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樋口尚文の千夜千本 第153夜「8日で死んだ怪獣の12日の物語」(岩井俊二監督)

樋口尚文映画評論家、映画監督。
(C)日本映画専門チャンネル/ロックウェルアイズ

コロナ禍に捧げた怪獣たちの祈りと祀り

年頭に力作『ラストレター』が公開され、自ら監督したその中国版『チィファの手紙』も公開を控えている岩井俊二監督が、コロナ禍の自粛中に思い立って、なんとリモート制作で『8日で死んだ怪獣の12日の物語』という一本の映画を撮りあげてしまった。しかし、作品を観るまではかなり不安だった。というのも、コロナ禍で従来の制作現場が成立しなくなり、そこで抑圧された制作意欲を発散させるべく、そしてこの長く続く鬱々とした気分を蹴散らすべく、さまざまな映画やドラマの作り手が「リモート作品」を作って発表した。だが、正直なことを言えばやはりこの方式は急場しのぎの苦肉の策なので、どれもこれもつまらなかった。

それでもどうしても監督したり演技したりせずにはおれないのが創作者だという見方もわかるのだが、しかしこぞってこのいかにも特殊で安づくりな「リモート作品」を作って自分の作品歴を濁すよりは、動かざること山の如しで、むしろ「撮らない権利」を行使したほうがいいのでは、と思ったのだ。そして、そんなところへまさかの岩井俊二の参戦であった。このミニ映画の発想源は、樋口真嗣監督が考えた「カプセル怪獣計画」というリレー動画で、知らない方に簡単に解説すると外出自粛要請を受けて在宅している人たちが、思い思いの怪獣や宇宙人のフィギュアを手にしてコロナ撃退を指令する動画を連鎖させてゆく試みだった。

なぜ「カプセル怪獣」というのかまで解説すると、あの特撮ヒーロー物の金字塔『ウルトラセブン』でセブンに変身するモロボシ・ダン隊員は、自らがセブンに変身する前に、携帯しているカプセルに潜ませた善玉怪獣をまずは前座として出動させて、しばらく悪玉怪獣と戦わせて様子をうかがうのだった。この通称「カプセル怪獣」にはミクラス、ウィンダム、アギラの三種がいるのだが、常に弱くてボコボコにされてしまうのがご愛嬌だった。このたびの動画リレーは、あたかもダン隊員がカプセル怪獣に命ずるように、みんなが手持ちのフィギュアにコロナ退治を指令するので、「カプセル怪獣計画」と名付けられたのだろう。

そして岩井俊二のミニ映画は、斎藤工がどこからか「カプセル怪獣」的なものを手に入れ、それを育てようとするだけのささやかな物語である。リモート映像で斎藤がその育成過程を解説しながら、武井壮やのん、そして原案の樋口真嗣とリモートでのんきに会話を重ねたり、穂志もえかのYouTuberのトークに一喜一憂したりの緩い日々が描かれる。岩井俊二は、その育ってゆく(?)怪獣らしきものの造型も自分で手がけているが、そのアギラのようなガッツ星人のようなオブジェのセンスが、まずこの作品の構えを規定していて、岩井がここで何かおおごとなドラマを描こうとしているわけではないことがわかる。岩井が目指しているものは、もっと些細な物語……いや物語ですらないニュアンス、または詩のようなものだろう。

そんなチューニングを施されたところに披歴されるのが、モダンアートのようなカプセル怪獣のマスクをつけた女子たちの、コロナ禍の無人の光景のなかでの祭祀のごときバレエで、この災厄と怪獣の掛け算からこんなことを思いつく岩井の詩ごころは閃きに満ちている。こういう初期のドラマの短篇などで我々を酔わせた時に似た閃きは、『ラストレター』のような大きな構えの長篇ではなかなか発揮しにくく、どうしてもストーリーという枠組みが優先されざるを得ない。だが、本作の岩井はコロナ禍のせいでリモート環境で映画を作らざるを得ないというハンデを逆手にとって、合法的に「小さな映画」に帰還している。すなわち本作は「リモート映画」だから画期的なのではなく、「リモート映画」にせざるを得ない制約によって、岩井が久々に「小さな映画」を撮ったという点が素晴らしいのである。

「小さな映画」とは、起承転結で売る物語から解放され、自ずとおおごとなテーマも担わず、些細なニュアンスや情感をみなぎらせる「映画詩」のようなあり方を志向するものだ。岩井は撮影から音楽のアレンジから怪獣造型まで嬉々とこなし、さらには『ウルトラセブン』を彩った音楽の冬木透が本名の蒔田尚昊名義で書いた麗しい秘曲を自らアレンジして、まさに「作家的」に手を動かしてこの独特な作品世界を創った。バジェットには事欠くかもしれないが、ここには岩井が原点回帰して、ややこしい制約はなしに自らの掌中でのみ映画をこしらえる歓びが躍動している。

冒頭、コロナ禍にまつわる警報的な女性のアナウンスが人影のない街に流れるシーンが続く。これを観て、原案の樋口真嗣監督の出世作『ガメラ 大怪獣空中決戦』で悪魔ギャオスに制圧された東京の夕陽の街に、都民の外出自粛を促す女性のアナウンスがこだまするシーンを思い出した。あの映画では主人公の伊原剛志がヒロインの中山忍に「いつか怪獣のいない東京を案内するよ」という台詞があった。この「怪獣」を「コロナ」に置き換えると、まるで今の東京の喩のようだが、『8日で死んだ怪獣の12日の物語』は、さながら姿なき挑戦者「コロナ」がいない東京の再来を祈る怪獣たちの祀りの詩である。

映画評論家、映画監督。

1962年生まれ。早大政経学部卒業。映画評論家、映画監督。著作に「大島渚全映画秘蔵資料集成」(キネマ旬報映画本大賞2021第一位)「秋吉久美子 調書」「実相寺昭雄 才気の伽藍」「ロマンポルノと実録やくざ映画」「『砂の器』と『日本沈没』70年代日本の超大作映画」「黒澤明の映画術」「グッドモーニング、ゴジラ」「有馬稲子 わが愛と残酷の映画史」「女優 水野久美」「昭和の子役」ほか多数。文化庁芸術祭、芸術選奨、キネマ旬報ベスト・テン、毎日映画コンクール、日本民間放送連盟賞、藤本賞などの審査委員をつとめる。監督作品に「インターミッション」(主演:秋吉久美子)、「葬式の名人」(主演:前田敦子)。

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