「現場の東海林です」83歳でミュージカルに初挑戦!!

稽古場で充実した笑顔の東海林のりこさん

 ワイドショーリポーターの草分け的存在である東海林のり子さん(83)が、小児がんや重い病気と闘う子供たち、被災地の子供たちを支援するミュージカルで、初めて舞台に立つことを耳にしました。そこで、大先輩の東海林さんが、83歳にして、初めてミュージカルの舞台に立つ心境を聞くため、稽古現場を直撃しました。

――東海林さんがミュージカルに挑戦されると聞いて、直撃に来ました(笑)。

 いやー、ありがとね。やっぱり年をとって、事件現場に行ってリポートばっかりやってきてね、パタッと現場に行かなくなった時に、言葉を使うということが、どんどんどんどん薄れてきて。なんだろうなぁ、ちょっと寂しいなぁと思った時に、朗読と音楽を合わせたりする「ことばで奏でる音楽会」に出合ったの。

 昔、一緒にリポーターをしていた黒田育美さん(現在は一般社団法人 EXPRESSION代表)が始めて、おもしろそうだなと思って入ったのね。そこで、朗読をしたり群読をしたり。東日本大震災被災地支援のチャリティーコンサートで、岩手県宮古市田老地区の児童館にピアノを贈ろうという時には、西田敏行さんが来てくれて『もしもピアノが弾けたなら』を歌ってくださったりして。

 参加する子供たちも成長してきたし、ただ言葉を使って表現するだけではなくて、音を入れて、こんなことも、あんなこともできるんじゃないかなと考えた時、今回のミュージカル「I≒Little Prince ~わたし・ぼく『星の王子さま』~音楽朗読劇 星の王子さまより」に行きつきました。歌って踊るだけじゃなく、本当に大事なものはなんだろうと考えた時に、伝えるって難しいことだなと改めて思ったんです。上手に伝えるって難しいんだけど、「ことばで奏でる音楽会」は、“伝えることを育てること”を中心にやっているグループだから、すごく共感して。だから私は毎回、端っこの方でちょこっと参加するの。ちょこっとで申し訳ないんだけど、そこに自分を置いておいた方が、これからどんどん年をとっていくうえで、私自身の支えにもなっていくんじゃないかなと思うし。

――参加したのはいつからですか?

 2012年から。谷川俊太郎さんの詩を朗読したりね。最初は、ずっとオブザーバーでいたかったの。だけど今回はミュージカルっていうから、「私もちょっと出たいな」みたいなことを思わず言ってしまったのよ。でもね、考えてみたら私、カラオケも歌わないの。ほとんど声を出して歌うことはないのに、あれよあれよというまに、ことが進んで、ちょこっと参加させてもらうことになっちゃった。せっかく来てもらったのに、“現場リポーター、ミュージカル女優に転身!?”までいかないから期待はずれなんだけど(笑)、こんなことをやっているうちに私も将来、本気になるかもしれないし、そんなこんなで過ごしていることで長生きできるかなと。

 今回の出演者は、9歳のお子さんから私と同世代の85歳の方まで。やっぱり刺激も大切よね。子供さんたちはパワーがあるし、かなりのおじいちゃんたちも前からも参加してくださったりしているので、負けちゃいけないなみたいな。

画像

――そうした活動は被災地支援につながっていますが、東海林さんが現場を離れるきっかけになったのは、阪神淡路大震災だと聞きました。

 やっぱり、テレビの画面で伝えられることって、ちっちゃいのよね。自分が立っているところがものすごい現場で、全部360度映せればと思うんだけど、テレビは何インチかの画面の世界じゃないですか。映せる範囲って狭い。収まりきらない、伝えきらないな、と。

 取材をすると、いろんな方のいろんな人生があって、それも支えきれない。多分、これ以上やりきれないというのかな…。私がこれ以上伝えるのは難しいと思ったの。それと、その時はもうこの震災よりも悲惨なことは二度と起こらないって思った。だからもう、自分が現場に立たなくてもいいかなって。

