Yahoo!ニュース

参院広島選挙区再選挙、自民党は、広島県民を舐めてはならない

郷原信郎郷原総合コンプライアンス法律事務所 代表弁護士
(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

2019年参院選で、広島選挙区で初当選して参議院議員になった河井案里氏は、同年秋に車上運動員の買収事件、翌20年には、夫の元法務大臣の河井克行衆議院議員が中心となった大規模買収事件が発覚、その共犯として逮捕・起訴されて有罪判決となり、議員辞職した。

克行氏と共謀して5人に計170万円を渡した公選法違反(買収)の事実で起訴された案里氏は、現金提供は認めた上で、「統一地方選の陣中見舞いや当選祝いだった」とその趣旨を争い、一貫して無罪を訴えてきたが、公判で証言した地方議員はいずれも買収の趣旨を認め、東京地裁は県議4人に対する160万円の買収を認定した。案里氏は、2月3日に議員辞職し、控訴しなかったため、その翌日の2月4日に、有罪が確定した。

案里氏の有罪確定によって当選が無効になり、4月25日に、参議院広島地方区の再選挙が実施されることになった。

4.25参議院広島地方区再選挙に向けての自民党の姿勢

案里氏の議員辞職・有罪確定で、4月25日に再選挙が実施される予定になったことに関して、自民党側の狙いが、多くのマスコミで報じられている。

収賄罪で在宅起訴された元自民党の吉川貴盛元農相の辞職を受けて実施される北海道2区では、「政治とカネ」問題の逆風を警戒して候補者擁立を断念し、立憲民主党の羽田雄一郎参議院議員の死去に伴う参院長野選挙区も、「弔い合戦」であることから野党側優勢が必至だ。自民党は、菅内閣にとって初の国政選挙となる4月の選挙での「全敗」を避けるために、案里氏の辞職による再選挙を画策し、党内では水面下で後継候補の選定作業に入っていたというのだ。「世耕弘成参院幹事長が判決後の会見で『保釈されているのに全く登院していない』と批判するなど、党内で辞職論が強まるのは、補選で一つでも勝ち、衆院選に向けて弾みをつけたいからだ」との見方もある(文春オンライン【「私はおもちゃ」河井案里氏有罪……長い判決文にあった“気になる一文”】)。

案里氏の有罪確定の翌日の2月5日、国会内で定例会見した世耕参院幹事長、4日に、BSフジの番組に出演した広島県選出の岸田文雄元外務大臣は、いずれも、「公認候補を立てて戦っていく」と述べている。

案里氏の議員辞職・不控訴が、自民党側の働きかけによるものかどうかはともかく、その結果行われることになる今年4月25日の参議院広島地方区の選挙での候補者擁立・当選をめざす動きを始めていたことは間違いないようだ。

政権与党の自民党に対して、私が、これほど深く失望したこと、それを通り越して、強い憤りを覚えたことはない。

河井夫妻事件は、自民党組織にとって重大不祥事

河井夫妻の公選法違反事件は、合計100人に対する合計2901万円の現金を供与したというものであり、国会議員が行った現金買収事件としては、過去に例を見ないほど大規模なものである。しかも、その買収行為の中心となったのが、候補者の夫で、選挙の直後に法務大臣に就任した衆議院議員の克行氏だったという、衝撃的な事件だ。さらに、この2019年参議院選挙で、自民党本部は、広島県連の強い反対を押し切って二人目の公認候補として案里氏を擁立し、現職の溝手顕正氏の10倍の1億5000万円の選挙資金を提供していたのであり、自民党組織やその幹部にも重大な疑惑が生じている。

広島県政界に広く現金がばら撒かれたこの事件は、まさに党の組織としての重大不祥事である。1億5000万円の選挙資金と現金買収の原資との関係や、安倍氏や菅氏の案里氏の立候補及び選挙運動への関与や認識などを明らかにし、また、広島県政界に事件が波及した構造を解明して、是正を図らなければ、自民党が公正な選挙を行うことへの信頼も期待もあり得ない。

しかも、案里氏を擁立したことの背景には、安倍首相と溝手氏との確執、溝手氏と近い岸田文雄氏と当時官房長官だった菅義偉氏との、次期総裁をめぐる争いなどがあったとされている。当時、広島県連が案里氏の選挙への一切の応援を拒絶していたことから、克行氏らとしては案里氏への支援の拡大を求めるために県政界の有力者に資金提供するための手段は現金の直接手渡しぐらいしかなかった。党本部から提供された1億5000万円の選挙資金を、県連を通じた正規ルートではなく、非正規ルートで県政界の有力者に提供するとすれば現金で手渡すしかないことは、安倍氏・菅氏も認識していた可能性が十分にある(《「安倍政権継承」新総裁にとって“重大リスク”となる河井前法相公判【前編】》《同【後編】》)。

