人を採用したり選抜したりするとき、能力が高いと思って選んだ人が実際にはそれほど力を発揮しなかったり、あまり能力が高くないと思っていた人が実際には高い能力を発揮するようになることがあります。

人の将来を予測するのは難しいことですし、普段採用に関わることが少ない方がその立場になった場合、なおのことではないでしょうか。

こうした予測と実際のズレがなぜ起こるかは、もちろん色々な要因が関係すると思われますが、この記事では、誰かを採用したり選抜したりするときと、実際にその人が力を発揮する場面で必要とされる能力のズレに注目して、2つのケースを例に考えていきます。

1つ目のケースは、「必要とされる能力が、実際には選考されていない」ケースです。

画像

例えば、技能五輪に参加する選手を選ぶ場面。選手を選ぶ人(技能五輪参加企業や学校の人)が、「選手には対応力が必要だ」と考え、対応力を基準にしたとします。そして候補者に技能試験を受けてもらったところ、AさんとBさんは以下のように判断しました。

どちらの人の方が、対応力があるといえるでしょうか。

Aさん:作業中、あるミスが発覚した。今やっている作業を一度止めて、ミスのリカバリを始めた。

Bさん:作業中、あるミスが発覚した。しかし、今やっている作業をそのまま進め、ミスのリカバリをしなかった。

一見すると、Aさんの方が対応力を感じます。

しかし、どちらが適した判断かは、その作業の難易度や制限時間、リカバリに要する手間、ミスの大きさといった文脈的な要因が影響するため、一概にはいえません。

実際に、技能五輪では、残りの作業時間が少なく、ミスの減点が小さくて、リカバリの手間が多い場合、リカバリをしない方が望ましい場合もあります。なぜなら、ミスを取り戻したいという衝動をコントロールし、残りの作業を高い精度でやる方が、競技の観点では重要だからです。そのため、こうした状況では、Bさんの方が「対応力がある」判断といえます。

ところが、「対応力とは何か」を、選ぶ側が直感的なイメージだけでとらえていると、Aさんを「対応力がある」と考え、採用する可能性があります。

もしかしたらAさんにとって、技能五輪で求められる対応力、つまり、「時間がなければミスしてもリカバリしないという判断をする」ことは、難しいのかもしれません。もちろん実際にはAさんとBさんの判断は、どちらも対応力の一部と考えられますし、その後の訓練で身に付けるる可能性もあります。

心理学者としてはじめてノーベル経済学賞を受賞し、行動経済学の父といわれるダニエル・カーネマンは、著書「ファスト&スロー」で、人の適性を評価する場面では、選ぶ側の主観の影響などで、直感が誤りやすいことを指摘しています。その対策として、内面を知るような質問よりも、事実について尋ねることを重視し、

  • 適性を6つ程度に絞り込む(例えば責任感、社交性など)。
  • それらについて、内面ではなく経験を尋ねる質問をいくつか準備する。
  • 誰に対しても同じ順番で同じ内容の質問をする。
  • それぞれの適性について質問し終わるごとに採点する。あとでまとめて採点しない。
  • 面接官は最後に、適性を評価する(5段階評価など)する。
  • 最後に、点数が最も高い人を採用する。

といった方法を提案しています。

カーネマンは、直感が価値をもたらすのは、「客観的な情報を厳密な方法で収集し、ルールを守って個別に評価した後に限られる」と述べています。

「対応力」の判断をこれらの基準に照らし合わせてみると、「対応力とは何か」と具体的に定義した上で、その発揮が問われるような場面の質問や実技試験をいくつか用意し、候補者の回答を参考に対応力を5段階などで評価すると、選ぶ側の先入観や認識のズレが少なくなるかもしれません。

2つ目のケースは、「そもそも想定していない能力が実は必要とされている」ケースです。

画像

採用・選抜したあと、その人が知識や技能を伸ばしていけるかは、その人が選抜段階で持っているものに加えて、選抜された後の環境や、教える側の特徴、習得する知識・技能のそのものの特徴、周りにいる他の人との関係や競争などがかかわります。

それらに加えて、持っている知識・技能を「発揮するための技能」も重要と考えられます。

例えば、技能五輪では、厳しい制限時間の中、大量の作業を完成度高く仕上げる必要があるため、選手は大きなプレッシャーを感じ、作業中は不安やイラ立ちといったネガティブな感情が高まりやすくなります。

ネガティブな感情が高まると、視野が狭くなる、細かな動きの精度が落ちるなど、頭や体の働きに影響するため、自分の感情バランスが変化するのを認識して、それに対処する技能が不可欠です。こうした技能に習熟していないと、せっかく能力が高くても、その力を発揮することが難しくなります。

さらに、技能五輪選手は、おおむね2年程度で、10年程度の熟練者に相当する技能を習得しなければならないと言われています。

そのため訓練の負荷は高く、選手はこれまで解決したことのない課題や、過去の成功ケースが当てはまらないような課題に常に直面します。

それらの解決方法を試行錯誤し、学んだことを記憶にとどめ応用するなど、学習し、努力を続ける能力も選手の成長には重要と考えられます(もちろん、それを可能とする環境も同じように重要です)。

そうした能力の中でも、例えば自制心*1や、やり抜く力*2は、科学的にその効果が検証され、研究者が一般向けに書籍を出していることもあり、近年注目されていると感じます。

ただ、感情のバランスを保つような「実力発揮のための技能」や、知識・技能を高度に身に付けるために不可欠な「学習の技能」、それを続けるための自制心、やり抜く力などは、知識・技能そのものではなく、その背景にある文脈的な要因です。そのため、知識・技能と比べて目に見えづらい面があります。

それゆえ、これらの文脈的な要因は、選ぶ側が能力を見るときの視界に入りにくく、結果的に必要とされる能力と実際に選んだ能力にズレが生まれる可能性があります。

ここまで、選ぶときの判断基準を軸に、「想定している能力が実際に選考できていな」ケースと、「そもそも想定していない能力が実は必要とされている」ケースを取り上げ、能力を見る視点のズレについて書いてきました。

採用や選抜の面接が写真撮影に似ていると感じます。写真は、ある時点で、被写体のある部分にピントを合わせた静止画です。

ところが、ピントを合わせたつもりが実際にはぼけしていたり、そもそもピントを合わせた部分とは違う部分が重要なこともあります。

また、写真うつりを良くする方法はいくらでもあり、そこに写る候補者の特徴は、その人が普段から発揮しているものとは限りません。

したがって、ズレを減らすためには、どこにピントを合わせて、何を写し、何を写さないかなどを言語で定義し、共有することが効果的かもしれません。また、言語化して共有すれば、もしズレていても、定義をどう修正すれば精度を高められるか、あとから検証しやすいのではないでしょうか。

とはいえ、面倒で手間がかかることなので、まずはできそうなことからやってみてもいいかもしれません。

  • 1ウォルター・ ミシェル著, 柴田 裕之訳「マシュマロ・テスト」
  • 2アンジェラ・ダックワース著、神崎朗子訳「グリット」