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医療従事者へ感謝を あの熱気はどこへ行ってしまったのか

原田隆之筑波大学教授
(写真:ロイター/アフロ)

 コロナ禍では、いろいろな分断や衝突が起こっています。なかでも、医療従事者や感染症の専門家へのバッシングが、SNSなどを中心に激しくなっています。誰もが不安や不満を抱えるなかで、「目に見える敵」「叩きやすい標的」を求めて攻撃をしているかのように見えます。

 昨年末、コロナ禍の1年を振り返って、大阪大学教授・忽那賢志先生にいろいろとお話を伺いました(医学と心理学の対話:この1年、われわれはコロナとどう闘ってきたのか)。また、第6波に向けて何をすればよいかという点についても詳しく説明していただきました(新型コロナウイルスの第6波、何をしたらいい? 医学と心理学からの視点)。そのなかで「専門家へのバッシング」や専門家のメンタルヘルスという問題もクローズアップされました。

 第6波への入口に入ったと言われるいま、専門家や医療従事者が、コロナ対策、コロナ患者の治療、ワクチン接種、そして日常の医療などに忙殺される日がまた来るのは目に見えています。今、医療従事者への感謝の気持ちを新たにしつつ、いわれのないバッシングや攻撃に対処することは、重要な社会的な課題ではないでしょうか。

 なぜなら、専門家や医療従事者への攻撃は、人権上許されないというだけでなく、他人事ではないからです。そのような卑劣な攻撃によって、彼らのモチベーションが下がったり、心身的な疲弊に至ったりすると、本人はもとより、社会としても大きな損失となります。

(*この対談は、2021年12月7日に行われました)

専門家へのバッシング

原田:最近の傾向で気になっているのは、専門家へのバッシングです。例えば、感染状況が落ち着いてもう半分コロナが終わったみたいな感じになっているときでも、専門家の先生は耳に痛いことを言わざるを得ないわけですよね。「いつまでもそれは続きませんよ」とか「ワクチンをまた打たなきゃいけませんよ」「第6波は必ず来ますよ」とか。それはもちろん科学的な知見に基づいた意見、あるいは現実的な提言であっても、みんな嫌なことは聞きたくないので、そうすると反発をして、もうどんどん専門家とか医療従事者に対する反感みたいなものが広まっていくということになる。最初の頃は「医療従事者に感謝を」なんて言って、ブルーインパルスまで飛ばしていたのが、最近、すごく反発が目立つようになってきたように思います。専門家が「医療崩壊が起こる」と警告すると、「お前たちがちゃんとしないからじゃないか、病床はいっぱい空いているじゃないか」とか。何かこういう分断や反発がすごく強まっているように思うんです。先生は、どういうふうにお考えになっておられるでしょうか。

忽那:多分、皆さんだいぶストレスがたまってきているところもあると思うんですね。それが、だんだんと医療従事者とか専門家とかにも向かってきているなというのは感じています。日経新聞などはずっと「日本の医療体制に問題がある」「そこを何とかしろ」みたいに報じて、メディアが煽っているところもあるんです。おっしゃるとおり、専門家が危機を煽っているわけではないんですけれども、科学的にはやっぱり第6波が起こらない理由はないので、当然、それに備えて「ブースター接種をしましょうね」ということをもちろん伝えていかないといけないわけです。

 ただ、そういうことを言っていると、おっしゃるとおり、Twitterとかでまた叩かれたりすることが多々あります。これは、まあしょうがないのかなという気はします。私自身はTwitterで何か書いても、コメントは絶対に見ないようにしていますし、完全にスルーするようにします。今はこういう異常な時期がもう2年間続いていて、非常事態ですのである程度仕方ないかなと。私に敵意を持つ人もたくさんいると思いますし、そこは私自身はあまり気にしないようにはしています。けれども、専門家全体や医療者全体が何かいろいろ批判されるのはちょっとどうなんだという気はします。