このように党本部、党幹部側も、現金買収を認識していた可能性があるから、まさに、党組織にとって重大な不祥事だ。ところが、自民党は、このような不祥事に対して、何の検証も総括も行おうとしない。

同じように自民党議員が刑事事件で起訴され、議員辞職した北海道2区では、「政治とカネ」問題の逆風を警戒して候補者擁立を断念した。ところが、案里氏の当選無効で行われる参院広島地方区の再選挙の方は、候補者を擁立しようとしている。

本来、「推定無罪の原則」との関係から言えば、既に有罪が確定している案里氏については犯罪があったことを前提に対応することに何の問題もないが、まだ起訴されただけで、しかも無罪を主張していている吉川氏については、「有罪」を前提とする対応はできないはずだ。自民党が、「政治とカネ」の問題を厳粛に受け止めるのであれば、広島選挙区こそ、公認候補擁立を断念するのが筋だ。ところが、広島県は保守が強い地域なので、逆風下でも勝利できるという「目論見」で、案里氏の辞職・有罪確定に伴って行われる4月25日の再選挙に公認候補を擁立する、というのだ。

自民党の広島地方区再選挙での勝利の「目論見」

2月4日の参議院幹事長の会見で、世耕氏は、

「しっかりと公認候補を立てて戦っていくことがなにより重要だと思っています。ある意味で我が党にとっても出直し選挙のようなつもりで素晴らしい候補者を立てて、広島のみなさんにしっかりと訴えて行くことが重要だ」

と発言し、岸田元幹事長は、BS番組で、

「河井事件という、とんでもない事件が起こって、広島の政治、あるいは自民党の政治に対する大変厳しい批判があり、そして信頼が損なわれた、大変残念な状況になっています。もういま惨憺たる状況です。参議院の補欠選挙、是非政治の信頼回復、広島の自民党の信頼回復ということで、是が非でもしっかり選挙をやらないと、広島の政治が持たないと思っています。そういった思いで、しっかりとした候補者を立てて、我々はしっかり出直すんだという姿勢を示さないといけない。大事な選挙だと思います。」

と述べた。

岸田氏によれば、河井事件という「とんでもない事件」で、広島の自民党の信頼が損なわれ「惨憺たる状況」にあるが、その信頼回復を図っていくために広島の自民党として行おうとしていることは、「しっかりと候補者を立てること」だけだということだ。

河井夫妻は、政治家にあるまじき、異常な性格の人物であり、多額現金買収事件は、そのような政治家2人が引き起こした特異な個人犯罪なので、再選挙では、河井夫妻とは異なる「立派な候補」を擁立して再選挙に臨めば信頼は回復できるということのようだ。

しかし、その河井克行という人物を、安倍氏は、案里氏当選直後に、法務大臣に任命した。菅氏も、「当選同期で親しい」と国会答弁(2021年2月4日衆院予算委員会)で自ら認めており、案里氏の選挙では複数回広島に応援に訪れ、案里氏とともにパンケーキを食べている。しかも、案里氏自身は、決して自ら望んで参院選に出馬したわけではない。週刊誌の取材にも「私は権力闘争のおもちゃ」などと述べてるとのことだ(【前記文春オンライン記事】)。

多額現金買収事件が、河井夫妻の個人的な資質の問題で片づけられるような問題ではないことは明らかだ。

しかも、広島県議会議員を務め、知事選挙にも立候補した経験がある案里氏が、2019年の参議院選挙の3か月余前に立候補表明をした際の選挙活動についてすら、克行氏の弁護人冒頭陳述では、「公認が大幅に遅れたため、周知のための政治活動期間・立候補のための準備期間が明らかに不足していた」と述べているのである。岸田氏が言うように、「河井夫妻の事件で信頼が損なわれた状況」の下で、再選挙まで2ケ月半余りという期間内に、公認候補者を擁立し、それが、河井夫妻とは全く異なる「しっかりとした候補者」であることを広島県民に認識・理解してもらうことが、果たしてできるのだろうか。

