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ウクライナ侵攻で燃え上がる保守派の「憲法9条改正」論

古谷経衡作家/評論家/一般社団法人 令和政治社会問題研究所所長
炎のイメージ(写真:イメージマート)

・保守派の中で燃え上がる憲法9条改正論

 ロシア軍のウクライナ侵攻を受けて、日本の保守派では急激に憲法9条改正論が燃え上がっている。

 それらの声のほとんどは、ウクライナが明々白々な侵略を受けた以上、もはや憲法9条に意味はない―、日本も同様の侵略を受けないようにするため、早急に9条を改正するべきである―、とするものである。もちろん、従前から日本の保守派はほぼ完全に全部9条改憲論者であって、冷戦時代から9条改正は保守派の一丁目一番地であったのは言うまでもないが、今次のウクライナ侵攻でさらにガソリンを投じたように拍車がかかっている。

 読者の理解を助けるために、現状、日本の保守派の中でどのような9条改憲論議があるのかを簡素に以下記す。

筆者制作
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1)が伝統的に、冷戦時代から大多数の支持を集めているが、3)が所謂安倍改憲案として浮上(もちろんこれは公明党への納得材料として形成されたものである)してからは、3)も主流になりつつある。

 但し心情としての本心は完全に2)である。しかし2)だと流石に、衆参両院での発議はともかく、現実的に国民投票の段で否決されては困るので、心情としてはこれだが、現在の主力は1)と3)である。

4)については少数の極端な保守系言論人がこれまた、ふつふつと唱えておりそのファンに支持されてきたが、日本国憲法のなりたちの背景にGHQの強い意向があったことはともかくとして、現行憲法はそもそも大日本帝国憲法を改正して成立しているので、憲法学の観点から言ってトンデモであり、流石に保守論壇でも相手にされていない。加えてこれを唱える一部の保守系言論人が保守論壇の内部抗争の結果、大きくその権勢を減退させたことから、さらに勢いを失っている。

 俯瞰するとこのような情勢である。しかし今次のウクライナ侵攻を受けて燃え上がる保守派の憲法9条改正論は、実際にはウクライナ侵攻とは何の関係もない。なぜなら憲法とはそもそも自国の国家権力を緊縛・拘束するものであるから、他国の行動を拘束するものではないからである。こんなことは義務教育段階で諒解されるべき憲法の基礎である。よって今次ウクライナ侵攻と憲法9条云々の議論は、そもそも全くかみ合っていない。

・現在のウクライナ軍の抵抗は、純然たる自衛権の行使 

 ご存じのように、憲法9条は自衛権を認めている。目下ウクライナでウクライナ軍がロシア軍に抵抗しているのは純然たる自衛権の行使であって、仮に日本が侵略を受けたとしても、ウクライナ軍と同様の抵抗を行うことについて、憲法9条はなんら制限していない。繰り返し言うが、憲法9条は自衛権を認めており、9条を改正しなくとも、現行憲法の条文を一文字も変えなくとも、自衛隊は自衛権の元、侵略軍に抵抗することは全く何の問題もないからである。

 理屈的には、仮に憲法9条的なるものがロシアにも確固として存在していたとして、ロシアにも9条的なるものがあったにもかかわらず、プーチンが侵略をしている。だから9条など簡単に踏みにじられるのだから無意味なのではないか―、と立論するのであれば百歩譲って9条の意義がない、という風な理屈は辛うじて成り立つが、ロシアには9条は無い。

 しかし今次ウクライナ侵攻で、日本の保守派が「もはや憲法9条に意味はない」と燃え上がっているのは、擁護的に解釈するならば、次のようにかみ砕くことができる。「護憲派は、憲法9条があるから他国に侵略されることは無い。憲法9条があれば、日本は他国から攻撃を受けることは無い―、とさんざん言ってきたではないか。だがウクライナを観よ。ロシア軍に侵略されているではないか。憲法9条で国を守るというなどは幻想なのである」。こういうことを言いたいのであろう。

 確かに一部の護憲派と目される人々が、9条の存在を以て日本は侵略されない、9条こそ日本を守るのだ、と言ってきたきらいがあるのは事実である。しかしその真意は、日本の国家権力を9条で拘束することによって、日本が他国を侵略する準備も実力も一切存在しないことを国際社会に公言する。そうすれば日本周辺の他国はそもそも日本の対外侵略に備えて軍備拡張をする必要性が薄れるのである。

 さすれば他国の軍備増強は必然抑制されるはずである。結局それが、日本への侵略意図や侵略実力を粉砕ないしは無効化する。先の大戦(WW2)の反省を踏まえれば、日本の国家権力が9条によって拘束されることで侵略準備を放棄し、自衛のための必要最低限度の自衛力にとどめれば、相手国もまたそれに抗する軍備の拡張ないし装備の積極的更新の必要性を感じなくなる。それこそが侵略を防ぎ、結果的に日本を守るのである―、と、こういう趣旨で護憲派の一部が9条護持こそが最高の自衛策であると言ってきたことはまず事実である。

・いま議論すべきは憲法9条改正論議ではない

 ただし、幾ら9条によって日本の国家権力を拘束し、自衛のための必要最低限度の自衛力にとどめたとしても、9条は他国の国家権力に対し無効なので、他国の明確な侵略意図を9条によって完全に瓦解させることができるという考えは、冷戦崩壊以後の国際情勢を鑑みても、また更に今次のウクライナ侵略を鑑みても、些か夢想に過ぎると結論にいたることは仕方がないであろう。

 しかしそれは9条改正論議にはまったく繋がらず、自衛力を如何に強化するべきかという方向にもっていくべきなのが筋である。よって護憲派の主力政党である日本共産党も、自衛隊が「軍隊であるかどうか」の解釈はともかく、自衛隊を認める立場である。

 現在燃え上がる日本の保守派による「憲法9条改正」論は、根本的にはウクライナ侵攻とは別次元で、何の関係もなく、筋違いの論議が勝手に沸騰している。現行憲法下で侵略に抵抗する自衛権の行使は何ら問題がない事は自明なので、9条の元、如何に通常戦力によっての日本の自衛力を高め、実際に侵略された時にどう抵抗するかの議論こそが必要なのである。ウクライナ侵攻に対して燃え上がる保守派の9条改正論議は、批判的にみれば完全なる「便乗」であり、些か好意的に見れば「憲法の趣旨を知らないが故の無知」が土台になっている、と結論するしかないのではないか。(了)

作家/評論家/一般社団法人 令和政治社会問題研究所所長

1982年北海道札幌市生まれ。作家/文筆家/評論家/一般社団法人 令和政治社会問題研究所所長。一般社団法人 日本ペンクラブ正会員。立命館大学文学部史学科卒。テレビ・ラジオ出演など多数。主な著書に『シニア右翼―日本の中高年はなぜ右傾化するのか』(中央公論新社)、『愛国商売』(小学館)、『日本型リア充の研究』(自由国民社)、『女政治家の通信簿』(小学館)、『日本を蝕む極論の正体』(新潮社)、『意識高い系の研究』(文藝春秋)、『左翼も右翼もウソばかり』(新潮社)、『ネット右翼の終わり』(晶文社)、『欲望のすすめ』(ベスト新書)、『若者は本当に右傾化しているのか』(アスペクト)等多数。

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