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柿沢未途議員・買収事件、区議選「陣中見舞い」の弁解に“致命的な弱点”

郷原信郎郷原総合コンプライアンス法律事務所 代表弁護士
(写真:アフロ)

今年4月の東京都江東区長選をめぐり、自民党衆院議員、柿沢未途・前法務副大臣が、木村弥生・前区長を当選させる目的で江東区議らに現金を渡した疑いがあるとして、東京地検特捜部は、11月16日に、柿沢氏の江東区の事務所などを公職選挙法違反(買収)容疑で家宅捜索したと報じられた。

当初は、木村氏陣営が選挙中に違法な有料ネット広告を掲載したという同法違反容疑による捜査だったが、今回の強制捜査は、柿沢氏本人を買収の容疑者とする捜索差押許可状に基づくものと報じられており、柿沢氏本人を被疑者とする買収の公選法違反事件が立件されているようだ(以下、「柿沢事件」という)。

今後、国会会期後の柿沢氏の逮捕、起訴が焦点となっていくことになるのであろう。

このような「政治家間の買収事件」には、もともと、買収事件としての立証に関して多くの問題があり、それは、2019年参院選広島地方区での河井克行元法務大臣の現金買収事件(以下、「河井事件」という)と多くの共通点がある。

河井事件では、「多額現金買収事件」で元法務大臣の現職国会議員が逮捕・起訴され、厳しい批判を受ける一方、検察の捜査手法も多くの批判を浴びた。私は、その河井事件についても、【河井前法相“本格捜査”で、安倍政権「倒壊」か】以降、当欄の記事で、その都度詳細に論じてきた。その河井事件との比較を踏まえ、柿沢事件を、公選法違反の買収罪の立証という観点から検討してみたい。一見「盤石」のように思える柿沢氏側の弁解だが、実は、そこに大きな「弱点」があることがわかる。

「政治家間の金銭の授受」の買収罪摘発の困難性

公選法上の買収罪というのは、「当選を得若しくは得しめ又は得しめない目的をもつて選挙人又は選挙運動者に対し金銭、物品その他の財産上の利益若しくは公私の職務の供与、その供与の申込み若しくは約束をし又は供応接待、その申込み若しくは約束」(221条1項1号)をすることである。

特定の公職選挙に立候補した候補者が、有権者に現金を渡して投票を依頼した、というような古典的な投票買収であれば、買収罪が何の問題もなく成立する。また、「選挙運動は、その候補者を支持・応援する人が無償でボランティアで行う」という原則の下では、公選法上届出等で例外的に認められているもの以外は、特定の候補者への投票を呼び掛ける選挙運動に従事してくれる選挙運動員に報酬を支払う行為が「運動買収」として買収罪に当たることも明らかだ。

問題は、選挙に関連した「政治家間の金銭の授受」と買収罪の関係である。この場合、「当選を得る目的」「当選を得しめる(得させる)目的」があったのか、「選挙人又は選挙運動者」に対する「供与」と言えるのかが常に問題になる。

政治家の場合、日常的に政治活動を行っている。そこでめざすのは、自らの政治活動への支持の拡大であり、それが、結果となって表れるのが、有権者がその政治家或いは党派を同じくする政治家をどれだけ選択し、支持してくれるかによって決まる「選挙」である。

そのような政治活動が、政治家個人にとっては「地盤培養」、政党にとっては、「党勢拡大」と言われ、特定の公職選挙で特定の政治家を当選させる目的と密接に関連する。そのため、特定の選挙で特定の候補者を当選させる目的で行っているように思える活動も、「地盤培養」「党勢拡大」などのための政治活動という性格を有することは否定できない。

それが、「政治家間の金銭の授受」については、「当選を得る目的」「当選を得しめる目的」を否定し、「選挙運動の対価」ではなく「政治活動の費用の寄附」だとする弁解・主張につながる。買収者・被買収者双方が、このような主張を続けた場合、「当選を得る目的」「当選を得しめる目的」、「選挙運動」の対価であることの立証は容易ではない。

「政治家間の金銭の授受」の摘発を困難にするもう一つの要素が「公民権停止」との関係だ。公選法違反で有罪が確定すると、執行猶予付懲役刑であれば執行猶予期間、罰金刑であれば原則5年(情状により短縮)、公民権停止となり、選挙権、被選挙権が行使できなくなる。一般有権者であれば、それ程影響はないが、公職についている政治家にとっては、その公職を失い、一定期間立候補もできなくなるという死活問題に直結する。

