持ち込んでしまった古今亭駒次さんのお二方だ。

○落語の中に「PCCカー」「お立ち台」

「鉄道落語」(交通新聞社刊)落語8編と、東西・鉄道落語家対談を収録。
「鉄道落語」(交通新聞社刊)落語8編と、東西・鉄道落語家対談を収録。

この4人が手がけるのだから、「鉄道落語」の鉄分もハンパではない。「北大阪急行は阪急の子会社やから、車内のシートや壁の色が阪急っぽくてちょっとお得感がある」からはじまり、「フィルム何?フジのプロビア100F!オリンパスのOM-1にレンズは100mmF2とはこれまた・・・ちょっと待て、これ益子~北山間のお立ち台だろ?」やら「都電の1番系統といえば銀座や日本橋や神田を通る花形路線で、新型車両は必ずここに入ったんです。アメリカから来たPCCカー5501形ですとか・・・ええっと話についてこれてますか?」って、一般のお客さんはもちろん、最近のファンでもついていくのがやっとのコアな話がポンポン出てくる。と思えば、トワイライトエクスプレスのチケットを持って若旦那が右往左往する「若旦那とわいらとエクスプレス」などは、鉄道のことが判らない人でもクスリと笑えるお話である。

○「鉄道」と「落語」の接点

鉄道は一日に何千万人もの人を運んでいる。「駅は人生の縮図」とはよく言われる言葉だが、駅や車内で悲喜こもごもの物語が毎日生まれていることだろう。ふだん自家用車しか使わない人も、これまで鉄道を利用したことがないというのはまれで、なにがしかの思い出があるのではないか。落語と鉄道は、人々の生活や体験、思い出に深くかかわっているという点で、案外と親和性が高いのかもしれない。

ところで、一口に「鉄道落語」といっても、活動の拠点はかたや東京、かたや大阪。やはり東西で笑いのポイントも違うらしい。普段演じている落語が古典落語か創作落語(新作落語)かでも、噺の組み立て方が変わってくるという。趣味のベクトルも違う4人なので、噺の内容もバラエティに富んでいる。共通しているのは、この4人は本当に鉄道が好きなのだという、鉄道への思い。落語を通じて、鉄道の面白さを一般の方にも広く知ってほしいという思いが、本を読んだだけでひしひしと伝わってくる。実際にライブで聴いたらもっと楽しいに違いない。

○7月には「鉄道落語会」も開催

「鉄道落語」出版に引き続き、7月には「『鉄道落語』出版記念・東西鉄道落語大集合!」と題して、東京と大阪で4人による落語会も開催される。大阪会場はなんと弁天町の交通科学博物館、関西の"聖地"での開催に「今からドキドキしています(桂しん吉さん)」とのこと。落語好きの方はもちろん、これまで生で落語を聞いたことのない鉄道ファンの皆さんも、これを機会に落語の世界を覗いてみてはいかがだろうか。

「「鉄道落語」出版記念 東西鉄道落語家大集合」詳細はこちらから↓

「桂しん吉 出没情報」http://shinkichi-works.seesaa.net/

鉄道ライター

大阪府生まれ。京都大学大学院都市交通政策技術者。鉄道雑誌やwebメディアでの執筆を中心に、テレビやトークショーの出演・監修、グッズ制作やイベント企画、都市交通政策のアドバイザーなど幅広く活躍する。乗り鉄・撮り鉄・収集鉄・呑み鉄。好きなものは103系、キハ30、北千住駅の発車メロディ。トランペット吹き。著書に「関西人はなぜ阪急を別格だと思うのか」「街まで変える 鉄道のデザイン」「そうだったのか!Osaka Metro」「国鉄・私鉄・JR 廃止駅の不思議と謎」(共著)など。

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