樋口尚文の千夜千本 第104夜「リバーズ・エッジ」(行定勲監督)

(C)リバーズ・エッジ製作委員会

「青春」より「時代」より大切な「密度」

不意に詠まれるウィリアム・ギブスンに、まさにこの詩を訳した翻訳家の極私的な思い出がフラッシュバックした。繊細な面立ちなのに、いつもメキシコのガンマンのようないでたちのその人とは、たまに立ち話をする程度のつきあいだったが、やけに心に残る人物で、しかも若くして病気で1993年に急逝されてびっくりした(ちなみにこの印象的な詩は1991年に京都書院から出た「愛する人(みっつの頭のための声)」に収めされている)。ちょうどその93年に岡崎京子の原作が評判になっていたので、つらつらと読んだ思い出がある。ウィリアム・ギブスンと岡崎京子にはそういう極私的符合があったので、「当時」の記憶はいまだ鮮やかだ。だが、映画『リバーズ・エッジ』は、そんな「当時」よりもっと彼方のものを描いているという気がする。

『リバーズ・エッジ』は、まぎれもなく「青春映画」だった。それは、「青春(を描こうとする)映画」もしくは「青春(に同期しようとする)映画」といったほどの意味である。今、安易に金儲けをしようとするなら、そんな面倒くさいことはしなくてアイドル俳優と麩菓子のような話でお茶を濁して主題歌を聴かせていればかえって稼げたりする次第だが、行定勲監督はあえて「青春」というやっかいな主題に分け入っている。行定監督が「青春」を過ごした頃の日本映画には、藤田敏八や山根成之といった「青春映画」の異才と呼ばれる監督がいた。彼らはごく真摯に「青春」と呼ばれる時期の、方向を持たない不安や焦燥や苛立ちや空虚を映画でとらえようと試み、さまざまな傑作を生んだ。彼らは映画をもってアクチュアルな「青春」に同期せんとした。

だが、大事なところは、そんな映画で演技をするのが同時代の若者(当時でいえば秋吉久美子、桃井かおり、関根恵子、高橋洋子…といった面々)であっても、監督はふたまわりくらい年長のオヤジであったということだ。つまり商業作品としての「青春映画」は常に、演ずる世代は実際の「青春」の渦中にあるが、ストーリーを考え演出するのは、ふた昔前の「青春」を生きた年長者であった。それが実際どんなことであったのかを、70年代の「青春映画」の顔であった秋吉久美子に尋ねたことがある。すると、「やっぱりパキさん(藤田敏八監督)はオトナだからちょっとよくわからないなというところはあったけれど、議論もしたし、パキさんも演技については私の思うようにさせてくれた。それはパキさんにうまく放牧されていただけかもしれないけれど」という趣旨のことを語っていた。そのことは、まさに本作での行定勲監督と二階堂ふみにの関係についても言えるのではなかろうか。

つまり、本作を観ていると、山田(吉沢亮)も観音崎(上杉柊平)もこずえ(SUMIRE)もカンナ(森川葵)も、どこか私にはしっくり来すぎるくらい違和感がない。彼らのなぜともなくニヒルに、病み潰えてゆくところは、バブル崩壊後の90年代半ばあたりの若者というよりも、あの暗澹たる70年代初頭から半ばの優しく壊れがちな若者たちのようである。まさに当時の渋谷にたむろする女子高生たちをけろりと対象化した原田眞人監督『バウンス ko GALS』や庵野秀明監督『ラブ&ポップ』に現れた90年代の若者たちはもっとタフで図太かったような気がする(映画だけでなく現実で知り合ったコたちも)。しかし、『リバーズ・エッジ』の若者たちはむしろ私の世代がなじみ深い感じの、傷つきやすく自我に沈潜する種族なのだ。

しかしこれは実にあたりまえのことであって、原作の岡崎京子は1963年生まれで、原作が発表されたのが1993年から94年。そもそもが(当時の)同時代の若者に事寄せて、先行する時代の「わが青春」の歌をうたっていた作品なのだ。ちょうどこの頃発表された岩井俊二監督『打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?』を初見した時に感じた鼻をつくような70年代感を思い出す。「青春」を描く創り手は、現在の若者を依り代としながら過去の自分の「青春」を描く宿命にある。それは不可避的なことであって、重要なことは作家がどういう動機や経路であれ作品に固有の密度を与えられるかどうかだけであり、最終的にはそれがいつの「青春」を描いたものであるとか、はたまた「青春映画」であるかどうかさえ問題ではなくなるのだ。逆に言えば、デジタル技術の恩恵で「カメラ万年筆」をあたりまえのように手にした10代の作家が、現役の「青春」を撮ってみせたからと言って、映画にコクが生まれるとは限らない。

迂回をしたが、結論を言えば『リバーズ・エッジ』の行定勲は、「HMVが元気だった頃の、渋谷の」若者たちに事寄せて、自らの「青春」を語りながら、擦過傷じみた独特な映画の手ざわりを満喫させてくれた。もちろんそこで90年代の若者たちを描けているかどうかということは全く問題にならない。ただこの映画の面白さを期せずして膨らませたのは、藤田敏八に対する秋吉久美子のような、行定勲に対する二階堂ふみの静かなる主張であった。それはもはや「たたずまい」による主張というレベルのものかもしれないが、要はこのパセティックな70年代的明解さを担うクラスメートたちのなかで、主人公ハルナに扮する二階堂ふみは意外や淡々とした計器のようであった。それはニヒルというものではなく、ミートボールのようになった猫や火だるまの級友に人並みにショックを受けながら、しかしそういうことに構ってもいられないというような、ディフェンシブな殻のようなものを感じさせた(劇中でも「あの子は誰ともなんでもない人だから」的な台詞があったが)。

その二階堂ふみの「虚無」ならぬ「無感覚」ぶりは、これまた90年代の若者に仮託して二階堂自身の「青春」を体現しているかのようだ。そういうふうに、監督も、俳優も、ひょっとすると同じお題で違う歌をうたっていることが、また映画という雑駁なしろものを面白くするのだ。それに比べれば、「青春映画」がある世代の風俗や気分を忠実に描けているかどうかなどは全くどうでもいいことである。