贈収賄罪などと同様に、買収罪では、買収者と被買収者は「必要的共犯」の関係にあり、申込罪(金銭等を渡そうとしたが拒絶した場合)以外は、買収の犯罪が成立すれば、被買収者の犯罪も当然に成立する。しかも、買収罪の摘発が、特定の政治家や政党だけを狙って恣意的に行われることがないよう、検察庁では、処理求刑基準が定められ、買収金額によって、公判請求、略式請求、起訴猶予などの処分の基準が明確化されている。

そのため、国政選挙で、候補者側から選挙区内の地方政治家多数に供与された、という事実が明らかになったとしても、供与者側だけでなく受供与者も公選法違反での起訴は免れず、双方が目的や趣旨を徹底して争うことになり、また、仮に、有罪となれば、現職議員の大量失職という事態を招く。

というようなことから、「政治家間の金銭の授受」の買収罪による摘発は容易ではなく、検察の従来の実務では、買収罪の適用事例は極めて少なかった。

河井事件で「禁じ手」を使った検察

ところが、その常識を覆し、いくつかの「禁じ手」を使って、元法務大臣の現職国会議員とその妻の国会議員を買収罪で逮捕・起訴したのが河井事件だった。

河井事件では、起訴事実の2871万円の買収のうち、「県議会議員・市町議会議員・首長らへの現金供与」が、44名に対して、合計62回、現金合計2140万円と大部分を占めた。

まさに、大規模な「政治家間の金銭の授受」の事例の典型であり、従来の検察実務の常識からすると、買収罪での摘発は、困難だと考えられた。

ところが、検察は、上記の2つの問題を丸ごとクリアする方法として、処罰の対象を河井夫妻に限定し、被買収者には処罰されないと期待させて「案里氏の選挙に関する金」であることを認めさせるという方法をとった。

検察の取調べで、被買収者らは、明確に「不起訴の約束」まではされなくても、検察官の言葉によって、処罰されることはないだろうとの期待を抱き、「案里氏の参院選のための金と思った」と認める検察官調書に署名した。

河井夫妻の起訴状には被買収者の氏名がすべて記載されたが、100人全員について、刑事処分どころか、刑事立件すらされず、河井夫妻事件の捜査は終結した。これを受け、市民団体が、被買収者の公選法違反の告発状を提出したが、告発は受理すらされず、検察庁で「預かり」になったまま、河井夫妻の公判を迎えた。

従来の検察実務からは考えられない、まさに「禁じ手」とも言える方法だった。

買収罪で逮捕・起訴された克行氏は、2020年9月の初公判の罪状認否で、

《「当選を得させる目的」はあったが、そのために「選挙運動」を依頼して金を渡したのではない。あくまで、案里の当選に向けての「党勢拡大」「地盤培養行為」のような政治活動のための費用として渡した金である》

として全面無罪を主張した。

ところが、検察官立証が終了し、被告人質問の初回の公判で、克行氏は、罪状認否を、首長・議員らへの現金供与も含め、殆どの起訴事実について「事実を争わない」に変更し、その一方で、その後の被告人質問で克行氏が述べたことは、第1回公判の弁護人冒頭陳述に沿うもので、従前の主張と全く変わらなかった。つまり、事実関係や認識について供述内容は全く変わらないのに、大部分の事実について、結論として「有罪」を認めたのである。

克行氏の被告人質問が行われていた頃に、検察に提出されていた市民団体の告発状が、既に受理されていることが明らかになった。検察にとっては、不起訴にするとしても、「嫌疑不十分」ではなく「犯罪事実は認められるが敢えて起訴しない」という「起訴猶予」しかない。しかし、もともと求刑処理基準に照らせば、「起訴猶予」の余地はあり得なかった。告発人が不起訴処分を不服として検察審査会に審査を申立てれば、「起訴相当」の議決が出ることは必至だった。

2021年6月18日、克行氏に対しては、公選法違反の買収罪で「懲役3年」の実刑判決が言い渡された。

そして、7月6日、検察は、被買収者100人について、被買収罪の成立を認定した上で99人を起訴猶予、1人を被疑者死亡で不起訴にしたことを公表した。

この不起訴処分に対する審査申立てを受け、検察審査会は、広島県議・広島市議・後援会員ら35人(現職県議13名、現職市議13名)については「起訴相当」、既に辞職した市町議や後援会員ら46人については「不起訴不当」の議決を行った。

