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令和元年台風15号の襲来に伴う鉄道の計画運休が示唆すること

廣井悠東京大学先端科学技術研究センター・教授/都市工学者
(写真:アフロ)

令和元年台風15号と計画運休

 2019年9月に首都圏を襲った令和元年台風15号は,9日の午前3時に三浦半島を通過し,5時に千葉市付近に上陸するなど,深夜にかけて関東地方に記録的な暴風をもたらしました.特にこの時の最大瞬間風速は千葉県千葉市で57.5メートルなど観測史上1位を記録し,また雨量も横浜市で72.0ミリや東京都江戸川区で72.0ミリ(ともに1時間雨量)と,非常に激しい雨が降っています(参考文献1,参考文献2).さらには朝になっても,公共交通機関などの運休が大量の通勤者の足を止める,千葉では大規模な停電が続くなど,その社会的な影響は台風が通過しても続きました.

 今回の台風襲来時,鉄道事業者各社は8日に計画運休を発表したところもあり,例えばJR東日本は9日始発から午前8時頃まで運転を見合わせるとアナウンスしていました.路線上の倒木などで運転再開が午前10時頃まで延期されたこともあってか,大規模な駅などでは利用者が集中し,入場規制がかかる,何キロにも及ぶ行列が発生するなどの現象が見られたようです.私は徒歩通勤なのですが,私の研究室の秘書さんも出勤時に駅までいったものの,あまりにも多くの人が押し寄せていて,諦めて一度自宅に戻ったようです.

 近畿圏ではよく行われている印象の強いこの計画運休,実は昨年の9月にも首都圏で行われており,この時も鉄道事業者による周知がうまくいかず,多少の混乱が起きたようです.今年の7月に国土交通省はこれを教訓とし,鉄道の計画運休のあり方に関して取りまとめを発表しており(参考文献3),ここでは利用者への情報提供や振替輸送のあり方,自治体への情報提供とともに,「48時間以内に計画運休の可能性を示し,24時間以内に詳細な運休計画を明らかにする」といった情報提供タイムラインを示しています.今回の台風襲来時はおおむねこのような教訓を経て,計画運休の決定やアナウンスに至ったものと推察されますが,今回いくつかの駅に多くの人が集中したこともあり,周知のタイミング,情報提供手段の多様性,復旧タイミングの各社調整などについて,この事例を踏まえた適切な検討が今後もなされるのではないかと思います.

計画運休・3つの効果

 さてこのような計画運休ですが,そもそもどのような効果があるのでしょうか.現在のところ筆者は,下記に示す3つの効果が計画運休についてはあるのではないかと考えています.

 ひとつめは計画運休の一義的な目的と考えられますが,「利用客の安全確保」という効果です.風や雨が強くなると鉄道は途中で運行できなくなることも考えられますし,突然鉄道が止まると駅などに多くの人が足止めされてしまいます.このような,危険な箇所に利用客が取り残されるという状況を避けるために,計画運休を行うというのが最もシンプルなメリットとなります.

 またもうひとつの効果として,「都市の外出者そのものの総量を減らす」というものが考えられます.計画運休が決まれば,それに応じてスケジュールを変更する,不要不急の外出を控える,などを行う人もいるでしょう.一番効果が大きいと思われるのが会社や学校の意思決定です.計画運休が行われるとこれらが休みになることも多く,結果として外出者そのものが著しく減少するものと考えられます.前述した国土交通省の「48時間以内に計画運休の可能性を示す」というステップは,このようなスケジュール変更などを早めに促すという目的があるものと考えられます.今回はともかく,平日の日中にこのような計画運休がなされた場合は,屋外にいた人が飛んできた看板に当たる,地理条件がよくわからない場所で災害に出会う,などのリスクをそれなりに低減できるものと考えられます.

