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高橋治之氏・受託収賄逮捕、電通と戦う検察、“東京五輪をめぐる闇”の解明を!

郷原信郎郷原総合コンプライアンス法律事務所 代表弁護士
高橋治之元理事(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

公益財団法人東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会(以下、「東京五輪組織委員会」)の高橋治之元理事が大会スポンサーの紳士服大手AOKIホールディングス(以下、「AOKIHD」)側からコンサル料名目で多額の資金提供を受けた件について、東京地検特捜部は、8月17日、受託収賄容疑で高橋氏を、AOKIHD前会長の青木拡憲氏らを贈賄容疑で逮捕した。

私は、東京五輪招致をめぐる疑惑について、【東京五輪招致をめぐる不正支払疑惑、政府・JOCの対応への重大な疑問】【JOC竹田会長「訴追」が招く東京五輪の危機】などで厳しく追及してきた。その際、疑惑の対象は、形式上は竹田恒和JOC会長(当時)だったが、実質的には、五輪招致活動の主体は電通であり、その中心人物が高橋氏だとされてきた。

その高橋氏が、五輪組織委員会の事業・業務に関する受託収賄容疑で検察に逮捕されたのである。五輪利権をめぐる疑惑に斬り込もうとしている検察の姿勢には、まずは拍手を送りたい。

ただ、その容疑の中身には、法的にはかなり微妙な点があることは否定できない。

通常、この種の事件では、被疑者の自宅を含む関係個所の捜索が行われると同時に、被疑者が任意同行を求められ、その日のうちに逮捕、ということになる場合が多いが、今回の事件については、捜索等の強制捜査着手から22日経過して、ようやく逮捕に至った。

検察はこの事件の捜査を、相当慎重に進めてきたように思える。

問題は、高橋氏が、五輪組織委の理事として、どのような「権限」を持っていたのか、AOKIHDから、高橋氏にどのような「依頼」があったのか、その依頼が高橋氏の東京五輪組織委の理事としての権限に関連するものと言えるのか、という点だ。

高橋氏は2017年9月にAOKIHDとコンサルタント契約を締結。約4年で計約4500万円を受領し、18年10月、同社は大会スポンサーに選ばれた。

報道によると、高橋氏は、電通から出向し、大会スポンサーに絡む業務を担当する組織委マーケティング局に所属していた組織委員会幹部を、スポンサー選定の前にAOKIHDに紹介し、19年ごろ、高橋氏が幹部に対し「審査が遅い」「ビジネスにならない」などと指示、その後、同幹部が公式商品の審査などを担当していた職員らに審査を早めるよう求めるメールを送付したとされている。(8.18日経)

東京五輪終了後は、コンサル料が半分に減額されていること、上記の報道のような経緯で、高橋氏がAOKIHD側に便宜を図ったとされていることからしても、コンサル料が東京五輪と全く無関係との弁解は通らないように思われる。

ということは、少なくとも、AOKIHDから、高橋氏に、東京五輪に関連する「依頼」があったことは否定できないのではないか。

そこで、問題になるのは、そのようなAOKIHD側から高橋氏側への依頼と、コンサル料の支払が、「みなし公務員」である東京五輪組織委員会理事の「職務に関するもの」と言えるかどうかだ。

そこで、この点を、収賄罪の基本的事項をふまえて、考えてみたいと思う。

単純収賄罪

今回の事件に関係する収賄罪の刑法の条文は197条1項である。そこでは、

「公務員が、その職務に関し、賄賂を収受し、又はその要求若しくは約束をしたときは、5年以下の懲役に処する。この場合において、請託を受けたときは、7年以下の懲役に処する。」

と規定されている。

まず、条文の前段部分は、公務員が職務に関して賄賂の収受・要求・約束をする「単純収賄罪」を規定しており、その罪は5年以下の懲役となる。一方、後段部分は、具体的な職務行為に関して請託(せいたく:一定の職務行為を行うように依頼すること)を受けた場合は「受託収賄罪」となり、罪が加重され、7年以下の懲役に処せられると規定している。

そして、「職務に関し」との規定に関しては、二つのことが言える。

一つは、公務員に単に金品を渡したりしても、その公務員の職務に関係するものでなければ収賄罪にはならないということである。つまり、その金品の授受等が職務行為の見返りとしての性質(対価性)をもっていなければならない。

もう一つは、金品授受等と対価関係にある「職務」が、その公務員の職務権限に関する職務といえなければならない(職務関連性)。ただし、判例では、当該公務員の現に担当している具体的な職務権限に属する行為だけでなく、職務と密接な関係がある行為に属する場合(職務密接関連行為)も「職務」に含まれると広く解釈されていて、例えば事務分配の結果たまたま担当していなくとも一般的には担当する可能性があった事務や、将来担当する可能性のある事務などについては、「職務に関し」といえ、収賄罪が成立するということだ。