原田:こういうような分断みたいなのが起こるのは本当に怖いですね。もちろん、専門家個人を叩くのも問題ですけれども、科学とか医療とかに対しても、反医療みたいな気持ちが高まって、そこで変なスピリチュアルのようなものに走ったりとか、こういう反発はすごく怖いなというふうに思います。

忽那:そうですね。反ワクチンの人たちが、なぜかイベルメクチンの人たちと親和性が高かったりして、「ワクチンを打たなくてもイベルメクチンがあるから、俺はコロナにかかっても大丈夫だ」とか。分断はあるんですけれども、その中でも共同して反医療になったりとか反専門家になったりして、何か本当に面倒くさい病気だなと思います。

原田:そうですね、だからやっぱり私も、コロナで一番厄介だなと思うのはそこなんですね。人間というのは、みんな密に群れて楽しんで、会話をしたり手を握ったり、そういう密接なコミュニケーションみたいなことが大事であるし、それがいろいろなストレスを晴らしてくれるし、楽しみでもあるのを、「あれもするな、これもするな」ということになってしまっている。もちろん、これはコロナが悪いんだけれども、「これをしてはいけませんよ」というのは専門家の口から出るので、「あいつは、またうるさいことを言う」というふうに敵意が向けられる相手になってしまうのですね。それがすごく厄介な病気であるなというふうに思います。でも、先生はスルーされているのがすごいなと思って、私は誹謗中傷などは放置しないで、度を越したものに対しては、きちんと裁判をすることにしています。「ドクターX」じゃないけれども、「私、訴訟に負けたことがないので」(笑)。

忽那:そうなんですね、そのへんちょっと私も、やり方が分からないんで放っておいているだけなんですけれども。具体的な選択肢を知った上で手段が分かれば、度が過ぎるものには対応した方が良いかもしれませんね。さすがにこれはどうなんだとか思うこともあります。

原田:私に対する誹謗中傷などはかわいいものなんですけれども、医療従事者や専門家の先生方に今、熾烈(しれつ)な度を越したような攻撃とか、あるいは脅迫みたいなことが起こっているのは、メンタルにもいろいろ影響を与えるでしょうし、どうにかならないのかなと思います。

誤情報やデマとその対策

忽那:このコロナで思うのは、結構、人間の本性が出てくる病気なのかなという気がしていて、「本当はこんな変なことを言う人だったんだ」みたいなことが結構分かったりして、そのへんも含めて興味深いなと思います。コロナになっても一貫してあんまりぶれない人もいれば、感染症専門医と言われる人のなかでも何か変なことを言い始める人がいたりとかして、興味深いなと思います。

原田:そうなんです。だから、これは私も心理学者として、コロナ禍で起きているいろいろな人間模様や、そこで露わになった人間性などについて、興味深く観察しているところなんです。今、専門家という話が出ましたが、専門家と言われる人のなかでも変な情報を発信している人がいますね。悪意を持ってやっているのか、それとも商売でやっているのか。こうした人々がいろいろと本を出して、ものすごく売れているわけですよね。

忽那:そうですね。

原田:新聞の1面に広告が出たりとか、本屋に行ってもズラーっと平積みされていたりとか。でも、言論統制をするわけにもいかないし、なかなか難しいんですけれども、医師免許を剝奪するとか、医療の世界のなかで何か自浄作用みたいなことというのは、なかなか難しいんでしょうか。

忽那:そうですね、医療の世界では、例えば「がんの治療はするべきじゃない」みたいなことをずっと言っている変な人がいたりして……。

原田:「がんもどき」の先生ですね。

忽那:ああいう人ってやっぱりずっといるんです。そして、そこに「信者」という人たちが現れてしまうのです。多くの医療者は「何か変なやつがいるな」という程度にしか思っていないんですけれども、そこに医師・患者関係が生まれてたくさん崇拝する人が出てしまうので、なかなか廃れないということなんだと思うんです。でも、決して科学的に正しいことを言っているわけではない、これもエビデンスではないということです。なので、そこもやっぱりリテラシーの問題もあるのかなという気はします。