同議決を受け、検察は、「起訴相当」と「不起訴不当」とされた被買収者について事件を再起(不起訴にした事件を、もう一度刑事事件として取り上げること)して再捜査を行い、「起訴相当」とされた広島県議・広島市議ら35人のうち、重病で取調べができない1名を除いて、全員を、起訴した(略式手続に応じた25人については略式起訴、買収罪の成立を争うなどして略式手続に応じなかった9人が正式裁判請求を行い、公判で、「当選を得させる目的」などを否定して無罪主張したが、全員に一審有罪判決が出されている。)。

河井事件取調べでの「不起訴示唆・供述誘導」の問題化

この事件で検察が「禁じ手」を使ったことは、その後に問題化することになった。

2023年7月21日、この事件の捜査の過程で、克行氏から現金を受け取ったとして任意で取り調べた地元議員に対して、東京地検特捜部の検事が、不起訴にすることを示唆したうえで、現金が買収目的だったと認めるよう促すやりとりを記録した録音データがあることがわかり、最高検察庁が「当時の取り調べに問題がなかったか調査する」と報じられた。

検察官の取調べで、被買収者側が、「処罰されることはないだろうとの期待」を抱き、「案里氏の参院選のための金と思った」と認める供述をしたからこそ、河井夫妻を買収罪で逮捕・起訴することが可能になった。被買収者側の供述がなければ、そもそも、買収事件の立件自体が困難だった。

以上のような河井夫妻の多額現金買収と、受け取った側の地方政治家ら被買収者の公選法違反事件の背景と経緯については、【“歪んだ法”に壊される日本 事件・事故の裏側にある「闇」】(KADOKAWA)で詳しく解説している。検察官の地方政治家の取調べで、「不起訴にすることを示唆したうえで、現金が買収目的だったと認めるよう促すやりとり」が行われること自体は、もともと想定されていたことだった。

この「不起訴示唆」問題が大きく報じられたのは、やりとりを記録した録音データがあることがわかり、それについて、最高検察庁も、「当時の取り調べに問題がなかったか調査する」と答えざるを得なくなったからだ。

結局、検察実務からすると「禁じ手」と言える方法まで使って、現職国会議員の河井夫妻を狙い撃ちにしたこの事件は、結果的に、検察への信頼を傷つけ、「政治家間の金銭の授受」の買収摘発の困難性を改めて印象づける結果となった。

「河井事件」と「柿沢事件」の共通点と相違点

では、東京地検特捜部が強制捜査に着手している柿沢氏の「江東区長選挙をめぐる現金買収事件」は、河井事件との比較で、「政治家間の金銭の授受」の買収事件としての立証上の問題点がクリアできる見通しがあるのだろうか。

まず、両事件の異同を考えてみる。

共通するのは、「当選を得させる目的」での金銭供与が問題とされた選挙に近接して、別の公職選挙があり、その選挙に関する「政治資金の寄附」という主張が行われていることだ。

河井事件は、2019年7月6日の参議院議員選挙での買収事案だが、その前の同年4月21日の統一地方選挙で広島県議会議員選挙、市議会議員選挙が行われた。受供与者の地方政治家の多くは、この選挙に立候補した県議・市議である。

一方、柿沢事件は、2023年4月23日の統一地方選挙で、江東区長選挙と同時に江東区議会議員選挙が行われており、柿沢氏側から金銭が渡ったとされる人の多くは、江東区議会議員だ。

異なるのは、河井事件では、参議院選挙と統一地方選挙との間に約3か月の期間があり、地方選後の現金授受も多かった。県議選・市議選等の「陣中見舞い」のほかに、「当選祝い」の名目とされたものもあった。克行氏の初公判での主張も、

《広島県連では、参議院議員選挙が近づくと、衆参国会議員から立候補予定者・候補者への秘書派遣による、党勢拡大活動、地盤培養活動などの政治活動の支援、選挙運動期間中には選挙運動の応援等が行われ、県連の要請により、広島県連職員、各種支持団体の関係者なども派遣されて同様の活動を行うのが通常であったが、案里氏については、公認が大幅に遅れたため、周知のための政治活動期間・立候補のための準備期間が明らかに不足しているのに、広島県連からの人的支援が得られず、後援会の設立や組織作り、後援会員の加入勧誘、政党支部の事務所立上げなどの政治活動や選挙運動に従事することとなる人員確保など体制作り自体に苦労する状況にあり、県議、衆議院議員として長い政治家としてのキャリアを有する克行氏が、その人脈を頼って、それら案里氏のための活動を行わざるを得なかった。》