そして、上記のように、「職務に関し」、「賄賂を収受」「要求」「約束」等した場合には収賄罪が成立するとされているので、「単純収賄罪」においては、公務員に対して一定の職務行為を依頼すること(請託)も、実際に不正行為がなされたことも必要ではない。賄賂を要求したり、約束しただけでも「単純収賄罪」が成立する。

受託収賄罪

「受託収賄罪」は、請託を前提に行われる単純収賄の行為を、受託収賄罪として重く処罰するものである。これは、請託があることによって、具体的な「職務」との対価性が明確になり、「職務の公正、およびそれに対する社会一般の信頼」をいっそう強く害することになるからであると説明される。

つまり、「単純収賄罪」も、「受託収賄罪」も、その成否の重要なポイントとなるのが、その公務員の「職務権限」がどうなっているかであるが、「受託収賄罪」は「単純収賄罪」に比べて、「請託」つまり「依頼があったこと」と、より「具体的な職務」との関連性が問題となる点で、立証のハードルが上がるという特徴がある。

「みなし公務員」

高橋氏は公務員ではないが、今回、収賄の罪に問われている。このように「公務員でない人」が、賄賂罪で処罰されるパターンには二つある。

一つ目は、公務員の職務を代行していたり、業務の内容が公務に準ずる公益性や公共性を有しているため、法人や組織の設置の根拠となる法律に「公務に従事する職員とみなす」との規定がある組織や団体の役職員である。一般的にこうした役職員を「みなし公務員」と呼ぶので、このパターンでの処罰を「みなし公務員による処罰」とする。

例えば日本銀行は

「日本銀行の役員及び職員は、法令により公務に従事する職員とみなす」(日本銀行法30条)

国立大学の役員及び職員は

「刑法 その他の罰則の適用については、法令により公務に従事する職員とみなす」(国立大学法人法19条)

とある。他にも、日本年金機構や、日本司法支援センター、国立病院機構、国民生活センター、都市再生機構などの役職員、さらには駐車監視員や自動車検査員、指定自動車教習所の技能検定員、郵便認証司、内容証明の業務に従事する者及び特別送達の業務に従事する日本郵便株式会社の従業員など、「みなし公務員」の範囲は多岐にわたる。

そして、今回問題となっている東京五輪組織委員会の理事も、「東京オリンピック競技大会・東京パラリンピック競技大会特別措置法」28条で、

「組織委員会の役員及び職員は、刑法その他の罰則の適用については、法令により公務に従事する職員とみなす。」

と規定されているので、高橋氏も「みなし公務員」として処罰され得ることになる。

特別法の賄賂罪規定

もう一つは、公務員と同様に公益性・公共性が高い業務に従事する民間人について、刑法とは別に各々の法律で賄賂に対する罰則が規定され、特別法による収賄の処罰がなされる場合である。

例としては、東日本高速道路、中日本高速道路、西日本高速道路、首都高速道路、阪神高速道路、本州四国連絡高速道路の役職員(高速道路株式会社法)であるとか、北海道旅客鉄道、四国旅客鉄道、日本貨物鉄道の役職員(旅客鉄道株式会社及び日本貨物鉄道株式会社に関する法律)、成田国際空港の役職員(成田国際空港株式会社法)、日本中央競馬会の調教師・騎手・競走馬の飼養・調教補助者(日本中央競馬会法および競馬法)などがある。

こちらも便宜上“みなし公務員”と呼称される場合があるが、前述の「みなし公務員」と異なり、こちらは公務員と同等に扱われて刑法によって処罰されるのとは異なる。ここでは区別して、「特別法による処罰」とする。

「特別法による収賄処罰」は、その組織について規定する法律の中で、収賄の処罰の対象や要件について定められており、言ってみれば、一つの法律の中で完結している。

それに対して、みなし公務員の収賄の場合は、その組織の根拠となる法律によって、役職員の地位が根拠づけられ、刑法の公務員処罰規定が適用されることが定められるが、適用される処罰規定は刑法である。つまり、組織法と刑法とが「合体」して収賄処罰が行われることになる。そうすると、「みなし公務員」として刑法が適用されるものの、その権限が組織法では明確に定められていない、という事態が起こり得る。本件では、まさに、その点が問題になっているのである。

高橋氏の職務権限

それでは、「みなし公務員」である高橋氏の「職務権限」はどうなっていたのだろうか。

東京五輪組織委員会の定款では、第25条1項で、

「理事は、理事会を構成し、法令及びこの定款で定めるところにより、職務を執行する。」

とされ、2項で、

「会長は、法令及び本定款で定めるところにより、当法人を代表し、その業務を執行し、副会長は、会長を補佐し、専務理事及び理事会の決議によって業務執行理事として選定された理事は、理事会において別に定めるところにより、当法人の業務を分担執行し、常務理事は専務理事を補佐する。」

