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誰のための「働き方改革」なのか~現場から長時間労働に異論が出ない根本的な理由

橋本愛喜フリーライター
高速道路を走るトラックの列(読者提供)

運送業界では今日、トラックドライバーへの「働き方改革関連法」が施行されました。

施行によって引き起こされる「2024年問題」においては、これまでにも「施行迫る」、「施行まであと○か月」というタイトルや特番などで報じるニュースや報道が多かったかと思います。

そして、施行日である今日は、「ついに施行」「いよいよ施行」といった文言が並ぶ・並んでいることでしょう。

しかし2024年問題は、働き方改革施行の今日が「ゴール」なのではなく「スタート」だということを忘れてはいけません。

改革の趣旨汲まぬ対策

2024年4月1日、他業種より5年遅れでトラックドライバーに施行された「働き方改革関連法」

その施行によって、これまで設けられていなかったドライバーの時間外労働が960時間に制限され、それにより今まで運べていた荷物が運べなくなる。

つまり、これまで通りに荷物を運ぶための人手が足りなくなる、というのが「2024年問題」の世間に現れる影響です。

この5年間、そんな2024年問題を取材してきましたが、その対策にはある感情を常に抱いてきました。
それは、同問題の対策が、源流である「働き方改革」の趣旨を汲んでいないことに対する、底知れぬ違和感と憤りです。

私が思う2024年問題とは、「荷物のことばかり心配し、働き方改革の当事者であるトラックドライバーの心配を全くしない国や世間によって、物流が崩壊する問題」です。

国も世間も施行準備期間中、常に心配していたのは、一貫して「トラックの労働環境」ではなく「荷物」でした。

そのため、私は物流現場に生じる問題を「2024年問題」ではなく「物流崩壊元年」と呼んだりしています。

長時間労働だけ改善すればいいのか

「働き方改革」で毎度感じることは、「労働時間さえ短くすればトラックドライバーの労働環境がよくなると思ったら大間違いである」ということです。

労働時間を短くすることを主軸に2024年問題の解決の糸口を見出したことで、現場にはドライバーの首が締まる皮肉さえ起きています。

もちろん、労働時間を短くすることは絶対的に必要です。過労死との因果関係も多くの論文で指摘されています。

今回、トラックドライバーの時間外労働は960時間ですが、他業種は720時間。

将来はこの720時間に合わせていく努力も大いに必要かと思います。

しかし、ことトラックドライバーたちの労働環境においては、労働時間“だけ”が過労死に繋がっているわけではありません。

数多くの業種で労働現場を取材してきましたが、トラックドライバーには、他業種に類を見ない特殊な労働環境があります。
その特殊な労働環境によるしわ寄せが、ドライバーの労働現場を劣悪なものにしていると感じます。

その特殊な労働環境については、過去記事でもいくつか紹介していますが、後日改めてまとめてご紹介することにして、本稿ではその「労働時間短縮」に主軸を置いた改革によって引き起こされるドライバーへの影響についてお話します。

「むしろもっと働きたい」ドライバーの声

私がこの労働時間ばかりに見出す改革に多大なる違和感を抱く根源には、他でもない現場のドライバーたちからの「そうじゃない」という声や、現在のドライバーがドライバーになった「経緯」にあります。

実はトラックドライバー、とりわけ長距離トラックドライバーの間からは、「長時間労働の是正なんてするな」という声が少なくありません。

彼らがそう主張する理由には大別して3つあります。

1つは、メディアでもよく報じられている「収入の減少」です。

2019年、他業種で働き方改革が施行された際にも同じように「残業できなかったら給料が下がる」という声は聞こえましたが、トラックドライバーの多くは「歩合制」で働いています。

