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樋口尚文の千夜千本 第35夜 ドラマ「夢を与える」(犬童一心監督)

樋口尚文映画評論家、映画監督。

人と劇を美化せずに涼しく肯定すること

意欲的な企画を送り出すWOWOWの連続ドラマW枠だが、2014年に犬童一心監督が映画版に続いて手がけた大島弓子原作『グーグーだって猫である』は、連続ドラマという特性を存分に活かして、映画以上にゆったりとした時間感覚で宮沢りえ扮するマンガ家の静かで、すこし孤独な生活の豊かな細部を点描し、なかなか最近のテレビではお目にかかれないエアポケットのような世界を作り出していた。映画版とはタッチは似ていても、いっそうのんびりとした時間感覚を採用したことで、ドラマを映画の縮小版ではない独自の領域に牽引していた。

そんな繊細な快作の記憶も鮮やかなところへ、また犬童監督による連続ドラマWが放映される。綿矢りさ原作の『夢を与える』。イマジカの試写室で全4話をぶっ通しで初号を観たが、『グーグーだって猫である』とはがらっと異なる緊迫した筆致で、まる4時間があっという間の面白さだった。物語は、菊地凛子扮する主婦の幹子とフランス人の夫トーマ(ド・ランクザン望)との間に生まれた娘・夕子(谷花音)が食品会社のCMタレントに選ばれるところから始まる。もともとささやかな家庭の幸福に生きる平凡な主婦だった幹子だが、広告代理店のクリエイティブ・ディレクター村野(オダギリジョー)の目にとまった夕子が子役の才能に開眼、幹子にも娘をビッグネームに育てあげようという野心が芽生え、普通の子どもでいたい幼い夕子を叱咤激励、一緒にプロ街道を歩むことを課す。素朴なパートのお母さんだった幹子が、徐々にステージママとして厳しい形相に変わり(表情のみならずファッションも変わり)、母が好きな夕子も彼女を喜ばせるために不本意なコスチュームを着せられてあれこれ注文されても文句を言わなくなる。

まずこの子役デビュー時代の描写・・・オーディション時の子どもたちや親の様子、それを眺める広告代理店やスポンサーの様子などがひじょうにリアルである。このCM業界の描写はほとんどの映画でリアリティを伴わないのだが、自主映画からCMディレクターの道を歩んできた犬童監督だけに、そのいちいちに現実感がある。これは単に映像的にそういう実際の雰囲気を正確に映すにとどまらず、そういう場に時おり見られる子どもや大人たちの感情のエッセンスがうまく把握されている感じだ。要は、子どもを有名にすることで親たちは頭がいっぱいで、子どもたちもとにかく行儀よく大人に気に入られるよう親に馴致され、そういう様子を広告業界の大人たちはいくぶんシニカルかつ傷ましい思いで、ともあれプロとして割り切った視線で眺めている・・・そんな酷薄な感情の構図を犬童監督は簡潔に的確に描いてみせる。そのまなざしには、人物の純な部分に対する優しさに加えて、常に上品なシニシズムを感じるのだが、その人物たちの人生を涼しく肯定するが美化はしないという構えがとてもいい。

そして美しい少女となった夕子(小松菜奈)にいよいよ幹子は夢を加速させ、いつも車からビルボードが見える有名化粧品会社のアイコンとして彼女を起用させてみせる、と野心を語る。成長した夕子はさすがに幹子の縛りに反発を開始するが、現場で知り合ったB級アイドルのミイ羽(夏帆)やクラブで出会ったダンサーの正晃(真剣右)との交流がかろうじて彼女の支えとなる・・・かと思いきや、見てのお愉しみだが彼女たちとの関係も実にハードボイルドな正体を露わにし、一転スキャンダルにまみれるはめになった夕子は崩壊寸前になり、母に決定的な反抗を宣言する。ここで夕子が仲間と思った連中がいずれも寒々しい感情に生きていた、というがっかりな現実を、犬童演出はまたくどくどやらずに簡潔な細部でほのめかしてゆくのだが、最近は一種個性派的な助演で光る夏帆が、このひじょうに無理しながら生きている三流アイドルの悲哀と怨念をとてもうまく表現していて印象的だった。

