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なぜ保守派はLGBT法案に激しく反対するのか?ーLGBT法ついに成立

古谷経衡作家/評論家/一般社団法人 令和政治社会問題研究所所長
伯、サンパウロ市におけるLGBTパレード(写真:ロイター/アフロ)

・LGBT法案ついに成立

 所謂LGBT法案は、6月13日に衆院で可決され参議院に送られ、同16日には参院でも可決され成立した。法案は与野党の修正により、真に性的少数者への理解増進に奏功するかは疑問ではあるが、ともかくご存じの通り、保守派は一貫してこの法案に対し頑なに、激しく反対してきた。

 法案が大きく後退した印象があるにもかかわらず、保守派はその文言の如何に関わらず、LGBT法案そのものを廃案にしなければ納得ができない勢いと見える。焦点になった「性自認」の文言は修正されたにもかかわらず、それで保守派が留飲を下げる展開には全くなっていない。

 つまり保守派の法案に対する反対姿勢は、もはや「性自認」という文言がどうのというレベルではないのである。いまやLGBT法案に反対するか否かが、保守派である事のアイデンティティの証明、若しくは踏み絵となっているきらいも感じられる。なぜ保守派はこれほど激しくLGBT法案に反対するのだろうか?説明していく。

・かつて”LGBT問題”は保守派の「ホットイシュー」では無かった

 私は2015年春にYAHOOニュースにて、「保守はなぜ同性愛に不寛容なのか?~渋谷区パートナーシップ条例をめぐる怪~」を寄稿した。このときは今から約8年前であり、第二次安倍政権下である。東京都渋谷区の「パートナーシップ条例」をめぐる保守派の反応を書いたものだが、正直この当時、保守派にとっての「最優先課題」は決してLGBTに関するものでは無かった。

 確かに8年前からLGBTについての諸問題は保守派にとって無視のできないイシューではあったが、それよりも靖国神社公式参拝、憲法改正、自衛隊増強、対中韓外交の硬化、そして沖縄の在日米軍基地容認等のほうが優先度は「圧倒的に」高いと言えた。

 8年より前、つまり2010以前については、もちろんパートナーシップ条例などが未整備だったこともあるが、LGBTに対してことさら厳しい姿勢を採るものが目立つというわけではなかった。保守派にとってLGBTは、「(諸々の権利擁護の動きに対して)反対姿勢はあるが、そこまで最優先というほどではない」という感覚であった。そして当時も今も、所謂保守界隈にLGBTの当事者が少なからず存在したのである。

 ゼロ年代に入って永住外国人に参政権を付与する所謂「地方参政権」が議論の俎上にあがった時は、「憲法違反である」「(韓国などに)地方自治体が乗っ取られる」などの反対・懸念(その懸念が真かどうかはともかく)の理屈が保守派から曲がりなりにも一本やりで存在したことに比べて、今般のLGBT法案に反対する理由を保守派は何個も並べているが、どれも漠然としたものでとり散らかっている。つまりLGBT法案に保守派がこれほど反対する姿勢がまるで「保守派のアイデンテティの一丁目一番地を形成する」ほどまで激しくなったのは、つい最近、ここ数年のことであると換言しても良いのだ。

・錯綜する反対理由

 保守派の有力誌『月刊HANADA』はその6月号(2023年6月号)において、LGBT法案への大反対特集を組んだ。その中で『LGBT法案 稲田朋美の裏切り』と題して、フリージャーナリストの山口敬之氏が寄稿している。

 要約するとLGBT法案成立の旗振り役である稲田朋美衆院議員は、安倍元総理が健在であった時代には安倍元総理からの諫言を聞き入れて法案推進を思いとどまったものの、安倍元総理死去後はその「諫言」を無視して法案成立に前のめりになったのは「裏切りだ」という論法である。この中で山口氏いわく、安倍元総理は「日本でもカレン・ホワイト事件が起こる」などとして稲田議員への諫言の最大理由としている。カレン・ホワイト事件とはイギリスで女子刑務所に収監されたトランスジェンダー女性が、同刑務所収監中に女性受刑者2名に対し性的暴行を行ったものである。つまりカレン・ホワイトの「性自認」を英当局が鵜呑みにしたがために起こった悲劇的な刑事事件というわけである。

「…稲田が合意してきた『性自認を理由とする差別は許されない』という文言を入れたら、日本でも『カレン・ホワイト事件』が続発するということだよね。『カレン・ホワイト事件を防ぐ』を合言葉にしよう。」(安倍元総理の発言として、月刊HANADA,P.110)

