イルカが大事?それとも・・:選好の逆転

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船と並走するイルカ。「キュー」とかわいい声で鳴くイルカ。水面から顔を出しこちらを見つめるイルカ。ペリー来航の地として知られる静岡県下田市の伊豆下田海中水族館では、イルカと一緒に泳ぐことができます。一度行ったことがあるのですが、イルカと一緒に子どもが何人か泳いでいて、とても気持ち良さそうでした。いつか体験してみたいものです。海豚をイルカと読むと知ったときはなんかちょっとショックでした。

そんなイルカを題材にした実験があります。題材といっても、イルカを実験体としたわけではありません。あなたも実験参加者の気持ちになって、一緒に考えてみてください。

あなたは次のようなEメールを受けとりました。「イルカの生息地の多くは汚染に脅かされており、このままではイルカの数は次第に減っていくと危惧されます。そこでこのたび、汚染のない安全な場所をイルカのために確保しようと特別基金を設立し、みなさまのご寄付をお願いする次第です」。あなたはいくら寄付しますか?「寄付はしないことにしている」という方も、この場だけはちょっと考えてみてください。

寄付額は決まりましたか?

今度は、別の寄付をお願いされました。内容はこうです。「長時間太陽光線にさらされる農業従事者は、一般の人に比べて皮膚ガンの発生率が極めて高くなっています。ひんぱんに検診を受ければ、発症リスクを大幅に減らすことができます。そこで私たちはこのたび、ガン検診を強化するための基金を発足させました」。この基金に寄付をするとしたら、いくらにしますか?

では最後です。イルカと農業従事者を比べてください。あなたはどちらに多くの寄付をするでしょうか?

ここで、「ん?」と思った方もいるのではないでしょうか。最初にイルカへの寄付額をきかれたときは、イルカのことだけ考えればよいのでした。でも、農業の人への寄付額と比べるとなれば話は別です。頭に「イルカは動物。農業の人は同じ人間。イルカの額より人間の額が少ないのってどうなんだろう?」という考えが浮かんだりしたのではないでしょうか。

実験の結果、評価の仕方次第で金額が逆転することがわかりました。イルカの寄付額だけ、農業の人の寄付額だけを決めてもらった場合、つまり単独で評価した場合はイルカの寄付額の方が高くなりました。しかし、2つを比べてどちらの額を多くするか決めてもらった場合、つまり並列評価の場合は農業の人の方が額が高くなりました(下図はイメージ)。単独評価では高かったイルカの評価が、並列評価では逆転したのです。

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こうした評価の逆転現象を、選好の逆転といいます。

選好の逆転は、「それ単独で考えた場合と、何かと比べた場合で、見方が変わる」可能性を示しています。私たちは日常生活の中で、気づかないうちに単独評価していることがあります。それを並列評価をしてみると少し考えが変わるかもしれません。例えば、欲しいもの。私はアマゾンをよく使うのですが、「あ、これ欲しい」と思う本を見つけると、すぐにショッピングカートへ送ります。そのときは、すごく欲しい。でもそこで買わないで、何冊かたまるまで買うのを待ちます。それからショッピングカートに入っている他の本と並列評価します。もちろん時間がたったこともあるのでしょうが、おかげで衝動買いをしなくてすんでいます。ただショッピングカートの肥やしが増えてしまいますが。

私が活動している就労支援の場面で考えると、たとえばさまざまな経験に由来し、ハローワークや就労支援機関にいくのがとても不安でなかなか行動を起こせない方もいます。考え方を吟味する方法の1つとして、「この不安は、過去に乗りこえたあの不安と比べるとどっちが大きいのだろう」などの並列評価をしてみると、不安な気持ちが少しかわることもあります。また、仕事などで失敗したとき、「あのときの失敗と比べて大きいのか、小さいのか」などと考えてみると、失敗を必要以上に否定的にとらえずに済むかもしれません。狭い枠組みで考えるより広い枠組みで考える方が合理的な判断ができるといわれています。「比べる」ことで、まさに広い枠組みへと自分の見方が拡がるのです。

実験では白黒ついたようですが、現実ははっきりしないこともあります。イルカも大事、農業の人も大事。だから同額、という判断だってあると思います。比べて考えて納得した上での判断ならそれもありでしょう。比べなかったら「どっちも大事に思っているんだ」という自分の価値観に気づかなかったかもしれません。だとすれば、無駄ではないと思います。

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参考にした主な文献

□ファスト&スロー 下 ダニエル・カーネマン著 早川書房

□不安もパニックもさようなら 不安障害の認知行動療法 デビッド・バーンズ著 星和書店