最後の大展開として、スキャンダルにまみれた夕子を人気司会者・増尾(浅野和之)のバラエティ番組に引っ張り出そうという呆れた大人たちのたくらみに、どう夕子が応えてみせるのかという局面が訪れるのだが、ここでは放送広告業界とスポンサーと芸能事務所のダーティな野合によって夕子のスキャンダルまでをも商機として食らいつくそうというコワい大人たちの描写が実にうまく、さらに古き良きテレビの時代からベタな人情を看板にして数字を稼いできた老練司会者の増尾と、そういう芸ではなくてセンセーショナルな題材の衝撃性で数字を稼ぐことに暴走する若手ディレクター池田(太田信吾)の対比というサイドストーリーの膨らみが本作にいっそう含みある面白さをもたらしている。実際、後半戦における太田信吾の張り出し方は予想外の域で、(以前太田が監督・主演する『解放区』というセミドキュメンタリー映画を観て、あいりん地区に潜入する題材の怖さよりもこの太田本人の薄気味悪さが作品全体をおおっていて仰天したが)夕子に勝手な思い入れを抱きつつ、自分が彼女の芸能人生を終わらせるのだと勝手に意気込む気持ち悪さが実によく出ていた。

この業界の凄まじき罠にすすんで飛び込み、自らという偶像の破壊をもって大人たちのたくらみもろとも葬送しようとする夕子の顔を、犬童監督は小細工なしにずっと凝視してみせるのだが、自在なカメラワークを駆使してきた本作にあってここは不動のショットの選択が大きな意味を持っている。そして、これまでともに築いてきたタレント神話を瓦解させても人格を回復させようともがく夕子に対し、はたして母の幹子はどういう態度に出るのか?そこは伏せておきたいが、幹子に扮した菊地凛子は娘をスターにする夢に憑かれて、どんどん厳格さを増してゆく母親の変化を実にうまく演じている。そして夕子に扮した小松菜奈は中島哲也監督の映画『渇き。』の時よりもずっと自然にさまざまな表情をもって弾けていた。このふたりを筆頭に、犬童演出は隅々までこだわりのキャストで固め、その信頼に応えるべく俳優たちが場面ごとに自分の持ち味を活かそうと工夫している感じが好ましい。オダギリジョーの役柄などは作品全体にふわっと存在して時おりヒロインに愛情のまなざしを送るだけの役なのだが、これがまたとてもよかった。

このほか当然ながら高橋泉の脚本は冴えているのだが、『帝都大戦』以来気になり続ける上野耕路の音楽は近作では『へルタースケルター』など大好きだった(映画自体はともかく・・)が、本作も展開を怜悧なタッチで引き締めて作品にひとつの基調を与えていた。

映画評論家、映画監督。

1962年生まれ。早大政経学部卒業。映画評論家、映画監督。著作に「大島渚全映画秘蔵資料集成」(キネマ旬報映画本大賞2021第一位)「秋吉久美子 調書」「実相寺昭雄 才気の伽藍」「ロマンポルノと実録やくざ映画」「『砂の器』と『日本沈没』70年代日本の超大作映画」「黒澤明の映画術」「グッドモーニング、ゴジラ」「有馬稲子 わが愛と残酷の映画史」「女優 水野久美」「昭和の子役」ほか多数。文化庁芸術祭、芸術選奨、キネマ旬報ベスト・テン、毎日映画コンクール、日本民間放送連盟賞、藤本賞などの審査委員をつとめる。監督作品に「インターミッション」(主演:秋吉久美子)、「葬式の名人」(主演:前田敦子)。

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