変哲もないが味わい深き人生の「生地」

世界的にも異常な高齢化が進行し、年金や医療の崩壊がささやかれるこの国にあって、75歳に達したシニアが生死を選択できる国家の施作「プラン75」は思わず考えさせられる設定である。そのふれこみだけ聞くと、懐かしの『赤ちゃんよ永遠に』みたいな映画のアート版なのかしらと想像してしまうが、予想に反してこの映画はそういった社会批判をやろうとしているわけではない。

寒々しい偽善的なCMを流し、まるで生命保険の手続きのようにシステマティックで丁寧なうわべの対応が続く「プラン75」事業の描写は、ていのいい『楢山節考』であるだけに戦慄的である。だが、本作の軸となるのはその「プラン75」というよりも、それによって生命や人生について熟考する機会を与えられた老人たちの動静のほうである。はたして社会のお荷物のような立場に追いやられた老人たちは、自らすすんで口減らしに貢献することが美徳なのか。あるいは生きづらい世の中にあって、この施策はむしろ老人たちに安息をもたらすものなのか。

早川千絵監督は念入りに人物描写が収縮するのを回避し、この重い課題のもと人びとを魅力的に泳がせ、彷徨させる。終盤に向うにつれて、おそらく脚本段階ではなく編集段階での吟味によるものだと思うが、かすかな省略と飛躍が断章的に続いて「もののあわれ」的な余韻を感じさせ、印象深い。そして何よりの勝因は、主演の倍賞千恵子の起用であろう。倍賞は今月で81歳を迎えるが、この作家性の強い作品に実にしなやかになじんでいて驚かされる。

映画における倍賞千恵子といえば『男はつらいよ』シリーズのレギュラー、車寅次郎の妹さくらで知られるが、かつて私がインタビューを試みた際には率直に『男はつらいよ』では山田洋次監督が箸の上げ下ろしまで指定してくるので俳優としては面白味がないと語る一方で、意外や加藤泰監督『みな殺しの霊歌』や神代辰巳監督『離婚しない女』などの作家的な作品では俳優としての創意工夫が採用されてやりがいがあったと振り返っていた。

こうした広く知られざる倍賞千恵子の姿勢を垣間見て、このベテラン女優はただものではないと思ったが、本作のように特異な挑戦作のオファーをみごとに受けて立つというのはまさにその得難い姿勢のあらわれだろう。全篇を通して倍賞はごく平凡なシニアの日常を静かに演じ続け、あるかけがえのない美しい瞬間に到達するのだが、そのいちいちの抑制された表情や動きが素晴らしい。さらにそこから精査したショットを選び抜いた早川千絵監督の手腕により、本作からは何の変哲もないが味わい深い人生の「生地」が見えて来るのだった。