ゴーン氏は、なぜ勾留理由開示公判に打って出たのか

(写真:ロイター/アフロ)

 金融商品取引法違反(有価証券報告書の虚偽記載)で起訴され、特別背任で再逮捕・勾留中の日産自動車の元会長カルロス・ゴーン氏に対する勾留理由開示公判が、1月8日午前、東京地裁で開かれることになった。

 勾留理由開示は、勾留されている被疑者・被告人、弁護人等からの請求に基づいて、公開の法廷で、裁判官がいかなる理由で勾留したかを明らかにする手続であり、「抑留及び拘禁の制約」に関する憲法第34条の規定の中で、「何人も、正当な理由がなければ、拘禁されず、要求があれば、その理由は、直ちに本人及びその弁護人の出席する公開の法廷で示されなければならない。」とされていることに基づき、刑訴法82条以下で規定されている制度だ。

 被疑者・被告人に憲法上保障された権利ではあるが、実際に請求され実施されるケースは非常に少ない(全勾留状発付件数の1%にも満たない)。

 一般的に、勾留理由開示公判が開かれても、勾留事実が読み上げられ、「逃亡のおそれがある」「罪証隠滅のおそれがある」などと、勾留の理由が抽象的に示されるだけで、被疑者、弁護人側にとって、あまりメリットがない。そのため、通常の事件では、弁護人が、勾留理由開示請求という手続があることを意識し、それを請求するかどうかを、被疑者との接見で相談すらしない場合も多いと考えられ、それが請求件数が少ない理由だと思われる。

 では、数少ない勾留理由開示公判の請求というのは、どのような事件で、どのような目的で行われるのか。

公安事件での勾留理由開示公判

 1980年代くらいまでの勾留理由開示公判で、圧倒的に多数を占めたのは、公安事件であった。

 当時は、中核派・革マル派などのいわゆる過激派集団の非公然活動家によるテロなどの破壊活動や内ゲバ殺人事件が多発し、警視庁公安部の最大の仕事は、その対策のために非公然活動家を検挙することだった。

 非公然活動家というのは、家族、親族、知人など、すべての個人的つながりを絶って、その存在と活動が、まったく把握されないよう身分を隠して活動を行う。その行方を追い続けているのが公安警察だった。過去の内ゲバ殺人事件やテロ事件などの重大事件で指名手配されている人物が逮捕されるケースもあるが、多くは、後方支援部隊の非公然活動家が、警察官から職務質問を受けた際に、警察官に暴行を加えたという公務執行妨害の現行犯や、運転免許証の更新手続の際に、住居を偽って免許証を取得したという免状等不実記載罪など、いわゆる「微罪」で逮捕されるケースだった。

 非公然活動家は、警察・検察に対して「完全黙秘」を貫くことを組織から指示されている。取調担当検察官は、「物言わぬ被疑者」を前に、何時間も一方的に話し続ける。それに対して、まったく口を開かず、黙秘を貫く「完黙闘争」を貫徹するというのが、いわゆる過激派の方針だった(公安事件での「非公然活動家」の取調べについて、拙著【検察の正義】(ちくま新書:2008年)第1章)。

 こういう事件での勾留は、「暴力革命による国家転覆」を標ぼうする過激派集団と、公安警察、公判検察との「闘争」の場であり、被疑者・弁護人側からすると、国家権力による「弾圧」そのものだった。ほぼ例外なく、勾留理由開示が請求され、開示公判が開かれていた。

 弁護人側の勾留理由開示公判の目的は、接見禁止で身柄を拘束されている被疑者を公開の法廷に立たせ、詰めかけた過激派の公然活動家や支持者の前で、「弾圧に屈することなく、国家権力との闘争を戦い抜く」という結束を確認することだった。

 それゆえ、公安事件の勾留理由開示公判は、平穏に終了することはまずない。傍聴席に集まった支援者らが、「同志、頑張って!」と声をかけるだけでなく、裁判官が勾留理由を告げている最中に、「不当勾留!」と口々に叫んだりして、多数の退廷命令が出るのが通例だった。  

美濃加茂市長事件での勾留理由開示公判

 かつての過激派の公安事件がそうであるように、逮捕当初から、被疑者、弁護人が逮捕・勾留事実について、無罪を主張して検察と全面的に争っていく方針が確定している場合、特に、政治家等有名人の事件で、逮捕直後からのマスコミの「有罪視報道」によって、被疑者が有罪であり、極悪人であるかのようなイメージが拡散されている場合、勾留理由開示公判で、被疑者が、支持者・支援者やマスコミの前で、自分が無実であることを明確に主張することには、大きなメリットがある。

