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サッカーでいう「視野が広い」というのはどういう事か?

平松類眼科医
(写真:ロイター/アフロ)

 W杯が開催され、サッカーを見て眠い人もいるかもしれません。サッカーの解説の中で「この選手は視野が広い」というように言われます。この視野が広いというのはどういう事なのか眼科医が解説します。

〇医学的な視野は変わらない

 ではサッカー選手は視野が広いのでしょうか?人間が訓練したからといって医学的視野は広がるものではありません。医学的視野とは片目を閉じてもう片方を開ける。目を動かさずに見える範囲の事を言います。視野というのは耳側が広く、鼻側が狭いです。これは単純に鼻が邪魔をして鼻側の視野が狭くなる事と、眼球の向きの影響でそうなっています。このように目の能力というよりは目と目の周りの組織による構造的な問題なので、多少の個人差があるものの、訓練で広がるというものではないのです。医学的な視野はかわらないのになぜ視野が広いと言われるのでしょうか?

〇プロサッカー選手はこの能力が高い

 プロのサッカー選手は目の網膜という所の能力が高いという研究があります*。つまり多少は視機能が高い可能性はあるものの、上記のように視野が広がるわけではない。一方医学的な意味の視野ではなく一般では視野の意味が違います。一般に言う視野はもっと広い意味で使われています。人によって定義が違うもののおおむね「両目であけてみた時、物の認識を広い範囲で行える」という事を意味します。有効視野と言われるものと近いものがあります。医学的な視野というのは片目でただ光っているかどうかがわかる範囲です。有効視野は両目でものの判別がある程度できる範囲を言います。

 有効視野で説明すると一般のイメージに近いのではないでしょうか?有効視野は年齢によって狭くなります。若い時は広い、年を取ると狭くなる。よくいう年を取ると視野が狭くなるというのはこのことです。緊張状態になると狭くなり、リラックスすると広くなります。緊張すると「視野が狭くなる」という一般的な考え方に近いです。考える事や見なければいけない事象が増えると狭くなります。ちなみにこの有効視野は認知機能検査よりも交通事故の確率ともよく相関しているといわれます。つまりスポーツだけではなく一般生活において重要で実践的な指標です。

 ではこの有効視野が広い人はどういう特徴があり、実際にどう役立つのでしょうか?

〇 サッカー選手は周辺への反応が高い

 日本での研究でも、サッカー選手はそうでない人と比較して周辺で行った事への反応速度が速いという事がわかっています**。ではすべてに対してそうなのか?というとそれは疑問です。知覚情報の処理というのは処理をすればするほど集中せざるを得ないので有効視野が狭くなります。では有効視野を狭くせずに知覚処理を行うにはどうすればいいのか?これはパターン認識となります。

 例えばチェスの選手は、チェスのある盤面を覚えるのは一般人と比較して非常に能力が高い。一方で、ばらばらに並べられたチェスの盤面だと、一般人と大きな記憶力に差が少ないという事がわかっています。

 同じようにサッカーでも人の動きや体の動かし方をパターンとして認識すると人の動きをとらえるのに使う脳の容量が少なくなると考えられます。ですから優れた選手ほど多くの人の動きや状況を理解することで考えなくても全体の流れが理解できるかのように人の動きがわかるようになるという事です。そのためには経験が必要になります。

 一方で経験がなくてもある程度知覚のトレーニングをすることによってその能力が向上することがわかっています***。トレーニングを行う事でただ知覚できるだけではなくて反応速度が向上するのです。

 では視力などは影響するのでしょうか?

〇視力が影響する可能性は低い

 サッカー選手の研究ではありませんが、サッカーの審判の研究では視覚機能での差はあまりなかったというように言われています****。とはいえ、極端に視力が悪い人や視野が悪い人が審判をしているわけではないので、一般にいう視力が0.9なのか1.0なのか1.2なのかという範囲であれば大きな差がなさそうです。

 有効視野の研究である交通事故の研究でも有効視野が狭い人は交通事故を起こしやすい反面、多少の視力低下をしても事故率には大きな差がないという研究もあります。実際に患者さんをみていても多少の視力低下や視野欠損で大きくスポーツや運転などに支障がでた、パフォーマンスが落ちたという人は少ないです。1.0が0.9になってもサッカーのボールは見えるしテニスのボールも視認できます。視野が多少かけてもそもそも両目で見ているし、脳の補正もあるので欠損にさえ気づきません。ですから病的に視力や視野が低下しない限りはそれほど一般には気にする必要はないかと思います。

 スポーツと視野の関係にはまだまだ研究途上の内容です。今回の内容は現時点での1つの考え方と思っていただければと思います。今後も発展していく中で医学が普段のスポーツのパフォーマンスを向上させる役に立てればと思います。

*Int J Sports Med. 2016 Apr;37(4):282-7

**Percept Mot Skills. 2001 Jun;92(3 Pt 1):786-94

***Front Psychol. 2020 Aug 7;11:1948

****Optom Vis Sci. 2021 Jul 1;98(7):789-801

眼科医

医師・医学博士・眼科専門医・昭和大学兼任講師。海外および全国(北海道から沖縄まで)から患者さんが集まっている。登録者6万人以上のYouTube「眼科医平松類チャンネル」にて日々目の健康情報を発信。日経Goodayなどに連載。テレビ・ラジオ・新聞・雑誌等メディアにても情報発信をおこなっている。著書に「1日3分見るだけでぐんぐん目が良くなる!ガボール・アイ」「緑内障の最新治療」など多数あり、累計50万部以上。

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