 さらに,これは個人的な仮説ではありますが,計画運休によって「社会の危機意識が高まる」という効果もあるのではないかと思います.つまり計画運休を発表することで多くの人が非日常であることを意識し,避難場所を確認する,持ち出し袋を確認するなど避難の準備行動や危機回避行動を促すメッセージとなる可能性があります.今回の台風15号では,気象庁が「夜には一気に世界が変わり,猛烈な風,雨になる」「今晴れているということで安心している人も多いかもしれないが,接近とともに世界が変わる」という非常に強いメッセージで呼びかけましたが,どれほどの人がこのメッセージで非日常を意識したでしょうか.何らかの行動変容を起こしたでしょうか.また,そもそもどれだけの人がこのようなメッセージを聞いたのでしょうか.これは今後の調査などで調べてみないとちょっとわかりませんが,通勤者や若い人にとっては計画運休のアナウンスのほうが,認知度は高く,台風をわが事として捉え,もしかしたら避難や災害対策に関連する何らかの行動を行った人もいたかもしれません.このようなメリットを持つと思われる計画運休ですが,先述のように計画運休の発表が学校や会社の意思決定に大きな影響を与える以上,計画運休を発表するということは,都市の機能を止めるということに直結します.ですから今後検証を計るときは,「鉄道が復旧するかしないか」といった視点のみならず,都市機能を止めるか止めないか,といった幅広い視点でも検討いただきたいと思っています.

似たような事例はこれまでにもあった

 さて先述のように今回の台風襲来時は,午前8時に予定されていた運転再開時刻が,倒木などにより午前10時頃までずれ込み,多くの通勤者が駅に殺到し,入場規制が行われるまでに至りました.自然災害は多分に不確実性が伴う現象ですので,こういったことはある程度仕方のないことだと筆者は思っています.これは復旧見込みの時刻に限った話ではありません.そもそも計画運休は災害の条件にもよるため,迅速で確実できめ細かい判断は一般に難しいものと考えられます.なので発表のタイミングが悪かったり,調整がうまくいかなかったり,伝え方が適切でないと,一部の駅に殺到するというような人たちが出てしまうかもしれませんが,風水害時の計画運休は真夏や真冬を除けば人の死に繋がる可能性も少ないと考えられます.したがって空振りなどを恐れずに事前に運休を計画的に決めることは,外部空間に出る人の総量を減らすという意味でも,効果が高いと考えられます.とするとやはり,計画運休の精度向上や鉄道事業者間での綿密な調整だけでは,改善にも限界があるのではないでしょうか.先ほど計画運休は都市の機能を止めるものと言及しましたが,やはり計画運休を受け止めるわれわれの意識と行動を変えること,たとえばこの時刻には復旧するだろうと見込みで動いてしまったり,無理して復旧直後に多くの人が出勤してしまったりを控えることも必要なのではないかと考えられます.

 これは会社が果たす役割も大きいでしょう.例えば私は,大阪府北部地震発生後に出勤困難者の社会調査をしたことがありますが,ここでは地震発生時に出勤前であった多くの人が通常通り出勤を選択し,鉄道が運休していたのでそのなかの約半数は通勤手段を変更し,そのまた25%程度が自動車で職場に向かい,結果として救急車の到着に通常の6倍かかるなどの大渋滞が都心で発生しています.しかしながら出勤しなかったことや勤務先が休みになったことで仕事や業務に支障が出た人はわずか7%程度であり,大規模地震発生時に仕事を遅らせる,休みにするという対応が問題になるケースは少なかったことなどが分かっています.つまり大阪府北部地震では,やや強い地震が発生していて,ろくに仕事にならないような状況の人も多いなか,会社から出勤に関する指示が出ずに,多くの人が車などで無理して出勤をして,救急車の活動を阻害するような渋滞の発生に寄与した,ということが明らかになっています.もちろんこれは,公務員や会社のBCP要員の方々など業種や社内の役割によっても様々ですが,一定数いると思われる出勤が不要な出勤困難者は,出勤せずに避難行動の確認をする,地域内で助け合う,という企業と社会のルールをきちんとつくることが必要と考えられ,この点は地震時も風水害時も違いはないかもしれません.また8年前の東日本大震災時では首都圏で大量の帰宅困難者が発生していますが,3月11日20時くらいに一部の地下鉄が復旧したものの,人が殺到して再度運行停止になってしまっています.これも出勤と帰宅の違いはあれど,同様の事例と言ってよいかもしれません.