 でも、また、どんどんどんどん、思いもよらなかった災害や事件が起こっているけど、もう自分では伝えきれない。それだけのエネルギーが、自分にはないような気がする。昔はね、現場に行かなきゃって思ったけど、やっぱりこちら側にパワーがないと、伝えきれないってことなんですよ。

 今、子供たちが自分の考えを言葉で伝えたりするのって難しいと思うんだけど、それを一生懸命ここで身につけるのは、とてもいいことだと思う。自分の言いたいこと、やりたいこと、表現することを伝える。だから、ここの子供たちには期待しているし、それを応援している大人たちと一緒に、そこにちょっと席を置かせていただくのがこれからの私の励みになるのかなと思う。

――現場には行かないけど、チャリティーという形で寄り添っているんですね。

 津波にのまれた子供たちのお母さんが書いた絵本を朗読した時、それを聞いたお母さんたちが同じ気持ちになって涙を流している。現場は見ていなくても、いろんなことを感じてくださったりしていることが、離れていてもできることなのかなと思ったりはします。

――年齢のお話をして申し訳ありませんが、83歳というご年齢で新しいことに挑戦するのは結構大変ではないかと。

 いや、大変よ(笑)。大変なんですよ。ちょっと足腰も弱ってきてるしね。何とかそこをすり抜けて、やれることがあったらいいなって。でも、応援してもらっているから出ている。多分、1人じゃなかなかできない。

画像

――現在のお仕事の中心は講演活動ですか?

 講演とインターネットの番組がメインです。講演はパワーがあるのよね。お年寄りが多い時には「元気に生きましょう」と。小さいお子さんのお母さんには子育てのことを。あと、葬儀社の手伝いをしているので、終活の話とか。消防署からは災害の話を一般の方向けにしてほしいという依頼もあります。現場でこういうことがあったので、こんなことに気をつけてほしいとか、どうやって命を守ったらいいのかとか。多分ね、自分が経験してきたことだから話せると思うのよね。

――東海林さんといえば、「現場の東海林です」という言葉があります。その現場に行く時に大切にされていたことはなんですか?

 実は、「現場の東海林です」というのは、実際に私は言ってないんですよ。言っていないのに言っているように聞こえた…というところから、バラエティーで使われ始めた言葉なんですが、それはいつも現場に立っていると思ってもらえていたのかなと。

 現場ではやっぱり、できるだけ細かいところまで伝えられるように頑張ろうと。それにはエネルギーも気も使います。真実に突き当たったらいいんですけど、そのために、一生懸命努力をしようと。あとは、現場に行くと亡くなった方のところに取材をしなければいけないので、数珠を持って行くとか、お清めの塩を持って行くとかはやっていました。

――ワイドショーのリポーターは、いつ何が起こるか分からないから、いつでも取材に行ける体勢でいなければいけないという鉄則がありますが、東海林さんもいつでも取材に行けるように準備していたと聞きました。

 いつ飛んで行ってもいいように、服は大体、黒っぽいもの。何か起きた時に、それが大変な現場であっても、自分が現場で伝えたいという気持ちは正直ありました。“いつでも出られますよ”という感じは、持っていましたし、出していました。

 それと、いつ食事ができるかも分からないから、ちょっとお腹に溜まる塩昆布はかばんに入れていました。

――事件取材も多い中、「なぜ被害者や悲しんでいる人にまでマイクを向けるのか」というワイドショーリポーターへの批判についてはどういう思いでしたか?

 ワイドショーのリポーターというのは、最初からズカズカといろんなところに入っていってというイメージを皆さん持っている。時々、現場でワイドショーには取材させないということもありました。ただ、誠心誠意伝えていけば理解してもらえることもあるので、そこは頑張りました。

 あと、ワイドショーは家庭の奥さんたちが見ているので、少し観点を変えて、もっと身近に、でも真実を伝えられることがあればと思ってやってきました。それでも、なかなか理解してもらうのは難しかったですね。

――今でも事件の被害者の方とのお付き合いはありますか?

