『親方想いの主倒し』

親方のためと思って弟子やその周辺が熱心にやったことが、結果として親方に不利になってしまうという言葉である。今次2021年自民党総裁選挙で、健闘したものの第一回投票で3位に終わり、敗北した高市早苗氏の敗退原因を一言で述べればこれに尽きる。総裁選公示前から強固な保守層やネット保守から熱狂的な支持を集めた高市氏は、なぜ敗北するに至ったのか。その原因を探る。

1】厳然たる敗北

 今次総裁選のふたを開けてみれば、当初優勢とされた河野太郎氏が後半になって失速し、第一回投票(議員票+党員票)の総合計で僅かだが岸田文雄氏に逆転されたことは、大方の予想を裏切った格好であった。ともあれ河野氏の第一回投票における党員・党友票は169票(44%)と突出しており、今後も一定の影響力を保つとみられる。

 他方、「台風の目」とされた高市早苗氏は安倍晋三前総理から全面的な支持を取り付け、議員票では114票を獲得して2位となった。しかし党員・党友票では74票(19%)にとどまり、事前予測の下限程度に滞留した(都道府県別でも、得票1位は地元・奈良だけであった)。この結果は今後の不安材料として残るが、高市氏の奮闘により一定程度、今後も存在感を保つものとみられる。だが、高市氏が第一回目の投票で3位になり、一時期2位争いも射程に入ったと報道されただけに、決選投票に行けなかったことは高市氏にとって揺るがない手痛い事実であり、敗北は動かせない。

 党員・党友票=有権者の感覚に近いとは必ずしも言えないものの、当初期待されたほど高市氏は党員・党友票に浸潤しないまま終わった。高市氏を全面支援した安倍氏の影響力の衰微にも、一定関与することは否めない。

 高市氏への強固な保守層やネット保守界隈からの熱狂的支持は、2021年8月10日発売の『文藝春秋』(2021年9月号)で事実上の総裁選出馬を披歴するとの報道がなされて以降に怒涛の如く開始された。それまで、彼らは稲田朋美氏に絶大なる期待を抱いていたが、2020年に稲田氏が「選択的夫婦別姓」を容認し、LGBTの権利擁護に熱心な動きを見せると、とりわけネット保守は稲田氏に失望し、その代わりに高市氏支持に切り替えた(詳細は、拙稿”高市早苗氏の政策・世界観を分析する―「保守」か「右翼」か”21.9.9,参照のこと)。

2】河野批判と常にセットで行われた高市支持の盲点

河野太郎氏(2021年)
河野太郎氏(2021年)写真:ロイター/アフロ

 高市氏を支持するネット保守は、高市氏のタカ派的政策を安倍政権の正統なる後継と見做し絶賛した。これは問題ないにしても、その支持の特徴としては、常に「河野氏への批判・攻撃」とセットで行われていた点である。

 当時、総裁選公示前の段階では大メディアが各種の世論調査から”河野優勢”の報道がなされた。一方、ネット上のアンケートでは「次期総裁にふさわしい候補」として高市氏への支持が圧倒的に出力され、「大メディアの世論調査と、ネット世論のギャップ」に疑問の声が噴出した。

 当然の事この理屈は、2002年から台頭してきたネット保守がインターネット空間を寡占した結果、ネット空間は少数のアクティブユーザーによる「タカ派、右派」的価値観に偏重していたから不思議な事ではない。結果として前者の「大メディアの世論調査」こそが概ね正しかったことが証明されたものの、ネット保守は”河野優勢”を懐疑し、それが即”河野批判”につながって一大運動となった。

 なぜネット保守は、高市氏の支援とセットで河野批判を展開したのか。第一に、ネット保守から蛇蝎の如く嫌われていた石破茂氏が河野氏支持に回ったのが大きい(詳細は、拙稿”石破茂氏はなぜ「保守」に嫌われるのか?~自民党きっての国防通が保守界隈から批判される理由~”20.9.12,参照のこと)。石破氏が所謂”小石河連合”を組んだと報道されたことで、河野氏までもその批判に巻き込まれた格好となった。

3】元々ネット保守は河野氏に対して好意的だった

 しかしネット保守における河野氏への嫌悪感は、実は元来ほとんど存在していなかった。むしろ賞賛されていた位である。河野氏は第二次安倍政権下で外務大臣(平29年8月~令元9月)の要職を務めた。その中、2019年7月19日に、韓国人元徴用工訴訟を巡る問題で、”南官杓(ナムグァンピョ)駐日韓国大使を外務省に呼び出し、韓国の対応は「極めて無礼だ」と異例の厳しい表現で抗議”(19.7.20,読売新聞)した。これを受けて嫌韓姿勢が色濃いネット保守は歓喜し、「河野太郎は、(河野談話を出した)父・河野洋平とはまったく違う」「見直した」などの反応が踊った。19年のこの時点では、ネット保守はむしろ河野支持であった。