 ところが一方で、2023年5月の夕刊フジのインタビューに対し、麗澤大学の八木秀次教授は安倍元総理の発言として次のように述懐している。

「私と(安倍元総理)の対話の中でも、安倍氏はLGBT問題と、皇位継承の関連について言及していた。法制化後に発生する弊害を読んでいた。現在でも、『皇位は、男系男子の血で継承されることに正統性を見いだす』という考え方に反感を持ち、女系容認の方向に変えようとする動きがある。皇室を大切にする安倍氏は、『性自認』を認めた先には『皇室典範を変えなくても、性別の概念を変えることで、将来的に伝統的な価値を壊すことが可能になりかねない』と理解していたようだ。」(夕刊フジ、2023年5月22日,括弧内筆者)

 同じ反対でも、カレン・ホワイト事件の例証と「皇室の危機」を理由としたものでは隔たりがある。いったいどれが反対の理由だったのか良く分からない。

 ことほど左様に、保守派のLGBT法案への反対理由はとり散らかっているように思える。「性自認」の文言が「トイレや女湯にトランスジェンダーを顕名する者が乱入することを誘発する」から始まり、いわく「皇室の破壊」「国や社会が壊れる」などの漠然とした不安感に続く。

・いつになく散漫な保守派の反対理由の背景は…

「LGBTには生産性が無い」旨を『新潮45』に書いた杉田水脈衆院議員が、その反対理由として自著等の中で「(LGBT権利擁護の推進は)共産主義者、コミンテルンなどの策動」としたり、最近では同法案に反対する参政党の神谷宗幣参院議員も同様に「(LGBT法案成立の背景には)共産主義者の国家解体の動き」などの旨、反対理由を述べている。

 またはLGBT法案について日本政府にその成立を働きかける趣旨の発言を行ったエマニュエル駐日米大使による「内政干渉」を最大問題とする理由もある。そして今般成立したLGBT法案から「性自認」の文言が消えても、相変わらず同じ反対理由を述べて激しく抵抗しているのが実態だ。

 要するに保守派のLGBT法案反対理由の多くは、いつになく散漫であり、一本やりに統一されていない。「それだけ多くの反対理由がある」との抗弁があるのかもしれないが、例えば所謂「トイレ問題」は現行の刑事罰で対処できるもので、理念法の成立では影響しない。「共産主義…」云々はそもそも共産主義というイデオロギーとLGBT権利擁護の動きは別物であり、そもコミンテルンは独ソ戦中の1943年に解散しており論外である。皇室の危機は「もしも」の仮定の話であり現実的とはいいがたい。保守派の反対理由が地方参政権とは違って「散漫」「不統一的」に過ぎるのは言い過ぎとは言えないだろう。

 その理由は、LGBT法案への反対は、真に保守派の理念や信念から出たものではなく、二次的、循環的、刹那的なものにすぎないからである。どういうことか。保守派はこれまで、その時その時にホットに見える「保守的イシュー」に喰いつくことによって議論を過熱させ、勢力を拡大させてきた。それはゼロ年代の「在日特権」「反中国」「嫌韓国」にはじまり、2009年から(2012年までの)の「民主党政権打倒」と続く。第二次安倍政権以降ではとりわけ「沖縄の辺野古移設(反対派への批判)」が燃え上がった。この間にも保守派にとって大小のイシューがあり、それは「アイヌ新法反対」や「従軍慰安婦問題(従軍違反府は存在しないとする俗説)」、「トランプ大統領の敗北(2020年大統領選落選)を認めない」などとするものである。

・保守派の中で消費される「ホットイシュー」とは

筆者制作、画像の通り
筆者制作、画像の通り

 これらは、憲法改正、歴史認識、対中韓外交以外についてのものは「一過性のイシュー」でしかなく、その都度保守界隈で「消費」されるものだ。「一過性のイシュー」のイシューに、「在日特権」「沖縄」「アイヌ」「民主党」「トランプ」を代入すればすぐさま成立する。そして消費されつくした後はとうぜん沈静化される(但し、全く雲散霧消するわけではない)。