とのみ規定されていて、単なる理事にすぎない高橋氏について、なんら規定がない。

また、理事会の運営については「理事会運営規程」が別途規定されているが、決議事項としては、重要事項以外では「当法人の業務執行の決定」といった規定があるにとどまる。

組織委員会の事業としては、

(1) 競技大会の準備及び運営に関する事業

(2) 競技大会の準備及び運営について内外の関係機関、団体等との連絡及び協力に関する事業

(3) その他当法人の目的を達成するために必要な事業(定款4条1項)

という規定があるため、スポンサーやライセンス一般に関して、高橋氏が一理事として決議する権限がある、と抽象的には言えるが、今回問題となっている「スポンサー契約」や「公式ライセンス商品の承認」といった具体的な業務について、高橋氏に権限があることを根拠づける規定はない。

「コンサル料」と「理事としての権限」

では、高橋氏がAOKIHDに、東京五輪に関して便宜を図った事実があるとしても、それが、「組織委員会理事としての権限」に関するものと認められるのか。

そこには、二つの問題がある。

まず、上記のとおり、定款上も、規則上も、理事の権限に関する規定が曖昧で、職務権限の根拠にはならない。組織委員会の事業・業務の決定に関して、「事実上大きな影響力を持っていたこと」を根拠に、それを高橋氏の理事の権限に関連すると認定するほかない。贈収賄罪の一般論としては、そもそも、職務権限自体が明確ではないのに、「職務に関連して」賄賂を受け取ったと認められるのか、ということに根本的な問題がある。

それに加え、実際の組織委員会の実務を担当する職員に対して「事実上の影響力」を有しているとしても、それは、理事という職にあることによるものなのか、という点も問題になる。、高橋氏は、電通の元専務であり、スポーツビジネスの事業では電通に対して強大な影響力を持っていると言われている。そして、冒頭でも述べたように、五輪招致活動の主体は実質的には電通だったとされており、それ以外の五輪をめぐる実務も、電通が組織委員会に社員を出向させて取り仕切っているのが実態だとされている。五輪関連業務に対する高橋氏の「影響力」が、民間企業である電通に対する、元専務という「OBとしての影響力」によってAOKIHDに便宜を図っていたということになると、「みなし公務員」としての五輪組織委員会「理事の職務」に関するものであったことを否定する方向に働くことになる。

「みなし公務員」であることの認識

高橋氏は、

「みなし公務員に当たるとの説明は受けていなかった。知っていたら理事にはならなかった」

と供述しているとのことだが、仮に、「みなし公務員」との認識がなかったとしても、それは、犯罪成立の前提となる「事実」の錯誤ではなく、「違法性の錯誤」(「法律の不知」)であるから、収賄の故意は阻却されない。

ただ、高橋氏がそのように言っているというのは、そもそも、「組織委員会の理事」の立場にあったかいなかにはあまり意味がなく、五輪に関する実務は殆ど電通が取り仕切っていて、自分は、その電通に対して大きな力を持っていたから、AOKIHDの要請に応じることができたという趣旨だとも考えられる。

このように考えると、高橋氏の受託収賄罪について、五輪組織委員会理事の「職務に関して」という要件を立証することは、相当ハードルが高いことは確かである。

検察捜査への期待

今後の検察捜査の中で、「高橋氏がAOKIHDに便宜を図るに当たって、電通自体がどのように関わったのか」についても十分に事実解明が行われ、そのような事実を踏まえても、高橋氏の行為が、組織委員会の理事としての職務にも関連することを立証する必要がある。

それは、東京五輪開催の招致、開催全般にわたって、電通という企業がどのように関わり、その中で、高橋氏がどういう役割を果たしてきたか、実態を明らかにすることであり、本件刑事事件の背景立証として重要であるだけでなく、これまで様々な疑念をもたれてきた「東京五輪をめぐる闇」の解明にもつながる。

一般的に言えば、贈収賄事件で賄賂性等に関して微妙な問題があっても、刑事司法の「権力の中枢」である検察が組織として「有罪」と判断して起訴した場合、その判断が裁判所で否定されることはほとんどない(下級審で無罪判決が出ても、最終的には、上級審で覆される)。それが、私も戦ってきた「日本の刑事司法の構造」だ。しかし、本件では、検察が戦う相手は、「マスコミ権力の中枢」の電通である。「刑事司法の構造」の問題は、この際度外視し、検察の総力を挙げた捜査に期待したい。

郷原総合コンプライアンス法律事務所 代表弁護士

1955年、島根県生まれ。東京大学理学部卒。東京地検特捜部、長崎地検次席検事、法務省法務総合研究所総括研究官などを経て、2006年に弁護士登録。08年、郷原総合コンプライアンス法律事務所開設。これまで、名城大学教授、関西大学客員教授、総務省顧問、日本郵政ガバナンス検証委員会委員長、総務省年金業務監視委員会委員長などを歴任。著書に『歪んだ法に壊される日本』(KADOKAWA)『単純化という病』(朝日新書)『告発の正義』『検察の正義』(ちくま新書)、『「法令遵守」が日本を滅ぼす』(新潮新書)、『思考停止社会─「遵守」に蝕まれる日本』(講談社現代新書)など多数。

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