(弁護人冒頭陳述)などと、自民党広島県連における従前の「選挙に向けての政治活動」としての資金供与と同様のものだったことを強調するものであり、統一地方選挙という個別の選挙との関係は部分的なものにとどまった。

それに対して、柿沢事件の方は、江東区長選挙と区議会議員選挙が、いずれも統一地方選挙で同時におこなわれており、供与の相手方の多くが区議選の立候補者であることから、「陣中見舞い」という、その選挙に向けての「政治資金の寄附」であることが強調されている。

河井事件では、買収罪に問われた克行氏自身の衆議院の選挙区は広島4区で、広島県の7つの選挙区の一つであったが、案里氏が立候補した参議院広島地方区は広島県全体で、金銭供与は広島県全体なので、金銭供与を、克行氏自身の「選挙に向けての政治活動」と関連づけることは困難な面があった。一方、柿沢氏の衆議院の選挙区は東京15区で江東区全体であり、区長選挙・区議選挙の地域と完全に一致する。そのため、柿沢事件では、江東区議への金銭供与を、柿沢氏自身の選挙に向けての政治活動と関係づけやすい面がある。

「供与者・受供与者の自白に依存しない立証」の可能性

既に述べたように、「政治家間の金銭の授受」の事案は、目的・趣旨について「自白」を得ることが容易ではなく、買収罪で摘発されることは殆どなかった。河井事件では、受供与者側に、公選法違反で処罰されることはないだろうとの期待を抱かせ、「案里氏の参院選のための金と思った」と認める自白調書に署名させるという方法を使って困難性を乗り越えたが、それが事後的に大きな批判を招いた。

少なくとも柿沢事件では、同様の方法は使えない。しかし、受供与者の多くが現職区議会議員であり、目的・趣旨の認識を認める自白をすれば、自らの議員の地位が失われるのであるから、容易には自白しない。柿沢事件については、自白に頼らず、状況証拠から、江東区長選挙に関する目的・趣旨と、その認識を立証するしかないように思える。

河井事件では、受供与者側が正式裁判で争った事件で、受供与者の検察官調書も、河井氏の公判での尋問調書も証拠請求されなかったが、状況証拠によって有罪判決が出されている。同判決を踏まえれば、「自白に依存しない立証」も必ずしも不可能ではないという見方も可能だ。

しかし、河井事件では、克行氏が、公判の途中で罪状認否を変更し、抽象的に「案里に当選させる目的」を認め、すでに買収罪で有罪判決が確定している。そのような克行氏の供述は、証拠にされなかったとしても、裁判所にとって受供与者に無罪判決を出すことへのハードルとして作用したと思える。また、河井事件の場合は、選挙の時期、選挙区に違いがあり、供与先が、克行の選挙区だけでなく参院地方区の広島県全域に及んでいたこと、議員会館の克行氏の事務所で押収されたパソコン内の「案里2019参院選」と題するファイル内に現金供与先と金額が書かれていたことなど、克行氏に不利な証拠も相当程度あり、「当選を得させる目的」の認定につながった。

それに対して、柿沢事件は、買収の嫌疑を受けている江東区長選挙と、受供与者側が立候補した江東区議会議員選挙とが、実施時期・地域すべてが重なっており、しかも、その地域が、柿沢氏本人の衆議院議員選挙の選挙区とも同じなのであるから、「江東区長選挙で木村候補に当選を得させる目的」「選挙運動の報酬」を否定し、「政治資金の寄附」だとする主張は通りやすい。江東区議会議員選挙の「陣中見舞い」だと主張されれば、その主張を崩すのは容易ではないように思える。

柿沢氏の地元事務所の捜索が報じられた後に、各紙が、一部の金銭受領者が「買収の趣旨を認める供述」をしている等と報じているが、仮に、曖昧に趣旨を認めたとしても、公民権停止で失職することを認識した上での供述でなければ、公判では覆す可能性が高い。