原田:だから、例えば、学会とか専門家のなかでは異端視されて相手にされなくても、信じる人がいると実害が出るわけですね。それを信じてすがってしまえば、標準治療を放棄してしまって、救われるものも救われなくなったりとか、そういうおかしなことになってしまいます。でも、彼らは、着々と医師という専門性を背景にいろいろな活動をしているわけで、これは今のところは、それこそ「がんもどき」じゃないけれども放置するしかないんでしょうか。

忽那:そうですね、何とかしないといけないと思うんですが、確かに弾圧するわけにはいかないですよね。何かできるとすれば、学会とかが声明を出すとか、科学として間違っているということをきちんと言っていく必要があると思います。でも、そういう信者の人たちは、別に学会が言っているからといって、「私はこっちの先生を信じる」ということになっちゃうんだと思うんですけれどもね。

原田:難しいですね。でも、他のデマと違って、医療のデマというのは人の命にかかわるものなので、結果が重大ですね。ワクチンに関しても、今は8割の人が打っているからといって次はどうなるかも分からないし、HPVのワクチンのことでも痛いほど専門家の先生方は経験しておられると思いますけれども、あっという間に報道の影響でがらりと態度が変わってしまうことがある。それまで80%の人が打っていたのに、接種率ほぼゼロなどとなってしまう。この怖さというのはすごくあるんじゃないかなと思います。

忽那:そうですね。

効果的なリスクコミュニケーション

原田:いろいろと論文を読んでみると、情報提供だけでは人の行動や心は変わらない、正確な情報提供をしてもそれだけでは反発をするというようなことが書かれています。今、先生がおっしゃったような、声明を出す、「科学者として、これは正しくない」と言うことはもちろん大事ですし、それにも一定の効果はあると思うんです。けれども、広く一般の人に届くためにはコミュニケーションの仕方が大事になってくると思います。そこが感染症専門家の先生方も、考えあぐねているところかもしれません。一般の人にどうやればヘルスリテラシーを高めてもらえるのか、情報を受け取ってもらえるのか、このへんはやはり、今後にかけて重要なテーマになってくると思いますがいかがでしょうか。

忽那:リスクコミュニケーションという言葉がありますが、CDC(アメリカ疾病予防管理センター)とかは、リスクコミュニケーションの専門家がいるんです。で、どういう伝え方がいいのかとかいう教科書もあったりするんです。でも、日本は感染症に関してはリスクコミュニケーションの専門家がいないというのが、やっぱり今回のこのコロナにおいても弱点だったのかなという気がします。そのへんは、結局、政府というよりは、私なんかが言うのはおこがましいですが、私とか市中の専門家とかがある程度代弁するというんですか、何かそういうところがあったわけです。これって本来は、例えば、国立感染症研究所にリスクコミュニケーションの専門家がいるとか、そういうことが、もちろん政府、厚生労働省でもいいと思うんですけれども、正しいメッセージや行動変容などについても、しっかりコミュニケーションを取る、デマや反発などといったところも踏まえた上でどう伝えるのかというようなことを専門家が行う。これが必要なのかなという気がします。

原田:政府の記者会見なんかを見ても、もうちょっと何かコミュニケーションの専門家が前面に出てきてほしいなというふうには思っておりましたけれども、それは今後の1つ大きな現実的な課題だというふうなことになるんでしょうか。

忽那:そうですね、そうだと思います。

医療従事者の心身のケア

原田:もうそろそろお時間なんですけれども、先生も本当に身体的にも、あるいはメンタル的にもお忙しかったと思いますけれども、皆さん、専門家の先生方はメンタルケアなんていうのはどういうふうにされているんでしょうか。

忽那:いや、それは本当に課題だと思います。感染症専門家のなかでもやっぱり燃え尽きてしまうという人もいるんです。これだけのパンデミックってもちろん感染症専門家もまったく初めての体験ですから。これだけ事態が大きくなると、感染症専門家の意見よりも病院の幹部の意向のほうが優先されたりとかということも多々あったりして、感染症専門家も自分のモチベーションが保てないとか、そういうことが結構起こったりしています。ですので、われわれのメンタルケアって誰かがしてくれたらいいなと思っているんです。