自民党の再選挙勝利の「目論見」のもう一つの理由

それにもかかわらず、自民党が、今回の広島選挙区再選挙に候補者を擁立して勝つことを目論んでいるのはなぜなのか。

その理由として考えられるのは、定数2名の参議院広島地方区の過去の選挙で、自民党候補が概ね50万票を超える得票をし、30万票弱の野党候補に圧倒的な差をつけていること、それに加え、今回は、2019年に、野党の森本真治候補(現在・立憲民主党)と案里氏が当選し、案里氏が当選無効となって行われる再選挙であるため、再選挙でもう1議席を獲得すると4年後の参議院選挙で2名の野党候補が争わなくてはならなくなることだ。自民党側は、野党側が、本気になって勝てる候補者を擁立しないとの見通しで、再選挙に臨もうとしているようだ。

しかし、自民党が、2019年参議院選挙で公認候補が引き起こした重大な不祥事について、何の検証も総括もすることなく、しかも、その背景となった「広島県の地元政治家の体質や構造」も改めることなく、単に、過去の広島選挙区での与野党の圧倒的な票差と、今回の再選挙で「対立する野党候補が弱い」と見越して、公認候補者を擁立して当選を目論むなどということは、到底許されることではない。

それは、安倍政権下の自民党が、「野党が弱い」のを良いことに、森友・加計学園問題など、様々な疑惑について説明責任を果たさないまま政権を継続し、結果的に、「安倍一強」の政治体制の下で、日本の政治・行政に多くの歪みを生じさせてきたのと全く同じ構図である。

本当の意味の「政治の浄化」を

政治は、「単なる数合わせ」ではないはずだ。政党助成金という国民の負担の下に、公の活動を行う政党には、組織として最低限のモラルとコンプライアンスが必要となるはずだ。

自民党が、広島県の政界の体質に目を向けることなく、単に、過去の与野党の票差と、野党側の選挙事情だけに目を向けて、再選挙に公認候補者を擁立しようとしているとすれば、広島県民を舐めきった「思い上がり」以外の何物でもない。

私は、1990年代末に、広島地検特別刑事部の創設直後に部長を務め、広島県政界をめぐる不正な資金の流れに関する事件の捜査に取り組んだ。

私が取り組んだ最大の事件が、海砂採取をめぐる事件だった。

当時、瀬戸内海でも、公共土木工事等に使用される海砂採取が行われていたが、広島県は、「閉鎖水域での海砂採取は、海洋汚染、環境破壊につながる」との指摘を受け、海砂採取を禁止する方針を打ち出し、採取期限が迫っていた。その期限延長を求める海砂船主会から、複数の県議会議員に、まとまった額の金品が渡っている事実をつかみ、政治資金規正法の事件として立件をめざして捜査を行った。

しかし、当時、政治資金規正法違反の罰則適用に消極的だった法務省の方針もあって、本格捜査着手への地検幹部の了承が得られず、部長の下に検事1名、副検事1名という特別刑事部の陣容では、他部や他地検からの応援検事を動員しなければ、本格的な捜査に着手することはできなかった。

他にも、特別刑事部長として、私は、様々な「政治活動や選挙に関して、多額の資金が動く構図」に関連する事件を手掛けた。しかし、本格的な捜査をしてそういった構造にメスを入れることはできなかった。(広島では果たせなかった地方地検での本格的な政界捜査は、数年後、長崎地検次席検事時代の自民党長崎県連不正献金事件で実を結ぶことになる(【検察の正義】ちくま新書、最終章「長崎の奇跡」)。)

その頃と同様の「広島県の地元政治家の体質」が、そのまま残っていて、それが今回の河井夫妻の多数の地元政治家への不正な金銭の供与につながったのではないだろうか。

私が部長を務めた時代から約20年が経ち、広島地検特別刑事部の後輩達が取り組んだ河井夫妻の多額現金買収事件の捜査は、コロナ禍という厳しい条件下にもかかわらず「不正な金の流れ」を解明し、「広島県政界の体質」を白日の下に晒すことになった。それを、本当の意味の広島の「政治の浄化」に結び付けていくことが、責任ある与党としての、広島の自民党の当然の責務だ。

郷原総合コンプライアンス法律事務所 代表弁護士

1955年、島根県生まれ。東京大学理学部卒。東京地検特捜部、長崎地検次席検事、法務省法務総合研究所総括研究官などを経て、2006年に弁護士登録。08年、郷原総合コンプライアンス法律事務所開設。これまで、名城大学教授、関西大学客員教授、総務省顧問、日本郵政ガバナンス検証委員会委員長、総務省年金業務監視委員会委員長などを歴任。著書に『歪んだ法に壊される日本』(KADOKAWA)『単純化という病』(朝日新書)『告発の正義』『検察の正義』(ちくま新書)、『「法令遵守」が日本を滅ぼす』(新潮新書)、『思考停止社会─「遵守」に蝕まれる日本』(講談社現代新書)など多数。

郷原信郎の最近の記事