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『1回の注射で数ヶ月効果が続く自費の花粉症治療』に注意:専門医が解説

堀向健太医学博士。日本アレルギー学会指導医。日本小児科学会指導医。
(写真:アフロ)

スギ花粉が多く飛散していて、症状がつらいかたも増えている時期です。

そして私の外来でも、さまざまな花粉症に対する質問を患者さんから投げかけられる時期でもあります。

そして先日、ある患者さんに『“1回の注射で長く効く自費の花粉症治療”のポスターを、あるクリニックで見かけたのですが、どんな治療ですか?』と聞かれました。

その治療が実際になにかははっきりとはわかりません。

しかし専門医のなかで副作用が心配されている『ステロイド筋肉注射』であったのかもしれません。

花粉症に対するステロイドの筋肉注射は、1回の注射で長期間効果が続くこともあり、手軽と思われている方もいらっしゃるようです。しかし日本のガイドラインでも、海外のガイドラインでも、ステロイド筋肉注射を花粉症に使用することを一般に推奨していません

なぜなのでしょうか?

そこで今回は、花粉症に対するステロイド注射のリスクを、ステロイドのメカニズムまで踏み込んでお話をさせていただきたいと思います。

最初に、『ステロイド』に関して簡単に解説しましょう。

一般的に使用されているステロイドは、正式には『副腎皮質ホルモン』といいます。

副腎は、腎臓の上にある小さな臓器であり、毎日、副腎皮質ホルモン、すなわちステロイドを作っています。

医療で使用される『飲む』ステロイドにはさまざまありますが、そのうちの一つが『プレドニゾロン』というステロイドです。医師はこのプレドニゾロンを基準にステロイドの使用量を考えることが多いです。

そして健康な大人は、プレドニゾロンに換算するとステロイドを1日3~5mg作り出しています

イラストACを素材に筆者作成
イラストACを素材に筆者作成

医療においてステロイドを使う場面で最も多いのは『いきすぎた炎症を抑えたい』というケースです。

すなわち、アレルギー反応、アトピー性皮膚炎、リウマチ、長引いたがんによる悪液質(がん細胞がつくり出す情報伝達物質により体が負けてしまう状態)など、さまざまな場面があります。

もちろん必要なケースには『その効果と副作用をお話した上で』使用されます。

ステロイドはどのように体にはいり、効果を発揮する?

では、ステロイドはどのように、体で効果を発揮するのでしょうか?すこし難しい内容かもしれませんが、ステロイドのことをいたずらに怖がらなくなるためにもとても重要ですので、できるだけわかりやすく説明してみます。

まず、ステロイドを飲んだり筋肉注射などを行うと、体全体にステロイドが広がり、細胞のなかの『ステロイド用のセンサー(受容体)』にくっつきます。

そして、センサーにくっついたステロイドは、『細胞の核』にたどり着いてさまざまな効果をあらわします。

レジデントノート 2017;18:325を参考に筆者作成
レジデントノート 2017;18:325を参考に筆者作成

レジデントノート 2017;18:325を参考にイラストACの素材を使用し、筆者作成
レジデントノート 2017;18:325を参考にイラストACの素材を使用し、筆者作成

しかし、そのセンサーに数に限りがあります。

一般的に体重1kgあたりプレドニゾロン1mgを使用するとすべてのセンサーにくっついてしまいます

レジデントノート 2017;18:325を参考に筆者作成
レジデントノート 2017;18:325を参考に筆者作成

ざっくり言うと、プレドニゾロンは一般的に1錠5mgが使われることが多いので、体重50kgのひとでは50mg=10錠使えば十分ということです。

たとえば、とても強い喘息発作が起こったときに使用されるプレドニゾロンの量は、10錠から20錠(50mg~100mg)程度です。

このステロイドが十分な量ということが理解できるでしょう。

そしてこの量は、強い喘息発作という緊急事態に数日を目安に使われる量であるということです。

緊急事態につかわれるような量のステロイドは、『長く』は使われません

しかし一般的に、この量のステロイドを気管支喘息に『長く』使用することはありません。

なぜかというと、『飲む期間』もそのステロイドの作用に関わってくるからです。

たとえば、プレドニゾロン1日4錠(20mg)以上を毎日飲んでいると、2週間程度で『免疫が抑えられ始める』など、さまざまな別の作用も現れ始めます

ですので、プレドニゾロン10錠といった量は、数日程度で中止、もしくは減らすことを考えることになります。

では、ステロイドの副作用を抑えながら、治療を長く続けるためにはどのような方法があるでしょうか?