 私が、逮捕直後から主任弁護人として弁護を担当した藤井浩人前美濃加茂市長の収賄等の事件では、弁護人受任直後の接見の時点から、藤井氏の潔白を確信し、ただちに記者会見を行って、藤井市長の潔白・無実を強く訴えていた。勾留後8日目に勾留取消請求を行うと同時に、勾留理由開示を請求し、翌日、勾留理由開示公判が行われた。藤井氏は、傍聴席に詰めかけた美濃加茂市民の前で、堂々と、受託収賄の事実について潔白であることを訴えた。裁判官が示した勾留理由の一つ「逃亡のおそれ」が、現職市長の勾留理由としてあまりに不合理なものであることを、その公判でも強く訴えた(【青年市長は“司法の闇”と闘った】68頁(角川書店:2017))。

 現職市長に対する勾留が不当であることを、市長を支持する美濃加茂市民やマスコミにアピールする効果は十分にあった。

勾留理由開示公判のデメリット

 勾留理由開示公判は、「接見禁止によって家族との面会ができない状況に置かれている被疑者を公判廷に立たせることで、傍聴席に来た家族に元気な姿を見せる」という目的で行われる場合もある。しかし、一方で、被疑者は、公開の法廷に、手錠・腰縄という姿で登場することになるため、「犯罪の疑いで身柄を拘束されている者」という強いイメージを持たれてしまうのが、社会的地位のある人間にとって耐え難いということがある。家族に対しても、そのような姿をさらしたくないと考える者もいる。

 そういうこともあり、これまで、特に、社会的地位のある者が逮捕勾留されることが多い特捜部の事件では、ほとんど行われた例がなかった。

 そういう意味では、今回、ゴーン氏が、勾留理由開示請求を行い、公判に出廷することになったのは、手錠・腰縄姿で公開の法廷に出ることで、「国際的な経営者」のイメージが傷つけられるというデメリットがあっても、自己の主張を堂々と述べ、無実を主張することのメリットが、それを上回るとの判断があったであろう。

 ゴーン氏としては相当な覚悟を持って決断したはずだ。

ゴーン氏の勾留理由開示公判の狙い

 では、ゴーン氏が、敢えて勾留理由開示公判に臨むことにした理由・目的として、どのようなことが考えられるか。

 最大の目的は、特別背任での再逮捕後、検察側のリークによると考えられる「有罪視報道」が相次ぐ中、「一方的な報道」に対抗するため、ゴーン氏が、マスコミ等の前で、自らの言葉で、特別背任の事実についての無罪を強く主張することであろう。

 有価証券報告書の虚偽記載の事実については、「退任後の報酬の支払の約束」について記載義務があるのか、それが「重要な事項」に当たるのか、という法的解釈が中心であり、ゴーン氏自身が主張することの意味は、それ程大きくなかった。しかし、現在の勾留事実である特別背任については、全面無罪の具体的な主張をゴーン氏自身の言葉で行うことの意味は非常に大きい。

 特別背任の事実のうち、デリバティブの評価損の日産への付け替えについては、「日産に損失を負わせる意図があったか否か」、サウジアラビア人への送金に関しては、「機密費」とされるゴーン氏の裁量での支出が行われていた理由、送金と日産の事業との関係などが、最大の争点となる。ところが、この点に関して、年末年始にかけてのマスコミ各社の報道では、記事の末尾に、ゴーン氏側の主張がごく簡単に引用されるだけで、見出しも、記事も、大部分は、検察側の見方を大々的に報じ、「有罪」を強く印象づけるものばかりだった。

 これらの点は、まさにゴーン氏自身の認識・意図の問題であり、証拠的には、本人の供述内容が大きな意味を持つ。さらに、今回の事件のそもそもの発端となった日産西川社長らの「クーデター」について、ゴーン氏自身の率直な思いを述べたいということもあるだろう。

 ゴーン氏が、開示公判で述べることは、それまでの検察側の見方ばかりを報じてきたマスコミとしては、「対等報道」の観点(検察側と、被告人弁護人側の主張を、対等に扱うこと)からも、相当詳細に紹介することになるはずだ。新聞・ネット記事では全文掲載されるであろう。

 そのように考えると、ゴーン氏が、勾留理由開示公判の場で、自らの主張を堂々と述べることの意義は非常に大きいと言えよう。