もっとも、柿沢氏側からの金銭の供与については、拒絶した人も複数いるとされており、この場合、公選法違反が成立するとしても、供与者側の申込罪だけであり、受領を拒絶した側には犯罪は成立しないので、「江東区長選挙に関するお金だと思って受領を拒絶した」と供述する可能性が高く、供与者側の「当選を得させる目的」を裏付けることは比較的容易だと考えられる。

また、今回の区議選には立候補していない元江東区議への金銭の供与の嫌疑もあると報じられている。少なくとも、このような場合は、「政治活動の寄附」との弁解は通りにくい。金銭の授受の事実さえ認められれば、買収罪の立証上のハードルは低いように思える。

しかし、買収の申込罪、或いは、元江東区議に対する供与だけに限定して買収罪を立件しただけでは、供与金額は極めて僅少だ。現職の国会議員を買収罪で立件し、起訴するだけの事件とは言えるのか疑問だ。

やはり、柿沢氏側からの金銭の供与の大部分を占める現職区議会議員への供与を買収罪として立件できなければ、柿沢氏本人を買収罪で立件し起訴することについて、検察内部の了承を得るのは難しいであろう。

「選挙運動費用収支報告書への不記載」による追及

しかし、江東区議側の「陣中見舞い」の弁解には、公選法上「弱点」もある。公選法で義務づけられている「選挙運動費用収支報告書」の記載との関係だ。検察には、「陣中見舞い」の弁解を逆手にとって崩していく戦略も考えられる。

区議選の「陣中見舞い」だとすると、それは、江東区議選挙での選挙運動費用に充てるための寄附収入であったことは否定できない。そうであれば、公選法189条1項1号により、選挙の期日から十五日以内に提出が義務付けられている選挙運動費用収支報告書に記載しなければならない。

11月17日付け朝日記事【容疑者は「柿沢議員」 秘書、重鎮、区議…次々捜索 現金の趣旨焦点】に、「朝日新聞が、江東区議44人全員に、4月の区長選・区議選をめぐって柿沢氏や事務所関係者からの現金受領の有無をアンケートした結果」が紹介されているが、その中に注目すべき記述がある。

回答を得られなかった4人のうち、自民系の区議1人は今年2月21日に柿沢氏の資金管理団体から20万円を寄付として受け取ったと、区議選の選挙運動費用収支報告書に記載している。この区議は取材に、「適正に処理している」と述べ、趣旨などについては明らかにしなかった。

との点だ。

このアンケートの回答のとおり、その区議が、柿沢氏側からの金銭の受領を選挙運動費用収支報告書に記載しているとすると、まさに、それは、江東区長選挙での「陣中見舞い」を受領したことの公選法上適正な処理だったことになる。では、柿沢氏側から受領した金銭を「陣中見舞い」と主張する他の区議は、選挙運動費用収支報告書に記載しているのか。

選挙運動費用収支報告書の虚偽記入に対しては、公選法246条5号の2により、3年以下の禁錮又は五十万円以下の罰金に処せられる。

この点を検察官に追及されれば、「陣中見舞い」だと主張しても、別の違反に問われることになり、「公選法違反は犯していない」という言い訳は通らないことになる。

柿沢氏側から金銭の供与を受けた江東区議らが、自らの選挙への「陣中見舞い」の趣旨に加えて、江東区長選挙での木村氏の応援の趣旨を、どの程度に認識していたのかについて、ありのままに供述せざるを得なくなるのではなかろうか。

選挙運動費用収支報告書に関するルールの形骸化

もっとも、この選挙運動費用収支報告書の記載については、実質的に選挙運動にかかる費用とその収入とが、すべて報告書に記載されるのではなく、選挙期間中、選挙運動に直接かかる費用「人件費・家屋費・通信費・交通費・印刷費・広告費・文具費・食糧費・休泊費・雑費」などの費用だけが記載され、収入欄の記載も、この支出に対応する収入金額にとどめるのが通例であった。

まさに、この点に関する公選法違反の解釈・運用が問題になったのが、2013年、猪瀬直樹東京都知事の辞任の原因となった「徳洲会から猪瀬氏への5000万円の選挙資金提供の問題」であり、これについては、当時、私も、検察官時代の実務経験に基づいて【猪瀬都知事問題 特捜部はハードルを越えられるか】と題する記事を書き、「公選法の選挙運動費用収支報告書の規定が形骸化している現実」を指摘した上で、「都から認可を受けている病院の経営母体の医療法人から5000万円もの多額の選挙資金の提供を受け、それを全く開示していなかった猪瀬氏のような行為が許されるのであれば、選挙の公正は著しく害されることになる」と指摘した。