今回の計画運休が示唆すること

 今回の台風15号は,亡くなった方もいらっしゃいますが,首都圏のハードというよりもむしろライフライン依存という社会的脆弱性を顕在化させた現象ではないかと筆者は考えています.結論としては,このように計画運休が都市機能を止め,台風などを賢く「やりすごす」手段の一つとして機能している以上,計画運休の精度向上や復旧の迅速化のような鉄道事業者のみの対応ではちょっと無理があることがなんとなく見えてきて,われわれ個人,あるいは会社や学校などによる計画的な対応(鉄道事業者の計画運休に対して計画出勤,のような概念)が何より必要と感じています.その際は,保育園は休みだけど会社は休みにならないといったことのないよう,できるだけ足並みを揃える必要があるでしょう.そして首都圏や近畿圏の人たちは特にそうですが,みんなが思い思いの行動をとるとすぐに容量制約に達してしまうような過密な都市に住んでいるという認識のもとで,南海トラフ臨時情報などの対応もにらんで,計画運休時の時差出勤の推奨や,災害による休業の基準を各社統一する,社会として都市機能や活動をどう止めるか考える,中長期的には在宅ワークの推進など,災害時の出勤・帰宅や計画運休に関する我々の認識や受け止め方を再検討・共有すべきかもしれません.さらにいえば,「災害時は平時の歪みを顕在化させる」とよく言われますが,災害時こそ「無理しないこと」,「譲り合うこと」が重要ですし,これを契機にして平時の働き方や大都市における職住分布のあり方をもう一度見つめなおすチャンスとも言えるかもしれません.

 いずれにせよ,先ほどお示ししたような効果を持つと考えられる計画運休がアナウンスされた場合は,まずはその設計思想どおりに,会社や学校を休みにする(地震時を想定すると事前にルールを共有しておくとよい),スケジュールなどの調整を図るなどとともに,それほどの規模の台風が来るんだと認識し,避難場所を確認するなど災害対応行動をしはじめるきっかけにしていただきたいと思っています.ただし「計画運休のアナウンスがないから安全」というわけではありませんので,この点は誤解のないようにお願いします.

参考文献1:台風15号まとめ首都圏で記録的な暴風雨(https://tenki.jp/forecaster/deskpart/2019/09/09/5893.html)

参考文献2:台風15号観測史上1位の最大瞬間風速も 引き続き警戒(https://www3.nhk.or.jp/news/html/20190909/k10012071241000.html)

参考文献3:国土交通省(https://www.mlit.go.jp/report/press/tetsudo02_hh_000111.html)

参考文献4:定着する計画運休、検証必要 周知遅れや復旧タイミング(https://www.sankei.com/life/news/190909/lif1909090015-n1.html)

※本稿は,被害情報や鉄道・停電の復旧状況などに応じて,今後加筆修正する可能性がありますことをおことわりいたします.

東京大学先端科学技術研究センター・教授/都市工学者

東京大学先端科学技術研究センター・教授。1978年10月東京都文京区生まれ。東京大学大学院工学系研究科都市工学専攻・博士課程を2年次に中退、同・特任助教、名古屋大学減災連携研究センター・准教授、東京大学大学院工学系研究科・准教授を経て2021年8月より東京大学大学院工学系研究科・教授。博士(工学)、専門は都市防災、都市計画。平成28年度東京大学卓越研究員、2016-2020 JSTさきがけ研究員(兼任)。受賞に令和5年防災功労者・内閣総理大臣表彰,令和5年文部科学大臣表彰・科学技術賞,平成24年度文部科学大臣表彰・若手科学者賞、東京大学工学部Best Teaching Awardなど

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