 お手紙をいただいたりすることはあったのですが、それにお返事を書いてつながっていくと、お相手の方は思い返してしまってつらいだろうなと思って。阪神淡路大震災の時に助かった小学校4年生の男の子も、いる場所は分かるんですけれど、お母さんを亡くしているし、新しい人生を歩んでいるので、時々、取材で連絡を取れませんかと言われることがあってもお断りしています。

 たとえば、変な話ですけど、犯罪を起こした少年に対して、断罪するだけじゃなく、どうしてそうなったのか考えた時に、取材で家庭環境とかが分かってしまうと、その少年だけの問題ではないなと…。別の家庭に育っていたら、こんなことにはならなかったのかもしれないと。犯罪を犯しているのでなかなか理解してもらえないとは思いますけど、そういう子供たちのことはいつまでも心の中には残っていて、忘れられないですね。

――最近のワイドショーに感じることありますか。

 自分たちがやっていた頃は、最初から最後まで自分で取材することができたので、それによって浮き彫りになることもけっこうありました。でも、最近はいいか悪いかある程度の情報が先に出ていることが多い。だから取材者側としては、取材によって真実に近づく醍醐味みたいなものを感じることが少なくなっているのかなと思うことはあります。

――今、夫婦生活は何年ですか?

 かれこれ60年近いですね。私が26歳で主人が23歳の時ですから。夫婦円満でなんとかやっています。もうある程度になると、友達みたいなものよね。まぁ、最初から友達として始まるんだけど、最終的に夫婦っていうより相棒みたいな感じになっていくんですかね。

――東海林さんは結婚、子育て、仕事と全てやってこられましたが、今、同じ状況で頑張っている人にメッセージをお願いします。

 いろんな大変なことがあっても、乗り越えられるんじゃないかなと思うことが大切かなと。それって精神的なことなんだけど、“もうこれで力尽きちゃう”じゃなくて、“もうちょっと先に行けるかな”って思うことがすごく大事なんじゃないかなって。

――今回のチャレンジ、同世代の方も勇気をもらえると思います。同世代の方へのメッセージもお願いします。

 何かちょこっと、「これやってみたいな」とつぶやくことが大事。自分がやりたいこと。そこから一歩が始まることがあります。周りの人の力で何とかなったりする。“それだったら私知ってるわ”となることもある。夢でも何でもいいんだけど、とにかく声に出してみてください。私の今回の挑戦も、それが始まりですから。

画像

(撮影:長谷川まさ子)

【インタビュー後記】

 今はリポーターとして芸能専門となった私ですが、以前は事件や事故取材も担当しており、現場で東海林さんをよくお見かけしました。リポートする時の凛とした立ち姿、取材する時の相手に寄り添っている姿に、少しでも近づきたいと思っていました。東海林さんに教えてもらったことで忘れられない言葉があります。「私は現場で人よりちょこっとだけ頑張るのよ」。もうここで終わりって思った後に、もうちょっとだけ頑張る、粘る。それが大切なんだと。今の私はそれができているのか…。反省。

■東海林のり子

1934年生まれ。ニッポン放送アナウンサーを経てフリーに転じ、フジテレビ系「3時のあなた」や「おはよう!ナイスデイ」で3000件を超える事件事故の現場をリポート。現場に立つ者にしか伝えられない、視聴者の心に響くリポートで知られる。2012年からは一般社団法人EXPRESSIONの理事も務め、5月13日には東京・渋谷区文化総合センター大和田伝承ホールで上演される「I≒Little Prince ~わたし・ぼく『星の王子さま』~音楽朗読劇 星の王子さまより」で舞台に初挑戦する。