働いた時間がダイレクトに給料に反映されるドライバー。下がる給料は他業種の比ではありません。

施行前から労働時間を短縮している会社のトラックドライバーからは「すでに月の収入が5~6万円減っている」という声まであります。

ドライバーは今でさえ他業種より労働時間が396~444時間も長いにもかかわらず、賃金が4~12%も低い状態。
そこに5万円下がれば、生活すらままならなくなる。

なので「むしろもっと働かせてくれ」という人たちが現れるのはなんら不思議なことではありません。

2年前、ドライバーに「長時間労働の改善」と「低賃金の改善」、どちらを優先して改善されてほしいかとアンケートを取ったところ、約7割が後者と回答。

その多くが長距離トラックドライバーでした。

また、すでに影響が出ているドライバーたちが出始めていることに鑑みると、現在その割合は調査当時より多くなっていることが予想されます。

実際、私のもとには「給料が減ったらトラックを降りる」と、トラックドライバーや運送事業者からの報告や相談が現在のところ150件近くきています。

退職に副業…現場に起きている「本末転倒」

こうしてドライバーの声を無視して施行される改革によって、現在ドライバーの間で前向きに検討されているものがあります。

それが、「副業」です。

こちらも先日取ったアンケートでは6割以上のドライバーが副業を前向きに検討していることが分かりました。

運送企業のなかには、ドライバーの安全運転遵守のために副業を禁止にしているところもあります。

しかし、講演会などでよく受ける相談が、「本当は禁止にしたいが、禁止にすると生活が保てなくなるといってドライバーが辞めてしまうので仕方なく許可している」というもの。

こうして「安全」と「人材」を天秤に掛けなければならない運送企業も存在しているのです。

なかには「ドライバーに副業させないといけない企業が悪い」や、「そんな企業にしかいられないドライバーが悪い」という声も聞きます。

しかし、そんな星の数ほどある力の弱い運送事業者やトラックドライバーによって、現在の物流が成り立っていることを忘れてはいけません。

2024年問題で議論される「人手不足」は厳密に言うと、「人が足りていない」のではなく、「長時間労働・低賃金で働いてくれるドライバー」が足りていない、のです。

愚策中の愚策「高速法定速度の引き上げ」

さらに、荷物の心配や労働時間の短縮ばかりに対策を講じる国は、こんな愚策も打ち出しました。

それが「高速道路におけるトラックの法定速度の引き上げ」です。

今日から高速道路において、トラックの法定速度が80kmから90kmに引き上げられます。

識者のなかには「ドライバーも早く走れれば早く仕事が終わるのでメリットになる」と発言する人までいますが、これこそトラックに乗ったことのない人たちの机上の空論でしかありません。

時速引き上げによって、ドライバーの集中力や疲労は増し、燃費も上がり、荷崩れを引き起こす。
運送業界には一部、梱包材である段ボールに少しでも傷が付いたらドライバーが弁償しなければならない、という先に紹介した「運送業界独特の悪しき商習慣」があります。


※この法定速度の引き上げに対するドライバーへの影響については、本日別媒体で公開される記事で詳しく書いていますので、興味のある方はそちらをご覧ください。

働き方改革は、ドライバーの労働環境を改善するためのものだったはず。

労働時間短縮によりドライバーの給料が減り、副業を余儀なくさせられ、逆に休む時間が減っている現状。

これの何が働き方改革なんでしょうか。

長時間労働を苦としない根本理由

もう1つ、トラックドライバーから長時間労働に異論が出ない根本理由は、業界の特性にあります。

現在、大型トラックドライバーの平均年齢は50.3歳。最も数が多いのも50代のトラックドライバーです。
彼らがこの業界に入って来た当時、日本ではこんなテレビCMが大流行しました。

「24時間戦えますか」

これに「はい、戦えます」と手を高く挙げて業界に入って来たのが、他でもない現在の50代以上のドライバーなのです。

CMが流れていた当時、運送業界は「ブルーカラーの花形」で、「3年走れば家が建ち、5年走れば墓が建つ」と言われるほど、過酷ではあるけれど、走れば走った分だけ「稼げる」職業でした。