 永らく「在日特権」を真としてその廃絶を主張してきた保守派の一部は、「在日特権」が存在しないことが明らかになって来るや、その攻勢の方向を「沖縄」や「アイヌ」にシフトさせた。「民主党政権打倒」のホットイシューは2009年~2012年の民主党政権の時代は大いに有効だったが、2012年に民主党が下野し、第二次安倍政権が長期政権になると「(彼らにとっての)敵」が弱体化したので、今度は野党の個別議員への揶揄に転換していく。「嫌韓国」については、近年の尹錫悦政権は対日関係を重視し極めて融和的であり、とりたててイシュー化しづらい。沖縄の辺野古移設反対派への嘲笑や攻撃は、その都度(知事選の時などや有名人の発言等)盛り上がるものの、恒常的なハレーションが持続するわけではない。

 つまり、常に新しい攻撃・批判対象を探索し、それ以前はそこまで大きくなかったイシューを肥大化させて大きな議論にし、その話題性が消費されると新しいイシューをまた肥大化させる…、というのがとりわけ過去20年間近く、保守派の中で繰り返されてきた「〇〇への反対現象、姿勢」に古典的にみられる特徴である。「立憲民主党や共産党議員」「沖縄の米軍基地反対派」「自民党総裁選における反清和会的な自民党議員」「進歩派メディアにおける政権批判」…。これらへの保守派からの攻勢が一服したからこそ、LGBT法案への反対はこれほどまでに激しくなり、ごく短期間で「(法案に)反対することが保守派のアイデンテティの核」と言えるほどまで肥大したのである。最近はとみに「東京都から若年女性救済に関する委託事業を行っていた民間団体の経理についての諸問題」がおおむね一服をみたことも関係があろう。

・新しい「燃料」としてのLGBT法案反対

 何のことは無い、保守派にとっての「新しい燃料」こそがLGBT法への反対である。だからこそ戦後の保守が永らく主張してきた憲法9条の改正(併せて護憲派への批判)のように、典型的で統一的な反対理屈があまりみられず、突拍子もない「トイレが…」「皇室が…」「国が社会が…」などと散逸しており、まとまりを欠くとみられるのである。

 繰り返すように、所謂保守派の中に永らく居をしてきた私は、その中で数多くのLGBT当事者が存在することを知った。彼らはほんの10年前まで政治的には右派だが、LGBTへの権利擁護については概ね肯定的であった。彼らの性的志向を知る周辺の保守派も、彼らの面前で「LGBTは日陰者でいるべき。権利を与えるべきではない」などと言い切る人を私は観たことは無い。それは面と向かってLGBT当事者を罵倒することは、さすがに憚られるという人間としての感情以前に、彼らの中ではLGBT問題よりも「反日メディア批判」「護憲派攻撃」「民主党政権批判」「歴史認識問題」の方が遥に巨大なイシューだからだったからだ。

 あれから10年以上たって、いまやLGBT当事者を名乗る保守派や政治的右派ですらも、法案に反対ですらなく、「そもそも(LGBT法案は)必要が無い」「すでに日本においてLGBTの権利は十分である」と言い出す人もいる。今後数年の保守派における潮流の未来を予想することはたやすい。

 いま盛り上がっているに見えるLGBT法案については、この後も廃案・廃止を望む声がくすぶるだろうが、そのイシューもやがて「消費」され、また別の「燃料(法案)」が、今回のLGBT法案への熾烈な反対と同じように燃え上がり、それがまるで「保守であるか否か」の踏み絵となって、賛成する議員を裏切り者と見做し、その行為が繰り返されるであろう。

 旧式の蒸気機関車は、常に燃料(薪)をくべないと前進することができないのだ。その薪がいかに質が悪く、湿っていたとしても、なにも入れなければ突進ができない。蒸気機関車に客を乗せているのであれば、なおのこと何かを入れなければならないのである。(了)

作家/評論家/一般社団法人 令和政治社会問題研究所所長

1982年北海道札幌市生まれ。作家/文筆家/評論家/一般社団法人 令和政治社会問題研究所所長。一般社団法人 日本ペンクラブ正会員。立命館大学文学部史学科卒。テレビ・ラジオ出演など多数。主な著書に『シニア右翼―日本の中高年はなぜ右傾化するのか』(中央公論新社)、『愛国商売』(小学館)、『日本型リア充の研究』(自由国民社)、『女政治家の通信簿』(小学館)、『日本を蝕む極論の正体』(新潮社)、『意識高い系の研究』(文藝春秋)、『左翼も右翼もウソばかり』(新潮社)、『ネット右翼の終わり』(晶文社)、『欲望のすすめ』(ベスト新書)、『若者は本当に右傾化しているのか』(アスペクト)等多数。

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