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令和6年能登半島地震における輪島市河井町の市街地火災はなぜここまで大きくなったのか?

廣井悠東京大学先端科学技術研究センター・教授/都市工学者
(写真:イメージマート)

 皆さんもご存知の通り,2024年1月1日16時10分に能登半島北部で発生した地震は,家屋倒壊や大津波警報の発表など大きな被害・影響を与えましたが,この地震に伴って地震火災も複数発生しており,なかでも震度6強を観測した輪島市の河井町朝市通り周辺で出火した火災は,2024年1月2日12時16分現在ではおよそ200棟が延焼したとの報道がありました(参考文献:1).近年に発生した大規模な市街地火災としては,2016年12月に発生した糸魚川市大規模火災が記憶に新しいところです.この大規模火災は,木造住宅が密集した地域という地域特性と,新潟地方気象台が強風注意報を発表するなどの風速10m/sを超えた強風という自然条件,そしてこれによる飛び火に伴う同時多発的な延焼拡大によって,焼失棟数147棟,焼失面積約30,213平米という甚大な被害となりました.それでは,現時点で糸魚川市大規模火災をこえる焼失棟数と予測される令和6年能登半島地震における輪島市の市街地火災は,なぜここまで大きくなったのでしょうか.ここでは現時点で得られる情報からその原因について考えたいと思います.一般に地震火災による被害は「出火の数」,「燃えやすさ」,「消火のしやすさ」,「逃げやすさ」の4要素でおおむね決まると考えられています.人的被害に関する情報が得られていませんので,ここでは「逃げやすさ」を除いたこれら3つの要素をそれぞれ評価することで,この地震火災が大火に至った原因を考察します.

 はじめに「出火の数」についてです.大地震時は建物倒壊,火気器具の転倒,電気火災など様々な原因で火災が発生することが知られていますが,現時点でこの火災における出火原因はわかりません.しかしながら筆者らの調査によれば,2011年3月昼に発生した東日本大震災時は震度6強以上における出火率は1万世帯あたり0.4件(参考文献:2),2016年4月夜に発生した熊本地震時は震度6強以上における出火率が1万世帯あたり0.2件程度であることが分かっています(参考文献:3).冬なこともあり,暖房器具を使っている世帯も多いであろうことを考えると,世帯数11,405件(令和5年12月1日現在)の輪島市内(参考文献:4)で地震火災が発生しても不思議ではありませんし,すでに火災情報が出ているところではありますが,輪島市以外でも複数の火災が十分に発生しうる揺れの強さとなります.

 次に「燃えやすさ」です.糸魚川市大規模火災で甚大な被害の要素となった自然条件(風速)ですが,現時点ではアメダスのデータが更新されていないようです.しかしながら,地震発生前の1日16時時点で1.4mということ(参考文献:5),そして一部の映像を見た限りですが,火の粉の飛散は一定程度確認できるものの,煙の立ち上る角度などから,糸魚川市大規模火災時ほどは風速が強かったわけではなさそうです.一方で地域特性についてですが,延焼したエリアを衛星写真で見る限り,古そうな住宅が建て詰まっている地域のようです.報道によれば,ここは1,000年以上続く朝市で古い家屋も多かったとのことで(参考文献:6),延焼危険性が高かったことが想像されます.LPGボンベの爆発のような映像も見られました.そして平常時の火災と異なり,地震時による火災は特に延焼危険性が高まる可能性があることも忘れてはいけません.というのも,地震時は揺れの影響で開口部が壊れる,瓦がずれる,モルタルが剥がれるなどして建物の火災安全性能が低下することがあります.今回の延焼地域でこの点がどうだったのかは,今後の具体的な調査を必要としますが,今回の地震ではこれが延焼に寄与した可能性もあるでしょう.