結局、この問題で猪瀬氏は都知事辞任に追い込まれ、その後、私の指摘のとおり、この5000万円の選挙資金提供の問題で、猪瀬氏は、選挙運動費用収支報告書虚偽記入の公職選挙法違反の罪で略式起訴されるに至った。

この頃までは、選挙運動費用収支報告書についてのルールが形骸化していたことは確かだが、それは2013年のことである。それから10年の間に、報告書の収入の記載についての認識も変わってきたことが、前記の朝日のアンケート調査への回答での「陣中見舞い」の収支報告書への記載に反映されていると言うべきであろう。

「柿沢事件」をどうみるか、柿沢氏はどうすべきか

今回の柿沢氏の江東区長選挙をめぐる金銭供与は、金額・規模から言って、現職国会議員の逮捕・起訴という「大捕り物」を演じるだけの悪質・重大事件と言えるかどうかは疑問だ。

しかも、柿沢氏側の「江東区議会議員選挙の陣中見舞い」という弁解は、一見すると、「覆しにくい根拠のある主張」のようにも見える。しかし、実は、それは、特定の選挙と結びついた弁解であるが故に、逆に、公選法の選挙運動費用収支報告書のルールという「地雷」を踏むことになった。

そのような主張自体が、これまで公職選挙をめぐって行われてきた不透明な「政治家間の金銭の授受」が「陣中見舞い」などという曖昧な言葉で正当化されてきた「日本の公職選挙の現実」を反映するものであり、それが選挙に対する国民の不信・失望にもつながってきたともいえる。

柿沢氏側の一見「盤石のように見える弁解」も、そこに“致命的な弱点”がある。

法務副大臣の職にあった柿沢氏は、今回の公選法違反疑惑が報じられた直後に、副大臣の辞表を提出して、国会にも出席せず、説明責任を果たすことを拒否した。その後も、事件については沈黙を続けている。公選法違反事件の捜査に対しても、「江東区議会議員選挙の陣中見舞い」との主張が間接的に伝えられるだけで、公の場での説明は全くない。

このまま従前の弁解を続けるだけでは、金銭を受領した江東区議の多くが、被買収と選挙運動費用収支報告書の虚偽記入罪の両面から失職リスクにさらされることになる。

一般的には、刑事事件については、刑事裁判の場以外では何も語らない、という対応がとられることが多い。しかし、公職にある政治家が刑事事件の捜査の対象とされた場合は、単なる被疑者としての立場だけではない、国民に選ばれた政治家としての説明責任がある。河井事件についても、私は、当初から【河井前法相「逆転の一手」は、「選挙収支全面公開」での安倍陣営“敵中突破” 】などで、河井氏自らが当該選挙をめぐるカネの流れを積極的に公表すべきだと述べ、「河井克行前法相の行動によって、公職選挙の歴史が変わる」とまで言ってきた。しかし、河井氏は、法務大臣辞任以降、刑事法廷以外の場で事件について語ることは全くなかった。そういう対応によって、実刑判決が確定し服役している克行氏に何か得るものがあっただろうか。

柿沢氏が、さほど悪質・重大とも言えない公選法違反事件でここまで追い込まれているのも、日本の公職選挙において不透明な資金のやり取りが慣行化していることに根本的な原因がある。その実態について積極的に説明し、抜本的な改革の契機としていくことこそが、法務副大臣としての役割を果たせなかったことに代えて、国民に対して果たすべき義務と言えるだろう。それこそが、この事件を政治家として乗り越える唯一の方法であることを自覚すべきだ。

郷原総合コンプライアンス法律事務所 代表弁護士

1955年、島根県生まれ。東京大学理学部卒。東京地検特捜部、長崎地検次席検事、法務省法務総合研究所総括研究官などを経て、2006年に弁護士登録。08年、郷原総合コンプライアンス法律事務所開設。これまで、名城大学教授、関西大学客員教授、総務省顧問、日本郵政ガバナンス検証委員会委員長、総務省年金業務監視委員会委員長などを歴任。著書に『歪んだ法に壊される日本』(KADOKAWA)『単純化という病』(朝日新書)『告発の正義』『検察の正義』(ちくま新書)、『「法令遵守」が日本を滅ぼす』(新潮新書)、『思考停止社会─「遵守」に蝕まれる日本』(講談社現代新書)など多数。

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