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鉄筋コンクリートのマンションなのに隣の音がよく聞こえる! それってもしかしてGL工法では?

橋本典久騒音問題総合研究所代表、八戸工業大学名誉教授
(写真:アフロ)

住戸間の壁の遮音性能には建築基準法の規制がある

 鉄筋コンクリート造(RC造)のマンションの場合、音の問題と言えば上階音(床衝撃音)のトラブルが主であり、壁の遮音性能が問題になることは通常は殆どありません。コンクリート壁の厚みは、薄い場合で120~150、厚い場合では200~250mm程度ですが、壁のコンクリートの厚みが120mmと薄い場合でも、建築基準法で規定する「界壁遮音基準」(注:界壁とは住戸と住戸を隔てる壁のことであり、間仕切壁とは異なる)をクリヤーするからです。建築基準法では、プライバシー保護のために建築物として一定以上の遮音性能を確保するように決められており、その界壁遮音基準では、125Hzで25dB以上、500Hzで40dB以上、2000Hzで50dB以上の遮音性能が必要としています。しかし、これはあくまで最低限程度の値であり、マンションなどでの遮音性能としては決して十分ではなく、隣の音が全く聞こえないということではありません。しかし、現在のRC壁の厚みは200mm程度が標準となっており、界壁遮音基準の値よりはかなり遮音性能が上がっているため、最近のRC造マンションでは、壁の遮音性能が不足して騒音トラブルになるということは殆どありません。ただし、昭和時代に建てられたような古い集合住宅では、壁厚が120mm程度しかない物もあるため、その場合には大きな生活音を出さないような配慮は必要となります。

GL工法には要注意!

 RC造のマンション等で問題になるのは、壁の仕上げ工法としてGL(ジー・エル)工法が使われている場合です。GL工法(Gypsum Lining工法:Gypsumは石膏のこと)とは、写真にあるように、コンクリートの壁に団子状の接着剤(GLボンド)を一定間隔で塗り付け、その上から石膏ボードを押し付けて仕上げ面を平らに調整する仕上げ工法です。

(吉野石膏WEBカタログより。一部、文字追加)
(吉野石膏WEBカタログより。一部、文字追加)

 打設したままのコンクリート壁の表面には凸凹があるため、そのままでは仕上げのクロスを貼ることは出来ません。薄いモルタルを塗って表面を均す方法もありますが、これは左官仕事になるので大変です。それに較べてGL工法は写真のように施工が非常に簡単なので、以前はよく用いられました。しかし、このGL工法には大きな問題があることが分かっています。

GL工法の遮音欠陥は、話し声の周波数帯域で生じる

GL工法の遮音性能の測定例を下図に示しました。この図は、室間の音圧レベル差を測定したものですから、数値が大きいほど遮音性能が高いことになります。図中にあるD-35やD-40と言うのは遮音等級で、遮音性能を具体的な数値として表したものです。このうち、赤線で示したD-40の等級曲線が建築基準法の界壁遮音基準になります。

(日本建築学会「建築物の遮音性能基準と設計指針」より。一部、文字追加)
(日本建築学会「建築物の遮音性能基準と設計指針」より。一部、文字追加)

 図で分かるように、GL工法の遮音性能は、低音域(おおよそ250Hz)で大きく落ち込み、この事例では建築基準法の界壁遮音基準を下回ってしまっています。この例は、コンクリート壁の厚みが120mmとかなり薄い場合の測定結果ですが、コンクリートの厚みが150mmや200mmの場合でも、程度の差はありますが、このGL工法の遮音性能の低下現象は現れます。GL工法のないコンクリート壁だけの場合は、上図に示すD-40~45の遮音等級の線とほぼ同等な性能になりますが、これにGL工法を施工した結果、D-35まで性能が低下してしまっています。コンクリート壁だけの場合よりも性能が低下してしまうのですから、これは正に大幅な遮音欠陥であり、このような建物は建築基準法の違反建築になってしまうのです。

 もう一つ重要な点があります。それはGL工法では250Hz程度の低音域で遮音欠陥が発生しますが、この250Hzというのは人の話し声の中心的な周波数だということです。遮音欠陥が話し声の周波数帯域と一致するため、RC造のマンションでも隣の話し声やテレビの音が筒抜けになるということが起こるのです。そのため、現在では遮音性能の必要な壁ではGL工法を使わないようにしていますが、この知識を持たない建築技術者や施工業者などでは、未だにGL工法を用いることもあります。特に、リフォームの場合にGL工法を用いて施工してしまうと、今まで聞こえなかった音が聞こえることになり、騒音トラブルの原因になることもあります。

 また、GL工法は界壁の遮音性能だけの問題ではなく、扉の開閉や浴室での発生音、あるいは床衝撃音などの固体音(振動として伝わって発生する音)についても、よく響かせることになるので注意が必要です。隣戸や上下階住戸の騒音がよく響くと感じた場合にも、壁の仕上げがGL工法でないかどうかのチェックが必要です。方法は、壁を拳骨で叩きながら移動させ、一定間隔で空洞のあるような音がすれば要注意です。管理事務所などに保管してある図面では、GL工法の記載がなされていない場合もあるので、この打音チェックが簡単で早道です。

遮音欠陥の原因は太鼓現象

 GL工法により遮音欠陥が生じる原因はその構造にあります。問題は、コンクリート壁と石膏ボードの間にできる空気層です。この空気層がバネとして働き、低音域で石膏ボードが共振することにより発生します。丁度、太鼓の皮が中の空気層で共振して良く響くことと同じであるため、一般には太鼓現象と呼ばれています。専門用語では、低音域共鳴透過現象と呼びますが、空気層を設けてボード類を張れば必ずこの現象が起こります。仮に、GL工法でなく木軸を下地にしたようなボード壁でも、GL工法ほどではないにしろ、遮音性能の低下現象は発生します。ただし、空気層の厚みがかなり厚い場合や空気層にグラスウールなどを挿入した場合には、遮音性能の低下は幾分か抑えられます。

 鉄筋コンクリート造のマンションなのに隣の声が良く聞こえる、上階や隣戸の浴室での発生音が良く響く気がするなど、建物の遮音性能に疑問を感じる人は、まずGL工法やそれに類する工法が用いられていないかどうかをチェックして見て下さい。原因が分かっても、壁をやり直すなどの対策を行うことはなかなか大変ですが、少なくとも、相手の生活行動が問題でないことが分かれば、無益なトラブルを防ぐことには役立ちます。また、建築関係者には、GL工法やその類似工法に対して、遮音性能に関する正確な知識を持ち、欠陥建物を作らないように十分に留意して頂きたいと思います。

騒音問題総合研究所代表、八戸工業大学名誉教授

福井県生まれ。東京工業大学・建築学科を末席で卒業。東京大学より博士(工学)。建設会社技術研究所勤務の後、八戸工業大学大学院教授を経て、八戸工業大学名誉教授。現在は、騒音問題総合研究所代表。1級建築士、環境計量士の資格を有す。元民事調停委員。専門は音環境工学、特に騒音トラブル、建築音響、騒音振動、環境心理。著書に、「2階で子どもを走らせるな!」(光文社新書)、「苦情社会の騒音トラブル学」(新曜社)、「騒音トラブル防止のための近隣騒音訴訟および騒音事件の事例分析」(Amazon)他多数。日本建築学会・学会賞、著作賞、日本音響学会・技術開発賞、等受賞。近隣トラブル解決センターの設立を目指して活動中。

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