 最後に「消火のしやすさ」です.地震時は水道管の被害をはじめとした様々な理由で断水することがありますが,報道によれば今回の地震でも焼失地域では断水の影響があり,消火活動がままならなかったようです(参考文献:1).また,建物倒壊で道路が閉塞し放水に影響が出る,道路の破断によってポンプ車の到着が遅れた可能性もあります.一方で,大規模災害時は公設消防などの「公助」による対応が限界に達する場合も考えられ,自助や共助による対応がとりわけ重要になります.しかしながら,当日は地震直後より大津波警報が発表され,輪島市では1.2mの津波が到達した状況でした.つまり,津波からの避難を迅速に行ったことで,初期消火や延焼防止活動ができなかった可能性も考えられます.市街地火災発生時は避難のことばかり考えるわけにはいきません.結果論となってしまいますが,どのような災害が襲うか不確実ななかで,避難を優先させるのか,それとも初期消火や延焼防止活動,助け合いを頑張るべきかは,地震火災への対応を考える上で非常に難しい論点となります(参考文献:7).この点も今後の調査結果を待ちたいと思いますが,海沿いの密集市街地などマルチハザードリスクが高い場所における災害対応を考える上で,今回の地震火災は非常に重要な教訓を残した災害と言えるかもしれません.

 ところで,地震火災は強い揺れが襲った後にも断続的に発生することが知られています.特に阪神・淡路大震災において甚大な被害を出したと言われる「通電火災」という現象については感震ブレーカーの設置のみならず,停電時に避難などで家を空けるときはブレーカーを落とす,停電中は電気器具のスイッチを切り電源プラグをコンセントから抜く,という対応が知られています.また再通電時にあたっては,電線が切れていないか,引き込み線が傷ついていないか,電気機器の電源が入ったままになっていないか,本体や配線に損傷や濡れがないか,周囲に可燃物がないかなどを確認し,念のため消火器の準備をしてブレーカーを戻すとよいと言われています.もう1つ気を付けたいのがローソク火災です.東日本大震災では全火災398件の約1割がローソクを出火原因とする火災でした.これは停電時に明かりを確保する目的で用いられたと思われるローソクが余震で倒れるなどして発生するもので,東日本大震災でも北海道胆振東部地震でもローソク火災が原因で人的被害が発生しています.ローソクやツナ缶ランプなどの利用については地震後なるべく注意し,可能であればLEDランプ等の使用をお勧めします.被災地の方々はこれら地震後に断続的に発生する火災に注意してください.

※本稿は速報性を優先して令和6年能登半島地震時における輪島市の地震火災を考察したものであり,現時点での推測も含んだ文章です.したがって今後の調査結果次第で,記述を変更する可能性がある点をご承知ください.一刻も早い被災地の復旧をお祈りいたします.

1)NHK:輪島市の火災 ほぼ消し止められる 200棟が焼けたか,https://www3.nhk.or.jp/lnews/kanazawa/20240102/3020017578.html

2)廣井悠:階層ベイズモデルを用いた地震火災の出火件数予測手法とその応用,地域安全学会 論文集,NO.27,pp.303-311,2015.11.

3)廣井悠,岩見達也,髙梨成子,樋本圭佑,北後明彦:2016年熊本地震に伴って発生した地震火災に関する調査,火災学会論文集,Vol.70, No.1, pp.27-33, 2020.

4)輪島市:輪島市人口・世帯数,https://www.city.wajima.ishikawa.jp/docs/2017050900011/

5)アメダス,https://tenki.jp/past/2024/01/01/amedas/4/20/56052.html

6)読売新聞:観光地「輪島朝市」周辺で火災、200棟焼ける…ビル倒壊現場では「死ぬんじゃない」と必死の救助活動,https://news.yahoo.co.jp/articles/cf3ce28f9ec4403856e7cdd6df0d3f70472ab58f

7)廣井悠:関東大震災の被害と現代都市における地震火災リスク,消防研修,Vol.113,消防大学校,2023.09,https://fdmc.fdma.go.jp/investigation/docs/9-23.pdf

東京大学先端科学技術研究センター・教授/都市工学者

東京大学先端科学技術研究センター・教授。1978年10月東京都文京区生まれ。東京大学大学院工学系研究科都市工学専攻・博士課程を2年次に中退、同・特任助教、名古屋大学減災連携研究センター・准教授、東京大学大学院工学系研究科・准教授を経て2021年8月より東京大学大学院工学系研究科・教授。博士(工学)、専門は都市防災、都市計画。平成28年度東京大学卓越研究員、2016-2020 JSTさきがけ研究員(兼任)。受賞に令和5年防災功労者・内閣総理大臣表彰,令和5年文部科学大臣表彰・科学技術賞,平成24年度文部科学大臣表彰・若手科学者賞、東京大学工学部Best Teaching Awardなど

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