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早すぎる三浦春馬さんの訃報:自殺に関して、われわれが知っておくべきこと

原田隆之筑波大学教授
(写真:GYRO PHOTOGRAPHY/アフロイメージマート)

メディアはどう報じるべきか

 俳優三浦春馬さん死亡のニュースが報じられたのは、7月18日土曜日の午後でした。人気俳優の突然の訃報にメディアは騒然としています。報道によると自殺の可能性があるとのことです。私はその直後に、あるメディアからの依頼を受け、自殺に関して一般の人々が知っておくべきことや、メディアの報道に関する注意点などについて寄稿しました(現代ビジネス「三浦春馬さんの突然すぎる死・・・自殺大国で私たちやメディアができること」)。

 しかし、その後の報道の洪水を見ると、残念なことに自殺の方法や場所などが具体的に報じられていたり、その原因を単純化して推測したりする記事があふれています。

 メディアの報道に関しては、世界保健機関(WHO)による「自殺予防 メディア関係者のための手引き」が出されています。そこでは、以下のような点が列挙されています。

  • 努めて、社会に向けて自殺に関する啓発・教育を行う。
  • 自殺を、センセーショナルに扱わない。当然の行為のように扱わない。あるいは問題解決法の一つであるかのように扱わない。
  • 自殺の報道を目立つところに掲載したり、過剰に、そして繰り返し報道しない。
  • 自殺既遂や未遂に用いられた手段を詳しく伝えない。
  • 自殺既遂や未遂の生じた場所について、詳しい情報を伝えない。
  • 見出しのつけかたには慎重を期する。
  • 著名な人の自殺を伝えるときには特に注意をする。
  • 自殺で遺された人に対して、十分な配慮をする

(札幌医科大学 河西千秋教授 訳)

 ここでは特に、著名人の自殺の影響の大きさを考えて、センセーショナルな報道を控えるべきことや、自殺の方法などについて具体的に報じないことなどを求めています。著名人の場合は、一般の人々に与える影響が大きいことがその原因です。

 さらに、いくら著名人であっても、一人の人間であることは変わりません。亡くなったあとに、その具体的なことをことさら詳細に報じられることは、個人の尊厳に対する冒涜です。また、残された家族なども、繰り返し報道されることによって、さらに傷を深めてしまううえ、プライバシーを侵害されることもあります。

自殺のリスクファクター

 自殺の報道に関して、専門家がさらに求めていることは、自殺の原因を単純化せず、そのリスクファクターを正確に伝えるということです。

 仕事のストレスがあった、繊細な性格であったなど、単純な理由で第三者があれこれと無責任な推測をすることはやめるべきです。

 自殺のリスクファクターとして、日本精神神経学会は、以下のようなものを挙げています。このような要因が複雑に組み合わさって自殺は生じると考えるべきなのです。

個人的要因

  • 過去の自殺企図・自傷行為歴
  • 心身の疾患の罹患やその悩み(うつ病、病苦)
  • アルコール、薬物の乱用
  • 孤立や社会的支援の欠如(悩みを相談したり、支援してもらえる相手がいない)
  • 自殺につながりやすい心理状態や性格(不安、衝動性、絶望感、攻撃性)
  • 家族歴

状況的要因

  • 喪失体験(身近な者との死別、失恋、人間関係の破綻など)
  • 過去の苦痛な体験(被虐待歴、いじめ、犯罪被害など)
  • 職業・経済・生活上の問題(失業、多重債務、生活苦、不安定な生活)
  • 自殺手段への容易なアクセス(毒劇物や刃物などが身近にある)
  • ストレスの大きなライフイベント

社会文化的要因

  • 支援を求めることへの偏見や抵抗感
  • 支援へのアクセスの障害
  • 特定の文化的・宗教的信念
  • 他者の自殺行動を見聞きすることの影響

自殺についての誤解

 自殺については、一般に大きな誤解があることも指摘されています。

誤解

1. 自殺を口にする人は本当は自殺しない。

2. 自殺の危険の高い人の死の意志は確実に固まっている。

3. 自殺は何の前触れもなく生じる。

4. 極度の抑うつなどの危機的状況がおさまって症状が改善すると、二度と自殺の危機は起きない。

5. 自殺は予防できない。

 

事実

1. 自殺した人のほとんどはその意図を前もってはっきりと打ち明けている。

2. 大多数の人は死にたいと言う気持ちと生きていたいという気持ちの間を揺れ動いている。

3. 自殺の危険の高い人はしばしば死にたいというサインを表わしている

4. うつ病の最盛期は自殺するエネルギーすらないことが多い。いったん改善してエネルギーが戻ってきて、絶望感を行動に移すことができるような時期にしばしば自殺が生じる。

5.大多数は予防が可能である。

(平成14年度厚生労働科学研究費補助金「自殺と防止対策の実態に関する研究」研究協力報告書をもとに作成)

いまわれわれは

 われわれは、自殺に対して正確な知識を持つことが大切です。それが自殺をきちんと理解し、正しい対処や予防が取れるようになる第一歩だからです。

 新型コロナ感染症の不安にさらされるなかで、否が応でもわれわれは人間の弱さに直面させられる日々が続いています。われわれは、自然はコントロール可能で、感染症などは制圧したという愚かな勘違いをしていました。人間の都合で世の中が回っていると錯覚していました。

 その勘違いや錯覚から目を覚まされ、大きな不安や先行き不透明感が世界を覆っています。

 しかしその反面、命の儚さと尊さにも気持ちを新たにしているのではないでしょうか。命が有限であり、自分ではコントロールできないものだという事実は、どうしようもありません。しかし、だからこそその儚さと尊さを噛み締めているのです。

 今回の訃報に対しても、センセーショナルなニュースとして消費するのではなく、失われた命と遺された人々のことに思いをはせ、静かに手を合わせる気持ちを忘れないようにしたいものです。

 謹んでご冥福をお祈りします。

筑波大学教授

筑波大学教授,東京大学客員教授。博士(保健学)。専門は, 臨床心理学,犯罪心理学,精神保健学。法務省,国連薬物・犯罪事務所(UNODC)勤務を経て,現職。エビデンスに基づく依存症の臨床と理解,犯罪や社会問題の分析と治療がテーマです。疑似科学や根拠のない言説を排して,犯罪,依存症,社会問題などさまざまな社会的「事件」に対する科学的な理解を目指します。主な著書に「あなたもきっと依存症」(文春新書)「子どもを虐待から守る科学」(金剛出版)「痴漢外来:性犯罪と闘う科学」「サイコパスの真実」「入門 犯罪心理学」(いずれもちくま新書),「心理職のためのエビデンス・ベイスト・プラクティス入門」(金剛出版)。

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