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樋口尚文の千夜千本 第176夜『孤狼の血 LEVEL2』(白石和彌監督)

樋口尚文映画評論家、映画監督。
(C)2021『孤狼の血 LEVEL2』製作委員会

犀利な視座でぬかりなき白石演出の暴力表現

2013年の『凶悪』で一気に注目され、2016年の『日本で一番悪い奴ら』以降はほぼ毎年監督作を発表し、2018年などは前作『孤狼の血』をはじめ3本も公開作があった白石和彌監督だが、とにかくはずれなしの安定感だ。とりわけ『彼女がその名を知らない鳥たち』や本欄でもとりあげた『止められるか、俺たちを』、『ひとよ』などの確固たる視座と現場的な勢いの絶妙な間合いは、もはや商業作品の構えを壊さずにひと暴れしてくれる理想の手練れというべきだろう。

そしてこのたびの『孤狼の血 LEVEL2』も前作に勝るとも劣らない意欲作で、そのいかにも往年の東映作品のようなえげつないエネルギーを存分に愉しんだ。前作がなんとなく東映実録やくざ路線のバイブルとうたわれる深作欣二監督『県警対組織暴力』('75)を思わせたのに対し、今回の続篇は否応なく深作監督の今ひとつの傑作『仁義の墓場』('75)を想起させる。それは本作が鈴木亮平扮する極悪非道なやくざ・上林を軸に進行するからだが、不幸にも歪んだ育ちかたをした上林は、とにかく反逆的な暴力性を抑えることができない。その暴力描写は『仁義の墓場』どころではない凄惨な表現で度肝をぬく。

ところで私は東映の実録やくざ映画の魅力を大いに評価して、それをめぐる著作まで上梓しているが、決して暴力描写は得意ではない。しかし、往年の実録路線の暴力表現は、様式的な60年代の任侠路線とは一線を画したドキュメンタリー・タッチで売っていたものの、実のところその表現は「迫真性」を演出した虚構的なテンションの高いものであって、リアルな生々しさとは隔たった倫理感があった。たとえば最悪の血腥い暴力とえげつないエロの饗宴だった佐藤純彌監督の暗黒作『実録私設銀座警察』('73)にしても、その異様な作劇のテンションによってレアな真実味は排除されている。だから意外や、かつての実録やくざ映画には『県警対組織暴力』で川谷拓三の斬られた首が駅の階段を転がっていくようなけったいな諧謔こそあれど、目をおおうような暴力描写はあまり記憶にない。

それに対して『孤狼の血 LEVEL2』の特に上林周りの暴力描写は、これでもかという残酷さのオンパレードで、なかなか観ていて辛かった。往年の実録路線では手持ちキャメラを振り回したり、画調を粗くしたりしてガサガサと暴力を撮っていたが、前作『孤狼の血』や『サニー/32』同様、白石監督は画調こそ一種スタイリッシュだが暴力の細部を粘着的に撮る。これは邦画というより「韓国ノワール」の傑作群につながるタッチだと思うが、そういえば私は「韓国ノワール」の画調のカッコよさとは裏腹のバイオレンスのどぎつさはやや苦手であった。しかし面白いのは、その「韓国ノワール」の諸作と同様に、本作についても私は細部の暴力描写に目をそむけながらも、全体を観終えた後は意外やさほど嫌な後味もなく、むしろすっきりした感覚だった。

これはどういうことかと言えば、この暴力描写の「韓国ノワール」的などぎつさも含めて、作品全体に監督の計算と意志が行き届いているのを感じるからであった。前作を引き継ぎ熱演の松坂桃李扮する刑事に、鈴木亮平の図太く手ごわい悪役を対置し、途中多彩な脇役陣をうまく配しながら、本作はいかにも手堅いまとまりを見せる。この安定感によって、陰惨な暴力づくしの本作はかちっとした娯楽作になり得ている。白石監督の手腕は大いに賞賛されるべきものであるが、ここからはさらに次のステージに跳んでほしいので、ひとつ気づいたことを記しておく。

というのは、『孤狼の血 LEVEL2』の試写を観た後、ちょうど東映70周年の回顧特集上映をお膝元の丸の内東映でやっていて、その大スクリーンで先述した『仁義の墓場』を久々に再見できた。これは戦後のやくざ社会さえもが手を焼いた死神のごとき、まさに「孤狼」の伝説のアウトロー・石川力夫を題材にした作品である。公開当時に初見した時は、そのなぜともなく堕ちてゆく渡哲也の禍々しい主人公の動静に圧倒され、相当げんなりさせられつつもこれが傑作だという確信はゆるぎないものがあった。そして今回再見してもまるでその手応えは変わらなかったのだが、こんな粗暴でとんでもない主人公を描きながら、暴力描写は『孤狼の血』シリーズに比べると案外おとなしい。

にもかかわらず、『仁義の墓場』を観終えた時の、こちらがうんざりするまで映画に振り回され、戦慄させられる感じは、『孤狼の血 LEVEL2』のあのすっきりした印象とは対照的であった。これは何が起こっているのかというと、人間と物語をロジックで煮詰めた笠原和夫の脚本をいくらでも職人的にまとまったかたちに仕上げられる深作欣二が、もう作品の途中から石川力夫の乱心に文体の乱調で呼応する構えになっているのだ。そのゆえに、『仁義の墓場』はまとまりや計算はあえて放棄して後半に進むにつれてがさがさと騒然と石川力夫そのものに憑依するのだった。

こうしたフィルムの雪崩的な崩壊現象によって、描写そのものの過激さという点では『孤狼の血 LEVEL2』よりもマイルドな『仁義の墓場』は最終的に観客を畏怖させるものになっていた。白石監督には理想の手練れの先のステージで、ぜひこうした深作的な境地に飛躍してほしいと思う。そして最後に余談だが、『孤狼の血 LEVEL2』で最恐のキャラクターは、実は鈴木亮平よりも宮崎美子かもしれない。

映画評論家、映画監督。

1962年生まれ。早大政経学部卒業。映画評論家、映画監督。著作に「大島渚全映画秘蔵資料集成」(キネマ旬報映画本大賞2021第一位)「秋吉久美子 調書」「実相寺昭雄 才気の伽藍」「ロマンポルノと実録やくざ映画」「『砂の器』と『日本沈没』70年代日本の超大作映画」「黒澤明の映画術」「グッドモーニング、ゴジラ」「有馬稲子 わが愛と残酷の映画史」「女優 水野久美」「昭和の子役」ほか多数。文化庁芸術祭、芸術選奨、キネマ旬報ベスト・テン、毎日映画コンクール、日本民間放送連盟賞、藤本賞などの審査委員をつとめる。監督作品に「インターミッション」(主演:秋吉久美子)、「葬式の名人」(主演:前田敦子)。

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