つまり、今の運送業界を支えている50代以上のトラックドライバーたちは、稼ぎたくてこの業界に入ってきている人が多いのです。

運送業界にとっても、この「過酷だが稼げる」は、人材獲得の際における「大きな強み」でした。

しかし、それが大きく崩壊した物流業界最大の出来事があります。

それが1990年の「物流二法」における規制緩和です。

業界に新規参入しやすくなったことで、それまで4万社だった運送企業が、1.5倍の6万3千社に急増。

荷物の奪い合いが起きます。

全日本トラック協会「日本のトラック輸送産業現状と課題2020」より引用
全日本トラック協会「日本のトラック輸送産業現状と課題2020」より引用

そこに日本経済には追い打ちをかけるような出来事が起きます。

そう、「バブルの崩壊」です。

労働集約型産業の運送業界。

競合他社との差別化には「運賃の値下げ」「付帯作業(仕分けや検品など、運転業務以外の作業)の無料サービス」を提供するしかありませんでした。

その結果、ブルーカラーの花形業は、「過酷な労働なうえに給料も安い」仕事、になってしまったのです。

「トラックが好き」

これに対し、「だったら他業種に転職すればいいじゃないか」という声をこれまで何度となく聞いてきました。

しかし、それでもドライバーたちがトラックを降りず、長時間労働も嫌がらない3つ目の理由があります。

それは他でもない、「トラックが好きだから」です。

絶景絶品を楽しみながら、ひとりしがらみなく各地を回れるのは、このトラック職でしか味わえない「特権」。

長年トラックのハンドルを握っているドライバーには、労働環境が悪いがゆえに周囲から揶揄される「底辺職」とは真逆に、自身の仕事を「天職」と思っている人たちがほとんどです。

表現が正しいか、その感覚でいいのかはここでは議論しませんが、「ソロキャンプ」をしながら仕事をしている人が少なくありません。

現在まで日本の物流は、そんなトラックドライバーの「トラック好き」に甘えてきたのです。

ドライバーが撮影して送ってくれる各地の風景。フェリーから(ドライバー撮影)
ドライバーが撮影して送ってくれる各地の風景。フェリーから(ドライバー撮影)

ドライバーが撮影して送ってくれる各地の風景。虹がトラ囲うを囲う(ドライバー撮影)
ドライバーが撮影して送ってくれる各地の風景。虹がトラ囲うを囲う(ドライバー撮影)

繰り返しますが、トラックドライバーの労働時間は早急に短くする必要があります。

ただ、それには「賃金の保証」が大前提です。
これ以上給料が下がれば、本当にトラックドライバーはクルマを降りざるを得なくなり、改善する必要のある人手不足はむしろ加速していきます。

しかし、荷主から未だに聞かれるのは、「物流はコスト」「コストは削減すべきもの」という感覚。
ドライバーからも「給料が増えた」という声はほどんど聞こえてきません。

国や荷主、運送企業は、労働時間の短縮に費やしているエネルギーと同じくらい、早急かつ、より実効性のある運賃上昇対策に力を入れる必要があると、強く思うのです。

必要なのは「一本化」ではなく「多様化」

もう1点、私にはこの働き方改革や、その対策に違和感を覚えていることがあります。

それが「一律化」「一本化」です。

運送企業やトラックは、「どの地域」から「何を運んでいるか」、で抱えている問題が全く異なります

もはや異業種です。

都心の地場で走っているトラックと、地方から生鮮食品を運んでいるトラック、もっと言えば、トラックだけでなくバスやタクシーなど、すべての職業ドライバーが一律で960時間に制限されること自体、根拠・対策不足だと、全国各地の講演会場を回るたび感じます。

さらにいうと、世代によっても「働く」の概念は大きく違います。

1度地元を離れたら、長い時には数週間戻らず全国各地を走る長距離トラックドライバーにおいては、上記で紹介したようにベテランのトラックドライバーは「ソロキャンプ感覚でできる仕事が好き」という意見が多い一方、今後の物流を担っていく若手は「毎日自分の家のベッドで眠りたい」人が多い傾向にあります。

そのため、中継輸送場所や休憩所などの設置も、現状の長距離輸送手段を残したまま、”併せて”行っていく必要があると感じます。

それぞれの地域、企業が抱えている問題の背景に、それぞれ特有の「事情」がある運送業界。

それを「一律」に「せーの」で一本化すれば、どこかに必ず歪みが起きるのは当然のこと。

それぞれの「働きやすさ」を考え、労働環境を多様化することこそが、本当の「働き方改革」なのではないでしょうか。

トラックドライバーのための働き方改革ならば、トラックドライバーの労働環境が改善されなければ意味がない。

今日から施行される働き方改革は、一体誰得なのだろうと深く思うのです。

※ブルーカラーの皆様へ
現在、お話を聞かせてくださる方、現場取材をさせてくださる方を随時募集しています。
個人・企業問いません。世間に届けたい現場の現状などありましたら、TwitterのDMまたはcontact@aikihashimoto.comまでご連絡ください(件名を「情報提供」としていただけると幸いです)。

フリーライター

フリーライター。大阪府生まれ。元工場経営者、トラックドライバー、日本語教師。ブルーカラーの労働環境、災害対策、文化差異、ジェンダー、差別などに関する社会問題を中心に執筆・講演などを行っている。著書に『トラックドライバーにも言わせて』(新潮新書)。メディア研究

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