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小1の壁〜史上最悪だったかもしれない2017年4月〜

平岩国泰放課後NPOアフタースクール代表理事
(写真:アフロ)

「小1の壁」という言葉をご存知でしょうか。

新しい春になり、子どもたちが無事に進学・進級をしたご家庭も多いかと思います。子どもの小学校進学に立ちはだかるのが「小1の壁」です。この1カ月苦労したご家庭も多かったことかと思います。そして今年の4月は例年にない状況がさらに「小1の壁」に拍車をかけていたのです。小1の壁の背景と、多くの保護者の疲れ切った顔を見たこの1カ月のことを書きたいと思います。振り返ると、2017年4月は史上最悪の「小1の壁」だった月だったかもしれないと感じます。

○「小1の壁」とは何か?

「小1の壁」これは文字通り、子どもが小学校に入ったことで子育てと仕事の両立に壁が立ちはだかることを指しています。4月になって以降多くのお母様から「小1の壁、噂通り本当に大変。。」「噂以上でした、本当に疲れた。。」という声を耳にしました。

子どもが小学生になると、一番大きく変化するのが「子どもだけの時間」が出来ることです。保育園や幼稚園の時代は、保護者が園まで送迎に行くことがほとんどでしたが、小学生になると子どもだけで登下校をするようになります。最初の数日は登下校訓練などがある場合もありますが、すぐに子どもだけで登下校するようになります。「日本の小学生は子どもだけで登下校する」という話をすると海外で驚かれることがあります。海外の小学校は保護者の送り迎えが義務であることが少なくありません。危険が伴うからです。日本では今年の4月、松戸市で小学3年生の女児が襲われる大変残念な事件の容疑者逮捕の報道が流れました。容疑者が学校関係者であり、登下校の見守りをしていた人物であることがショックに拍車をかけました。事件が起きた千葉県ではかねてから千葉県警が子どもの事件の発生時間帯を公開していました。

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このグラフを見ると事件が多いのはまずは午前7時代です。今回の松戸の事件が起きたのはこの時間帯だと言われています。子どもたちの登校時です。そしてもう1つ突出しているのが14時-17時代の時間帯、子どもたちの下校時であります。この時間帯だけで事件全体の66%を占めています。この時間帯は言いかえると「放課後」であります。放課後は子どもの事件の観点から見ると「魔の時間帯」なのです。今回の事件を受けて「日本でも小学生は保護者の送迎が必要なのではないか」という意見も聞きました。この種の子どもが襲われる事件が毎年必ず起きている現状をふまえるとあながちあり得ないことには思えなくなってきました。今回松戸の事件が4月に報道されたことで、震えあがった1年生の保護者は本当に多かったことだと思います。

○学童保育のこと

小学生の放課後の不安、これを支えるのは「学童保育」になります。学童保育は共働き世帯を対象にした学校終了後の子どもたちを預かる施設です。ところが昨今この学童保育が足りなくなっています。統計によると共働き世帯が急増し、学童保育の利用者は100万人を超えました。この20年間で4倍以上に拡大した状況です。学童保育の数も増え、全国で2万7千ヶ所以上となり、小学校の数を上回っていますが、利用者増のペースに追い付かず、学童保育でも申し込んだが入れない待機児童が発生しています。この待機児童の数は年々増え、現在は1万5千人以上になってきています。あれだけ騒ぎになる保育園の待機児童が2万4千人前後で推移していますので、学童保育の待機児童は数だけ見ると保育園と肩を並べる勢いです。そんなところから学童保育の待機児童は「もう1つの待機児童問題」と呼ばれ、保育園を増やせば増やすほど、学童保育の利用者も今後も増え続けますので、「いずれ保育園の待機児童を追い越すのでは」という声もあるほどです。

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保育園同様に、学童保育の待機児童にもなかなか数字に表れない部分があります。例えば東京都では臨海エリアと呼ばれるオリンピックが開催されるあたりの地域では、タワーマンションが次々に建っています。「職住近接で共働き」が昨今のご夫婦の中心的な価値観ですので、ファミリー層が数多く入居し、学童保育利用者も急増します。そのようなエリアでは「学童保育に入れますが小学1年生の間だけです」なんてことがよくあります。つまり小学2年生になると出ないといけないわけです。このような子どもたちは待機児童には数えられませんが、これでは保護者の支えになりきれないわけです。学童保育は2015年4月に法改正されて、従来の小学3年生までから小学6年生までに対象が拡大されました。しかしながら一定の学年になると学童保育を出てもらわなければならない状況もいまだ多くあり、これらは「学童保育の肩叩き問題」と呼ばれます。主に小学3年生で肩たたきになることも多いので「小4の壁」という言葉もあります。

学童保育が無事にあっても「小1の壁」になるケースがあります。それは預けられる時間に原因があります。全国学童保育連絡協議会のデータによると、約半数の学童保育は18時までに終了します。終了時間の平均は18時20分です。これが保育園の預かり時間と比べると短いため、保護者は困ってしまうわけです。昨今の時代背景により、学童保育の終了時間も徐々に延長されてきていますが、保育園に比べるとやはり全体的に短いのです。

