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無利子無担保の10万円融資では、フリーランス・自営業者の悲鳴が鳴り止まない理由

平田麻莉プロフェッショナル&パラレルキャリア・フリーランス協会 代表
フィットネスインストラクターやピアニストは収入がゼロに。仕事再開の目途も立たない(写真:アフロ)

「一か月分の収入がゼロに…」

フリーランスの悲鳴が話題だ。新型コロナウイルス感染拡大に伴う影響や政府への要望について、フリーランス協会が3月3日にSNSで緊急コメント募集を行うと150件以上の悲鳴が寄せられた。コメント募集期間を過ぎた今でも、開いたままの回答フォームから悲鳴が止まない。

2月26日のイベント自粛、2月27日の全国一斉休校、3月1日のフィットネスクラブ・ライブハウス等の運営自粛という、3つの首相要請により、最短2週間、場合によってはまるまる一ヶ月かそれ以上の仕事が、跡形もなく消えてしまった人たちが少なくない。

俳優やアーティスト、イベント関係者(アナウンサー、通訳等を含む)、研修講師、幼児教室や習い事の講師といった職種は、個人事業主が多数を占める。イベントや研修、撮影等の中止や公共施設の閉鎖が相次ぐ中で、「仕事依頼案件が全てキャンセルでゼロ収入」(映像音響オペレーター)、「いつ仕事が再開できるのか不安」(スポーツインストラクター)といった声が寄せられた。卒業・入学シーズンに直撃したことで、本来は繁忙期であるはずのフォトグラファーやフラワーコーディネーターも年収が激減。「正直不安で夜も眠れません」という言葉が切実だ。

シングルファーザーで小学生を抱えるため休業を余儀なくされている」(エンジニア)、「一斉休校のため入っていた仕事を断ったり、オンラインに変更(価格が安くなった)」(着付師)と休校の余波もある。主婦たちの客足が遠のいている美容室やエステも、実は雇用ではなく歩合制の業務委託契約が多い。

自己責任、なのか?

もちろん首相要請を受けて悲鳴をあげているのは、フリーランスだけではない。観光業界、飲食業界、興行業界では、多くの中小零細企業が明日の生活に不安を抱えているし、休校により休業を余儀なくされる保護者も多い。

そこで政府は、一斉休校に伴う休業補償、事業活動縮小を支える雇用調整助成金の特例措置拡大企業主導型ベビーシッター利用者支援事業の利用枠引上げと非課税所得化など、次々と救済措置を打ち出した。しかし、いずれも企業とその従業員を支援する施策で、個人事業主は救えない。

フリーランスを推進してきたのは政府なのに梯子外しで酷いという論調があるが、私はそうは思わない。人手不足の現在、働き口はこだわらなければいくらでもある。フリーランスは毎日が意思決定の連続で、自分で自分のキャリア(轍)を築く手綱を持たなければならない。国や他人がなんと言おうと、フリーランスになるかならないか、決めたのは自分。そこを他人のせいにしたくはない。

それに、フリーランスが安定収入を得られるかは自分次第。顧客や発注主の期待に応えなければ次の仕事はない。常にビジネスリスクを伴う、シビアな働き方だ。

しかし、今回は自身の意思や仕事ぶりとは関係なく、感染拡大防止のための「政治判断」とされる首相要請に対し、多くの人が応えざるを得なかった。もはやビジネスリスクを超えた不可抗力で仕事を断たれた状況を、自己責任と非難するのはいささか乱暴ではないか。

特に休校による休業補償やベビーシッター助成は、政治判断により働けなくなった人を、政治判断で救うという措置だ。その対象が会社員だけということに不公平感を感じたフリーランスは多いだろう。

さらに悲惨なことがある。仕事が発注者都合でキャンセルになった場合、民法上は、報酬や実費の請求権(債権)を失わない。報酬の一部や、持ち出し済みの立替実費だけでも受け取る交渉も可能だろう。しかし、首相要請のような不可抗力によって業務が実施できない状況は、民法536条1項により債権は失われ、発注者の厚意に委ねるしかない。

現行制度の延長では救えない、政治判断を

もちろん政府もフリーランスを見捨てているわけではない。関係省庁の職員たちは不眠不休で支援策を検討しており、私のところへも様々な相談や連絡が入る。

経済産業省や中小企業庁は日本政策金融公庫と連携して、2月14日に経営相談窓口を開設し、資金繰り支援を始めている(詳細はこちら)。3月7日に発表された個人事業主を含む中小・小規模事業者支援のための無利子・無担保融資は、行政レベルで検討できた精一杯の策だろう。担当者の皆様には感謝したい。

最大10万円という報道があるが、会社員の休業補償の12日分。休校要請が10営業日なので、休校由来の所得補てんと考えれば、会社員と比較して悪い金額ではない。しかし、休校以外にも諸々の自粛要請でまるまる1ヶ月以上の休業に追い込まれている自営業者も多い。そう考えると10万円では到底足りない。

3月3日の内閣官房長官会見では、休校による休業補償に関する記者の質問に対し、「フリーランスや自営業者にも措置を講じる」方針が示された。この発言を受けて、フリーランスの間でも給付型の救済措置に関する期待が高まってしまっていたため、本来は有り難いはずの無利子・無担保融資にも、「期待外れ」という反応がSNSで散見される。

