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菅内閣の「迷走」によって、感染症法を”ブチ壊し”てはならない

郷原信郎郷原総合コンプライアンス法律事務所 代表弁護士
(写真:つのだよしお/アフロ)

 1月22日に閣議決定された感染症法改正案をめぐって大混乱が生じている。

 閣議決定された当初の法案では、入院を拒否したり、入院先からの逃亡をしたりした感染者に「1年以下の懲役または100万円以下の罰金」を科す罰則導入が含まれていた。この罰則導入について、野党やマスコミから、「罰則を導入することで、検査や感染報告を躊躇させることになり、かえって感染拡大につながりかねない」という批判が高まっていたが、それ以前の根本的な問題として、法律の構造上の問題があった。「入院勧告」に従わない場合に「入院措置」をとることを認めている現行法に、法改正により、新たに「入院措置」に応じなかった場合の罰則を導入した場合、「入院措置」と罰則適用はどういう関係になるのかという問題だった。

 その点を【感染症法改正「入院拒否罰則導入」への重大な疑問】で指摘したが、改正法案に対する批判の高まりを受けて行われた与野党の修正協議で、この法律の構造上の問題が議論されたようには思えなかった。与党側は、懲役刑を含む当初の改正案を維持することは困難と判断したようで、27日の時点では、懲役刑を削除し罰金刑のみとする方向で検討していると報じられていた(【感染症法改正、懲役削除へ 与野党が修正協議―28日の決着目指す】)。

 ところが、ちょうど、修正協議が始まったタイミングで、自民党の松本純衆議院議員、公明党の遠山清彦衆議院議員が、緊急事態宣言が出ている最中に、銀座のクラブに夜遅くまで出入りしていたことが週刊誌で報じられた。「与党議員は銀座のクラブ通いをして、一方で、国民はコロナに罹ったら刑事罰か」との国民の怒りが爆発し、与党側は刑事罰導入自体が維持できないと判断したのか、「懲役・罰金の刑事罰をすべて削除し、行政罰としての過料にとどめることで与野党が合意」ということになった。

 しかし、単に、「刑事罰を行政罰に落とした」だけでは、従来の「入院勧告」「入院措置」という感染症法における「入院」に関する措置体系が、グシャグシャになってしまい、かえって実効性を失ってしまうことになりかねない。

 感染症法の「入院措置」は、規定の文言が、精神保健福祉法の「措置入院」(自傷他害の恐れのある精神障碍者を強制的に入院させる措置)と同じであり、厚労省は、本人の意思にかかわりなくも有形力をもって強制的に入院させることができる「即時強制」と説明してきた。

 「入院」に対する現行法の措置体系に対して、今回の法改正で、「入院拒否」や「入院者逃亡」に対する、行政罰としての「50万円以下の過料」が適用されることになると、法律の構造上、大きな問題が生じる。

 まず問題となるのは、「行政罰としての過料」は、「行政上の義務」に違反した場合に科されるものだが、今回、「入院拒否」「入院者逃亡」に対して科される「過料」の前提となる「行政上の義務」というのは、いかなる法律上の根拠によって生じるのかという点だ。

 「入院勧告」は、あくまで「勧告」なので、それに応じるかどうかは任意だ。勧告を受けた者に対して、「入院」が行政上義務づけられるわけではない。

 また「入院措置」が、本人の意思に関わりなく行われる「即時強制」だとすれば、強制的に入院させられる者には、入院すべき「行政上の義務」は生じない。

 つまり、報じられているように改正案の「罰則」に関する規定中の「懲役・罰金」が「過料」に落とされるだけで、それ以外の規定が全く変更されないとすると、「行政罰としての過料」の前提となる「行政上の義務」はいかなる根拠によって生じるのか、という問題に直面することにならざるを得ないのである。