さらに保護者の側も「短時間勤務制度」が終了する場合があります。そもそも「短時間勤務」が法律上義務としてうたわれているのは3歳までですし、大手企業を除けばいまだ多くの企業が「短時間勤務は子どもが小学生に入るまで」となっています。18時までにお迎えに行くには短時間勤務でないと難しい状況かと思いますが、親の側も子どもが小学生になると職場に変化があり、両立には壁が立ちはだかります。

さらに学童保育に子どもが馴染めないケースもあります。保育園の時代は、ひとたび園に預ければ、1日中そこで過ごすことが出来るわけですが、子どもも小学生になると色々な活動がしたくなってきます。また習い事やスポーツなど子どもたちの過ごし方も多様になってきますので、毎日同じ学童保育にずっといることへの不満が出て来るケースもあります。そこで「学童に行きたくない」なんて子どもが言いだすと保護者はさらに頭を痛めるわけです。昨今の子どもたちはたくさんの習い事をする子も増えています。「我が子もさせたい」と考えると大変です。どのように習い事まで行くか、終わったらどうするか、などを考えるととても対応できません。色々と悩んで「習い事の送迎」が最後のトリガーになり、結果お仕事を諦めていく方を私は数多く見てきました。

そして今年の4月はこの状況に加えて、北朝鮮情勢の不安がありました。小学校からは保護者あてに「弾道ミサイル落下時の行動について」というお便りが配られておりました。そのようなお便りを受け取ってしまうと、我が子をどのように守れるか本当に不安が募ります。まだ北朝鮮情勢は不安定な状況が続いていますが、この4月は保護者も相当肝を冷やしました。

○学校生活のこと

4月になり、子どもたちも生活の変化により体調を崩すケースもあります。まだまだ小さい彼らの心と体にはあまりにも大きな変化がいっぺんに訪れていると言えます。今年の4月はさらに頭を痛めたのが「インフルエンザ」の長期化です。4月の最終週に「春なのにインフルエンザ」というニュースが報道されていました。今年はインフルエンザが相当に長期間にわたっており、4月の下旬になってまた流行の波がきて「学級閉鎖が前週の倍になった」などという報道がされていました。子どもがインフルエンザになってしまったご家庭は本当に大変で1週間ほど子どもが休むことになります。また親や兄弟たちも病気にかかってしまう懸念があります。また学童保育は「学級閉鎖になったクラスの子は病気でない子も含めて全員預かれない」というルールが多いです。ましてや学校の始まった期間では学童保育は放課後だけしか開いてませんので、学級閉鎖になったクラスの子どもたちは「朝からどこに行けば?」ということになるわけです。早く終息してほしいですが、この状況ももう少し続くと思われます。

4月はさらに、入学式や保護者会などが行われます。それらはほとんどが平日に開催されます。我が子の晴れの場である入学式には当然親は行きたいものです。そして初めての保護者会も開催されますが、これもほとんど平日夕方です。「先生の話も聞きたいし、最初の保護者会は行きたいわ」と多くの保護者が思うでしょう。こうして、年度初めでただでさえ仕事が忙しい時期に平日に何回も休みや早退することになり、保護者が苦しむわけです。

もちろん「小1の壁」は共働き家庭だけではありません。専業主婦のご家庭でも子どもたちの生活に大きな変化が訪れることは変わりがありませんし、また昨今共働き家庭が急増している中で、専業主婦が希少な存在に見られ、PTAや保護者会の活動をひとえに期待されてしまうケースもあります。このような専業主婦家庭と共働き家庭の溝がクラスで起きてしまうことも昨今の課題とされています。

○恵まれすぎていた日本の環境

このような「小1の壁」の問題を見ていると、日本の社会は「小学生になれば子どもだけで過ごせる」という前提で成立していたことがわかります。また専業主婦世帯が多かったり、地域で子どもが遊べたりする大変恵まれた環境の上に成り立っていたことも感じます。昨今その前提が崩れ社会構造は変化していますが、時代が追いついていないのが「小1の壁」を生み出しているのです。

このようにただでさえ大変な「小1の壁」が立ちはだかる4月。

それに加えて今年は

・松戸の事件

・北朝鮮情勢

・インフルエンザ

が発生して、「小1の壁」の視点では史上最悪?とも感じる1ヶ月となりました。

しかしながら、ここで一息入るゴールデンウィークがあるのが、ホッとするところです。気候も良くなってきますし、新緑の緑がまぶしくもなってきます。少し休んで、たっぷり遊んで、またリズムを整えて、学校生活に戻っていければと願っています。小学校に関わる立場としては、「日本にはGWがあって良かった!」と感じずにはいられませんが、「小1の壁」という言葉が死語になるように、頑張っていかねばと改めて決意した2017年4月でした。

放課後NPOアフタースクール代表理事

放課後NPOアフタースクール代表理事。1974年東京都生まれ。1996年慶應義塾大学経済学部卒業。株式会社丸井入社、人事、経営企画、海外事業など担当。2004年長女の誕生をきっかけに、“放課後NPOアフタースクール”の活動開始。グッドデザイン賞4回、他各種受賞。2011年会社を退職、教育の道に専念。子どもたちの「自己肯定感」を育み、保護者の「小1の壁」の解決を目指す。2013年~文部科学省中央教育審議会専門委員。2017年~渋谷区教育委員。2019年~新渡戸文化学園理事長。著書:子どもの「やってみたい」をぐいぐい引き出す! 「自己肯定感」育成入門(2019年発刊)

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