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なぜ「人質司法」解消に水を差すことに拘るのか~産経新聞は、誤った「印象操作」記事は撤回・謝罪すべき

郷原信郎郷原総合コンプライアンス法律事務所 代表弁護士
法務省庁舎(写真:アフロ)

産経新聞の、【保釈率倍増、高まる逃走・再犯リスク 裁判所判断に浮かぶ懸念】と題する記事や、それを受けての社説について、昨日(6月23日)、アップした記事で、

今回の事件で収容を免れて逃走した男が、周辺の住民のみならず、社会に大きな不安を与えたことで、「裁判所の保釈許可の傾向」に対する警戒感を煽り、裁判所が適切に保釈の可否を判断する姿勢に水を差そうとしているとすれば、極めて不適切

と批判した。(【実刑確定者の逃亡は「『人質司法』の裏返し」の問題  ~「保釈」容認の傾向に水を差してはならない】)

ところが、産経新聞は、さらに、【保釈倍増で逃走リスク 収容前の不明は全国で26人】と題する記事を出して、あたかも、ゴーン氏の事件で「人質司法」が海外から批判を受けて、裁判所が「従来の基準を覆してまで」保釈を許可するようになったことが、保釈による被告人の逃走リスクを高め、社会に不安を与えているかのように結論づけている。

その中で、

小林誠容疑者のように実刑確定後、収容前に行方不明になる者は「遁刑(とんけい)者」と呼ばれる。裁判所が保釈を広く認める傾向を強め、これまで許可してこなかった暴力団関係者や薬物常習者なども保釈するようになったため、出頭に応じなかったり、逃走したりするケースが増えている。

などと述べた上、その原因について

裁判所が、保釈を広く認める背景にあるのが、容疑者や被告が否認すると勾留が長期化する日本の刑事司法制度を揶揄(やゆ)した「人質司法」からの脱却だ。日産自動車前会長、カルロス・ゴーン被告(65)の事件でも海外から批判され、従来の基準を覆してまでも保釈を許可したことで、裁判所のスタンスが鮮明になった。

などと述べ、あたかもゴーン氏の事件での国際的批判から裁判所が保釈許可の傾向を強めたことが出頭拒否や逃走の原因であるかのように印象づけている。

しかし、「暴力団関係者や薬物常習者なども保釈するようになった」ということが事実だとしても、それは、「罪証隠滅のおそれ」によって無罪主張をする被告人の身柄拘束が長期化するという「人質司法」とは、異なる次元の問題だ。「従来の基準を覆してまで」保釈を許可するというのが、「人質司法」批判に対応するものだとすれば、「暴力団関係者や薬物常習者などの保釈」とは無関係だ。

しかも、この記事では、保釈許可の拡大の傾向によって、「出頭に応じなかったり、逃走したりするケースが増えている」と述べているが、その「増加」の客観的な根拠が示されていない。そして、

全国の地裁、簡裁が保釈を許可する割合は平成20年の14.1%から29年には31.3%と10年間で倍増している。保釈後、実刑が確定した者の大半は服役するが、法務省によると、逃走するなどして収容されていない遁刑者は30年末で全国に26人いる。

と述べているが、保釈許可率が高まったことは事実であるとしても、果たして、それに伴って、「遁刑者の増加」という現象が起きているのであろうか。私が検察の現場にいた時の経験からすると、全国での「遁刑者」の数が26人というのは、特に大きな数字のようには思えない。

この「遁刑者」の数は、過去に、法務総合研究所が行った調査結果が犯罪白書で公表されたことがある。法務省刑事局の調査によると昭和36年末の遁刑者は903人であり、昭和40年版の犯罪白書によると、昭和39年末の段階の遁刑者は655人であるから、3年で概ね3分の2に減少している。その後、遁刑者の数は公表されていないが、学習院法務研究に掲載された岡本裕明弁護士の論文【再保釈請求の許可基準に関する理論と実務】の中で、

現在においては、遁刑者の数について公刊物で 確認することはできないが、法務省刑事局総務課に問い合わせた結果、平成26年度末の段階で約30名という回答を得た。

と書かれている。

産経記事のとおり、平成30年末で遁刑者が26人だとすれば、昭和40年の時点と比較すると25分の1に大幅に減少していることが明らかだし、少なくとも、最近4年間でも、遁刑者は減少しているのである。

このようなことは、法務省担当記者が取材すれば容易に判明するはずであるが、産経新聞は、なぜ、そのように容易にわかる「遁刑者の減少」の事実に言及せず、逆に、保釈が容認される傾向が、遁刑者の増加を招いているかのように思わせる書き方をするのであろうか。それは、保釈容認の傾向に水を差そうとする「印象操作」そのものではないか。

また、今回の実刑確定者逃亡事案に至る経過についても、不正確な記述がある。

小林容疑者は、1審段階で保釈され、実刑判決後に保釈が取り消されたものの、控訴した後に再保釈が認められており、まさにこのケースに当たる。

と述べているが、実刑判決後に、「保釈取消」が行われた事実があるのだろうか。「保釈取消」は、出頭拒否や保釈条件違反によって、裁判所の決定で保釈を取り消すことだ。その事実があったのであれば、「再保釈」を認めたりはしないだろう。保釈が「取り消された」のではなく、一審の実刑判決によって、保釈が「失効」し、その後、再度の保釈請求が許可されたということであろう。産経新聞の記者は、「保釈取消」と「失効」の違いという基本的な知識もなく記事を書いているのだろうか。

ゴーン氏事件での長期間にわたる身体拘束によって、日本の司法に対する国際的な批判が起きていることを契機に、1010人の法律家による『「人質司法」からの脱却を求める法律家の声明』が出されている。私も、村木厚子氏の冤罪事件等に顕著に表れた「特捜的人質司法」が一般事件における人質司法以上に深刻な人権蹂躙を生じさせ、それが「特捜部の武器」として悪用されていることを強く訴えてきた。(【”ゴーン氏108日勾留”は「特捜的人質司法」の問題】)

「人質司法」を是正し、近代国家に相応しい「人権尊重」の刑事司法を実現することは、今や、日本の社会にとって、極めて重要な課題となっている。産経新聞が、「人質司法」批判から、保釈容認の動きが拡大していることが、保釈された被告人の逃亡や「遁刑者」を増加させ、社会に不安を与えているかのように根拠もなく報じ、なおかつ、誤った印象を与えることで、「人質司法」是正の動きに水を差そうとしているとすれば、それは、新聞の報道姿勢として許されることではない。

産経新聞は、森友・加計問題等での朝日新聞の報道を「印象操作」と言って批判する安倍首相を支持・擁護してきたが、「人質司法」に関連する今回の記事こそ、誤った「印象操作」そのものではないのか。

記事の内容を早急に検証し、記事を撤回した上、謝罪すべきだ。

郷原総合コンプライアンス法律事務所 代表弁護士

1955年、島根県生まれ。東京大学理学部卒。東京地検特捜部、長崎地検次席検事、法務省法務総合研究所総括研究官などを経て、2006年に弁護士登録。08年、郷原総合コンプライアンス法律事務所開設。これまで、名城大学教授、関西大学客員教授、総務省顧問、日本郵政ガバナンス検証委員会委員長、総務省年金業務監視委員会委員長などを歴任。著書に『歪んだ法に壊される日本』(KADOKAWA)『単純化という病』(朝日新書)『告発の正義』『検察の正義』(ちくま新書)、『「法令遵守」が日本を滅ぼす』(新潮新書)、『思考停止社会─「遵守」に蝕まれる日本』(講談社現代新書)など多数。

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