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小1の壁 ~「日本に異動したくない」ワーキングマザーの声~

平岩国泰放課後NPOアフタースクール代表理事
(写真:アフロ)

新学期が始まり、新1年生たちも小学校に通い始めました。保育園の待機児童が社会問題化して久しいですが、一進一退ながら少しずつ対策が効果をあげているように感じます。一方で、小学生が学童保育に入れない「小1の壁」問題への悲鳴は年々増してきています。日本の「小1の壁」について、海外の日系企業で働くワーキングマザーへのインタビューをしました。

「小1の壁とは」

子どもが小学生になり、子育てと仕事の両立が困難になる社会課題。学童保育に入れない、学童保育になじめない、など主に放課後の過ごし方に起因する。また子どもの環境が大きく変化し、子どもも保護者も悩みが複雑になる。特に4月は小学校の行事も平日に多く入り、ただでさえ忙しい新年度に保護者の仕事への負担は大幅に増大する。

4月は「小1の壁」を最も感じる季節かもしれません。私たちのところにもたくさんの悲鳴が聞こえます。そんな折、現在はマレーシアに住むワーキングマザーにインタビューができました。彼女は現地でこのように上司に訴えていました。

「ボス、日本にだけは異動したくないです!!」

彼女は元々マレーシア出身で、日本の大学に留学。大学卒業後、新卒で現在勤める日本企業に就職をしました。日本で4年間勤務し、現在はマレーシア支社に赴任して2年目です。2人のお子さんがいらっしゃいますが、お1人目を日本で出産し、長男が小学1年生までは日本で暮らしていました。仕事をしながら「小1の壁」に当たり、日本へ戻ることはもう考えられないそうです。海外から見た日本の「小1の壁」について聞いてみました。

Q:「日本ではAさんはどのような子育てをしましたか?」

Aさん「長男が保育園の時、保育時間は18時15分まで、延長で19時15分まで預けられました。通常勤務の場合、毎日の仕事をきっちり18時までに切り上げないと、お迎えに間に合わないような日々でした。1分でも遅れれば保育園からは電話が入り、お迎えを催促されます。朝もお見送りの後、仕事に遅れてはいけないと、毎日毎日が時間との戦いでした。

また、長男は頻繁に風邪をひいていました。熱が出ると呼び出しコールをいただくことになります。『熱だけは出さないで…』とよく長男に言い聞かせました。

一時期ですが、もう少し遅くまで預かってもらえる私立保育園に入園したことがあります。毎月の保育代が一気に10万円以上値上がりました。長男だけだったから、何とかしましたが、当時すでに下の子がいたら、おそらく仕事をやめざるを得なかったでしょう。」

Q:「お子さんが小学校にあがるとどう変わりましたか?」

Aさん「小学校に上がったら少し楽になるかと思ったらもっと大変でした。小学校に入ってからはもちろん放課後の学童保育を利用するしかありませんでした。集団登下校なので、お迎えの心配はなくなりましたが、学童は18時までだったので、私が仕事から帰ってくるまで家に一人で待ってもらいました。子どもにとってもかなりのストレスになっていた時期もあり、カウンセリングに行くべきかでかなり悩みました。」

「子どもだけでなく、私も大変になりました。保育園は園への送り迎えがありましたが、幸いなことに平日の行事はほとんどありません。その一方、小学校では保護者会・授業参観日など平日の行事が多々あり、そのために仕事を途中で抜けないといけない、休まないといけないこともありました。思い返すと、ここの部分が私にとって一番のストレスポイントでした。

「今は子どもが2人いるので、もう日本で子育てと仕事が両立できるとは思えません。なのでボスに『日本にだけは異動したくないです!!』とお願いしています。」

Q「マレーシアで子育てがしやすい一番のポイントは何でしょうか?」

Aさん:「マレーシアでは住み込みメイドさんを雇うことがごく普通でして、家事や子育て全般をやってくれます。信頼できるメイドさんさえいてくれれば、安心して働けるのです。またベビーシッターサービスも充実していますし、近所の方に頼むこともできるし、生活レベルに合わせて必ず何かしら選択肢があり、子育てを手伝ってもらえる手段がとにかく豊富なのです。」

Q「マレーシアの子育てで苦労されることはないでしょうか?」

Aさん:「子育ての面では特に思い当たることがありませんが、教育の面については、日本の方が断然良いと感じています。マレーシアの保育園ではいかに早く読み書きができるようになるかを重点にしていますが、日本では片付け、身の回りのことが自分でできるようになる練習、言わば<人としての基礎教育>を教えてくれるところに魅力を感じます。」

Q「日本での子育てを振り返って感じることはありますか?」

Aさん「日本だと社会的な観念として、子育ては母親がやるものだという考え方が根強く残っています。授業参観日、保護者会議に出席するのは95%以上母親、緊急連絡先もなぜか必ず母親、子育てを手伝ってくれる父親にイクメンと愛称までつけてくれますね。『当たり前のことをやっているだけなのにね』といつも夫と話しています。私は幸い会社が子育てに対して非常に理解があったのでなんとか両立できていたと思います。日本の子育て環境は厳しく、家族も社会ももっとみんなで子育てをしなければいけないと思います。」

Aさんのお話は、日本の「小1の壁」の高さを強く感じさせるものでした。保育園から小学校に上がると予想外に大変だったという声が多いのです。Aさんのように子育て環境を理由に海外を選ぶ方もきっと他にもいらっしゃるでしょう。

日本企業の競争力の面では優秀な人材が子育て環境を理由に日本に入らないことは非常に由々しき事態です。

今年も「小1の壁」に苦しむ声が各地から聞こえます。いつかこの言葉がなくなるように私たちも頑張ります。

放課後NPOアフタースクール代表理事

放課後NPOアフタースクール代表理事。1974年東京都生まれ。1996年慶應義塾大学経済学部卒業。株式会社丸井入社、人事、経営企画、海外事業など担当。2004年長女の誕生をきっかけに、“放課後NPOアフタースクール”の活動開始。グッドデザイン賞4回、他各種受賞。2011年会社を退職、教育の道に専念。子どもたちの「自己肯定感」を育み、保護者の「小1の壁」の解決を目指す。2013年~文部科学省中央教育審議会専門委員。2017年~渋谷区教育委員。2019年~新渡戸文化学園理事長。著書:子どもの「やってみたい」をぐいぐい引き出す! 「自己肯定感」育成入門(2019年発刊)

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