 そこで仮に、「入院措置」を、今後は、「即時強制」ではなく「入院命令」と解釈し(そういう解釈が可能かどうかも疑問だが)、感染者に対して、行政文書等で「入院措置」が発出されるということにするとすれば、その命令違反となる「入院拒否」「入院者逃亡」に対して「50万円以下の過料」が科されることになるが、そうなると、入院を拒否しても、入院者が入院先から逃亡しても「過料を支払えばオシマイ」ということになり、「強制的な入院」は行えないことになる。それによって、「入院」に関する法的措置の体系の実効性は、現行法より、著しく弱められることになる。

 今回の法改正での罰則導入の規定は、新型コロナウイルスが含まれる「指定感染症」に対する「入院措置」だけに関するものではない。「一類感染症」(エボラ出血熱、クリミア・コンゴ出血熱、痘そう、南米出血熱、ペスト、マールブルグ病、ラッサ熱)に対する「入院措置」、「二類感染症」(急性灰白髄炎、結核、ジフテリア、重症急性呼吸器症候群、鳥インフルエンザ)、新型インフルエンザ等感染症に対する「入院措置」に関する、「入院拒否」「入院者逃亡」に対する罰則適用も含まれている。

 もし、これら様々な感染症に対する「入院措置」が、丸ごと「入院を拒否しても、入院者が入院先から逃亡しても50万円以下の過料を支払えばオシマイ」ということになってしまってしまうとしたら、想像するだけでも、ゾッとする。

 最終的な法律の文案が不明だが、問題を他の感染症に波及させないことを考えると、過料の罰則導入の対象を「指定感染症」に限定することにするのかもしれない。しかし、そうなると、「一類感染症」「二類感染症」と「指定感染症」とで、「入院措置」の内容が、片方は、「即時強制」で、片方は行政罰の根拠となる「命令」ということになり、これまた「中身がグシャグシャの法律」になってしまう。

 本来、内閣提出の法案については、内閣法制局の審査が行われるはずだ。そして、罰則付きの法案については、法務省刑事局の「罰則審査」が行われ、改正法の内容、罰則の必要性、罰則の構成要件の明確性、法定刑の相当性などが審査される。

 今回の感染症法改正案による罰則導入については、一体どのような審査が行われたのだろうか。「入院措置」がどのような場合に、どのような要件で実施されるのかを十分に確認したのだろうか。

 そもそも、感染対策の面から全く必要がないどころか、かえって感染拡大のおそれすらある上に、法律の措置体系との関係からも疑問がある罰則導入の法案を閣議決定し、国会提出したこと自体に重大な問題がある。感染法を所管する厚労省が、罰則導入の必要性を判断し、検討した上で法案を提案したようには思えない。度重なるコロナ感染対策の失策を挽回すべく、官邸主導で罰則を導入しようとしたのであろうか。

 それが、与党議員の「銀座クラブ通い」発覚もあって、混乱に一層拍車がかかり、感染症法の措置体系の実効性にも重大な影響を生じかねない事態を招いているとすれば、まさに「国難」と言える新型コロナ感染拡大への対策を担う内閣として、あまりにお粗末だ。

 菅内閣の「迷走」のために、感染症法の措置体系が「ブチ壊し」になることは、絶対にあってはならない。

郷原総合コンプライアンス法律事務所 代表弁護士

1955年、島根県生まれ。東京大学理学部卒。東京地検特捜部、長崎地検次席検事、法務省法務総合研究所総括研究官などを経て、2006年に弁護士登録。08年、郷原総合コンプライアンス法律事務所開設。これまで、名城大学教授、関西大学客員教授、総務省顧問、日本郵政ガバナンス検証委員会委員長、総務省年金業務監視委員会委員長などを歴任。著書に『歪んだ法に壊される日本』(KADOKAWA)『単純化という病』(朝日新書)『告発の正義』『検察の正義』(ちくま新書)、『「法令遵守」が日本を滅ぼす』(新潮新書)、『思考停止社会─「遵守」に蝕まれる日本』(講談社現代新書)など多数。

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