 私は幸い良い職場にも恵まれて楽しくやっていますけれども、そうじゃない専門家も日本全国にいて、世界中にも恐らくいるんだと思います。現場で感染対策の指揮を執らないといけないなかで、現場と幹部との間に板挟みになったりとか、メディア対応とかもあります。そういうときに、メンタルケア、例えば精神科の先生方が定期的にコロナの診療をしているスタッフに面会、面談してくれるというようなことは、国立国際医療研究センターという前にいた病院とかではやってはいたんです。ですので、そういう仕組みも1つだと思います。

原田:本当にそうですね。1回、ブルーインパルスを飛ばして終わりだけではなくて……。

忽那:そうですね(笑)。あれはあれで良かったですけど。

原田:何か忙しくて当たり前で、「専門家なんだから、医師なんだから」というふうなことではなくて、やっぱり一人の人間であるので、心も体も本当に限界のなかで皆さん仕事をしていただいて、それで今の落ち着いたコロナの状況もあるんだと思いますし(※この対談は、2021年12月7日に行われました)、今後もまた活躍していただかなければいけないとは思うんですけれども、そのへんを軽視するようなことがあってはいけないと思います。あるいは、もちろんご本人も使命感を持ってやっておられるからその間はいろいろなところが保てていても、われわれもそれに甘えてはいけないと思うので、何らかの心身のケア体制といいますか、もっともっとこれは充実しなきゃなというふうに思って今、お話を伺いました。

忽那:ありがとうございます。

原田:伺いたいことはいろいろお伺いできたと思いますが、先生のほうから何か最後に一言、言い残したこととかがもし何かあればおしゃっていただければ。

忽那:私も正しい情報を伝えるということをこの2年間、自分のなかでやってきたんですけれども、そこのなかで、情報が届きにくいところがあるということで、今、YouTuberの人と一緒に動画に出たりとかアウトリーチをやっていたりするんです。けれども、実際に、先生がおっしゃったとおり、事実を伝えたところで行動が変わらないというところも多分あるので、そのあたりは本当に先生方のような専門家と一緒に何かうまくやっていけたらと思います。特にワクチン接種とかはそういうところが大きいと思うのでご一緒に何か活動ができればと思いますし、また、定期的に先生に何かご相談というか、こういうお時間が持てればと思いますので、ぜひよろしくお願いいたします。

原田:こちらこそ、どうもありがとうございます。本当に今日はお忙しいなか、お時間をいただきまして、感謝いたします。本当に、お体にもメンタルにもくれぐれも留意されて、ますますご活躍くださいますよう、お願いしたいと思います。

忽那:ありがとうございます。

対談の第1弾「医学と心理学の対話:この1年、われわれはコロナとどう闘ってきのか」(2022年1月5日公開)

第2弾「新型コロナウイルスの第6波、何をしたらいい? 医学と心理学の視点

(2022年1月7日公開)

も併せてご覧ください。

【この記事は、Yahoo!ニュース個人の企画支援記事です。オーサーが発案した企画について、編集部が一定の基準に基づく審査の上、取材費などを負担しているものです。この活動は個人の発信者をサポート・応援する目的で行っています。】

筑波大学教授

筑波大学教授,東京大学客員教授。博士(保健学)。専門は, 臨床心理学,犯罪心理学,精神保健学。法務省,国連薬物・犯罪事務所(UNODC)勤務を経て,現職。エビデンスに基づく依存症の臨床と理解,犯罪や社会問題の分析と治療がテーマです。疑似科学や根拠のない言説を排して,犯罪,依存症,社会問題などさまざまな社会的「事件」に対する科学的な理解を目指します。主な著書に「あなたもきっと依存症」(文春新書)「子どもを虐待から守る科学」(金剛出版)「痴漢外来:性犯罪と闘う科学」「サイコパスの真実」「入門 犯罪心理学」(いずれもちくま新書),「心理職のためのエビデンス・ベイスト・プラクティス入門」(金剛出版)。

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