このままでは、各種要請で打撃を受けたフリーランスの経済的困窮や自己破産が相次ぎ、せっかくここまで政府がフリーランスの保護と支援の環境整備を続けてきたにもかかわらず、政治不信がリカバーし難いものになるのではないかと懸念される。

しかし、行政の立場では、現行法令や前例に倣う形でしか策を講じることはできない。細かい理由はブログに書いたが、自営業であるフリーランスに「休業」や「補償」の概念はなく、補償対象となる仕事や報酬額の証明も難しいため、既存の枠組みの延長ではどうこねくり回しても、給付型の救済措置を理屈付けるのは難しいだろう

政治判断によって仕事と収入を失った人たちは、政治判断でしか救えない。

政府要請の影響で仕事ができないフリーランスにも救済措置を

そこで、フリーランス協会では、3月9日、安倍首相と菅内閣官房長官に宛てた声明と緊急要請を発表した。Change.orgで署名も募集中なので、賛同いただける方はぜひワンクリックをお願いしたい。

具体的には、「無利子・無担保融資の上限金額引き上げ」、「広範なイベント自粛要請の速やかな終了と自粛継続の必要性のある大規模イベントの詳細定義」、「労働者に近い働き方をしており、休校等に伴い休業せざるを得ない者に対する給付型支援」、「企業主導型ベビーシッター利用者支援事業のベビーシッター割引券の一時的利用」、「自粛要請により不可抗力的に仕事が減少または消失した業界業種の個人事業主に対する給付型支援」などを盛り込んだ。

本当は、フリーランスが被っている支出済み経費の損害について、証明可能な限り発注主が支払うようにできないものかとも思うのだが、発注主も困っているケースが多い。会社員の休業補償は休校由来だけなので、フリーランスにも公平な措置を講ずるとしても、イベント自粛による損害を政府が補填するのは正直難しいと感じる。無利子・無担保融資の上限金額を引き上げることで、発注主がそれを活用してフリーランスにキャンセル補償や経費精算できるようにするのが現実的だろう。

感染拡大防止が最優先という強い意志と覚悟を持って、トップダウンで政治判断を行った首相の「私が決断した以上、私の責任において、様々な課題に万全の対応を採る決意であります」という言葉を信じ、一つここは、首相官邸に政治判断をお願いしたい。

それでも自分の身は自分でしか守れない

また、短期的な救済措置に加えて、中長期ではフリーランスも安心して働ける環境整備が必要だ。今回、政府要請により仕事を失ったフリーランスへの給付型支援が即決できない背景に、契約ルールが未整備で口約束が横行するため、契約や見込み収入が証明できないことがある。ビジネスリスクを支えるセーフティネットも、本来働き方に中立であってもよさそうなものだが、雇用保険は会社員限定のセーフティネットだ。

休校や不要不急の外出控えにより特需に沸くフードデリバリーやベビーシッター業界を支える「ギグワーカー」も、今こそ書き入れ時とばかりに感染症リスクに身を晒して働いてくれているが、万が一ウイルスに罹患したら、傷病手当金も労災保険も出ない。休業という概念も無いので、即日収入ゼロになる。一番セーフティネットに乏しい人たちが感染リスクに身を晒しているのだ。

一言で言えば、これまで我々が訴えてきたフリーランスの課題が、新型コロナウイルス感染拡大に伴い、一気に顕在化したとも言える。多様な働き方の推進を阻むこうした課題は、政府も認識しているので、引き続き一歩一歩議論を続け、環境整備に努めていただきたい。

一方で、政府に期待するだけではなく、結局は一人ひとりが自分の身を自分で守るしかない側面もある。今回は世界レベルで広範に経済的被害が生じているので、このまま不況に突入することは確実だ。フリーランスだけではなく、経営者も会社員も厳しい。救済措置だけではなく「アフターコロナ」の需要拡大施策も必要だが、大規模な財政出動に耐えうる体力が危ぶまれる日本は、経済破綻する可能性も否めない。

変動費である業務委託の仕事は短期的には減り、中長期的には増える(正規雇用から切り替えが進む)だろう。副業はともかく、独立系フリーランスが"割に合う"報酬をもらいながら生き残れるかどうかは、ますますシビアになる。

こうした危機は定期的に起こる。正論と言われるかもしれないが、収入源をリスク分散しておくこと、保険など共助の仕組みを利用すること、そして何より、日頃から自己投資してスキルアップに励み、不況でも持ち堪える人材を目指すことが、個人ができる何よりのリスクヘッジとなる。

今回の騒動をきっかけに、企業におけるリモートワークがかなり進んだ。場所や時間にとらわれない働き方を希望するだけであれば、景気が回復し、フリーランスの環境整備が整うまでは、会社員に戻るのも一案かもしれない。

プロフェッショナル&パラレルキャリア・フリーランス協会 代表

慶應義塾大学在学中にPR会社ビルコムの創業期に参画。Fortune 500企業からベンチャーまで、国内外50社以上において広報の戦略・企画・実働を担い、戦略的PR手法の体系化に尽力。ノースウェスタン大学ケロッグ経営大学院への交換留学を経て、2011年に慶應義塾大学ビジネススクール修了。現在はフリーランスで広報や出版、ケースメソッド教材制作を行う傍ら、プロボノの社会活動として、2017年1月にプロフェッショナル&パラレルキャリア・フリーランス協会設立。 フリーランス向け福利厚生の提供などを行い、 新しい働き方のムーブメントづくりと環境整備に情熱を注ぐ。政府検討会委員、有識者としての経験多数。

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