たとえば、全身にステロイドを使用せず『炎症があるところに直接』ステロイドを届けることで、使用量を減らすという方法が考えられます。

たとえば、

皮膚の湿疹に対しては、ステロイド外用薬を。

気管支喘息には、吸入するステロイド薬を。

アレルギー性鼻炎には、鼻に直接スプレーするステロイド薬を。

イラストACを素材に筆者作成
イラストACを素材に筆者作成

全身的な副作用を少なくしながら、『炎症のあるところだけ使う』ステロイド薬が発達してきたのです。

なぜ、『1回の注射で長く効く自費の花粉症治療』はリスクが有るのでしょうか?

最初の話題に戻りましょう。

花粉症に対して使われるステロイド筋肉注射薬は、トリアムシノロンアセトニド(商品名ケナコルトA)という薬が使われます。

トリアムシノロン1本に含まれるステロイドは、プレドニゾロンに換算するとどれくらいになるでしょう?

なんと50錠(250mg)にもなります。

これがものすごく多い量であることは、皆さんにももうおわかりになることでしょう。

そして、もうひとつ問題があります。

トリアムシノロンは溶けにくいステロイドであり、長くゆっくりと溶け出し効果を出します。トリアムシノロンの血液の濃度は、5日間でようやく半分になり、その後も2週間から3週間も効果が続きます[1]。

ステロイド多く、長く使用し続けることにリスクがあることも、もうおわかりですよね。

すなわち、『1回の注射で長く効く自費の花粉症治療』とは、『手軽に長く効く』のではなく、『1回の量がきわめて多量で後戻りができにくい』治療と捉えたほうが良いでしょう。

花粉症は、日常の生活の質を大きく損なうつらい病気であることは確かです。しかし、気管支喘息の強い発作のように『緊急事態』の病気ではなく、長く日常のなかで考えていくべき病気です。

いってみればステロイド筋肉注射は、自家用車にロケットエンジンを積むような治療であり、行き過ぎた方法といえます。

確かに、1960年代に登場した『長く効果が続くステロイド』は、昔は花粉症に対し使用されていましたが[2]、1987年にはすでにリスクが指摘されていました[3]。そして最近は、花粉症に対するトリアムシノロンの有効性や安全性に対する研究はほとんど行われていません。

なぜでしょうか?

花粉症に対して、副作用の少ない鼻噴霧ステロイド薬などが開発され、役割を終えた治療法になってきているからです。

しかし、『ステロイド筋肉注射は、手軽でよく効くので手放せない』と思う方もいらっしゃるかもしれません。そのような『重症のスギ花粉症の方への治療』も発展してきています。

あたらしい『注射』の治療もあります

写真:イメージマート

2019年より、オマリズマブ(商品名ゾレア)という薬が、12歳以上のひどいスギ花粉症に対して保険適用となりました。

事前の血液検査が必要、または薬価が高い、皮下注射のため痛みがある、といった問題はありますが、ステロイド筋肉注射よりもずっと安全性が高い薬剤です。

また、舌下免疫療法という、長く続けると『スギ花粉症がだんだん軽くなっていく』治療も2018年から5歳以上の子どもにも保険適用になっており、スギ花粉の飛散期が終われば開始することができます。

重症のスギ花粉症の方々にも副作用が少ない治療法が広がっています。お困りの方は、専門医にご相談いただければと思います。

※2022/3/27 13:50 少し文章の重複などがあった部分や助詞が不自然な箇所を修正しました。

【参考文献】

[1]日本内分泌学会雑誌 46(6)654-658,1980.

[2]Lancet 1972; 1:1025-6. 

[3]Allergy 1987; 42:26-32.

医学博士。日本アレルギー学会指導医。日本小児科学会指導医。

小児科学会専門医・指導医。アレルギー学会専門医・指導医・代議員。1998年 鳥取大学医学部医学科卒業。鳥取大学医学部附属病院・関連病院での勤務を経て、2007年 国立成育医療センター(現国立成育医療研究センター)アレルギー科、2012年から現職。2014年、米国アレルギー臨床免疫学会雑誌に、世界初のアトピー性皮膚炎発症予防研究を発表。医学専門雑誌に年間10~20本寄稿しつつTwitter(フォロワー12万人)、Instagram(2.4万人)、音声メディアVoicy(5500人)などで情報発信。2020年6月Yahoo!ニュース 個人MVA受賞。※アイコンは青鹿ユウさん(@buruban)。

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