 ところがすでに述べた通り、今次総裁選で高市氏が出馬表明し、対抗馬と見做す河野氏の優勢が報じられると、その背後に石破氏が協力していることから、一挙にネット保守は河野氏の批判に転換する。まるでオセロの白が黒に次々とひっくり返るように、ネット保守による高市支持は河野批判と完全にセットで展開されるようになる。

 それまで「父・河野洋平とは違う」と賞賛される向きだった河野氏は、「反日政治家」とレッテルを貼られた。とりわけ河野一郎・河野洋平・河野太郎の所謂「河野三代」を「河野反日(売国)三代」と言い換える言説が飛び回った。「河野太郎は河野洋平とは違う」という評価を獲得した前述「極めて無礼」発言は無かったことにされ、河野三代を同一人格として見做し、批判する大キャンペーンが開始されたのである。

4】「河野反日(売国)三代」というキャンペーン

河野洋平氏(1988年)
河野洋平氏(1988年)写真:Fujifotos/アフロ

 しかし、一郎・洋平・太郎はそれぞれ別人格であり、これらを「一族だから」という理由だけで批判するのは筋違いではないか、と思うのが通常である。仮にある政治家の政治信条が、血族の原理でその父祖にまで遡って求められるのなら、そもそも高市氏の政治信条も親や祖先から受け継いだものであると解するのが相当だが、ご存知の通り高市氏は世襲ではない。この矛盾を彼らはどう”解決”したのか。好例として分かりやすいのが次のネット番組である。

 総裁選も終盤にかかる2021年9月25日に公開された、”【岩田温】河野太郎ファミリー「売国」三代記【WiLL増刊号#652】”での、政治学者でユーチューバーの岩田温氏の解説がそれだ。このネット番組は月刊誌『WiLL』の付属ネット番組『WiLL増刊号』での一幕であり、その中で岩田氏は、「絶対に、高市早苗さんが自民党総裁に、そして総理大臣になって欲しいという願望を抱いております」と前置きしたうえで、次のように河野批判を展開した。

岩田)河野談話というものは今なお尾をひきずっている訳ですね。で、これを出した。お父さんがやった事と息子がやったことというのは関係がないんだ、という議論はね、一般論としては成り立ちます。

 しかしね、政治家の場合はね、その政治家としてですね、お父さんの影響力なしに彼がね、政治家としてなれたのか。そしてその企業の問題もいろいろありますけれども、あれお父さんが非常に影響力を持っている会社ですよね。もっといえばあれお爺さんの時からの会社でしょ。(中略)彼はですね、河野さん(注:河野一郎)というのは、やっぱり親ソであったと、というのがね、わたくしは大きな問題であったと思うんですよ。

 親ソであったというのはですね、要するに北方領土の問題とかですね、その時に極めて妥協的であったと。で、彼はね、吉田茂から反米的であるということで非常に批判されていたわけですよ。そのね三代ですよ。私はねこういったら大変失礼かもしれないけども、河野売国三代みたいに見えるわけですよ。その三代目(注:河野太郎)ですよ。これはちょっと問題があるな、と思っているんですね。(中略)お父さんと全く関係がないとは言えないと思うんですよ」

 つまり岩田氏は、河野太郎氏の政治信条は、父祖まで遡って連続している、としている。よって、河野太郎氏からみて、祖父に当たる河野一郎氏は親ソ反米であり、北方領土問題で妥協姿勢をとった(―河野一郎氏‥当時農相は、日ソ共同宣言に至る対ソ交渉にあたり、政府全権としてソ連と交渉した。その中で所謂北方領土問題について、歯舞・色丹の2島で決着を図ろうとした経緯があるとされる)こと、また父親である河野洋平氏が所謂河野談話をだしたこと。この血族背景があるから、三代目の河野太郎氏もダメであると言っているのである。

 だが、現在明らかになっている河野一郎氏による対ソ交渉では、歯舞・色丹の引き渡しというソ連側の譲歩を最大限のものとして、それでもなお強硬にソ連と対決した河野一郎氏の実像が浮かび上がっている。

”ブルガーニン(*ソ連首相)の主張に対し、(河野)一郎は「今度は僕に言わせてもらいたい」と口火を切り、熱弁を振るって反論したという。「あなたが世界の平和に寄与しようという考えがあるならば、当面の漁業問題が一体なんであろうか。これくらいのことがソ連の総理大臣としてできないのか。それができないならば、あまり偉そうな議論はしない方がよい」(中略)一郎の奮闘ぶりは、外交官出身の松本(俊一)も認めるところであった。松本も回顧録で「領土問題に関するフルシチョフとの渡り合いは誠に見事であって、河野さんでなければ、あの成果はあげられなかったであろうと舌を巻いたしだいである」と記している。”(参照:”河野家三代 領土への挑戦”

 つまりは、河野一郎氏の対ソ妥協は、彼が親ソだったからではなく、当時それが日本外交に出来うる最大限界であった。この一郎氏の姿勢を仮に親ソと規定するなら、第二次安倍政権下の対露交渉について、四島一括返還の方針を封印し、二島返還に転換した安倍晋三氏も親ソ(親露)ということになる理屈だが、そこは無視されている。

 しかし結果としてネット保守は、こうした岩田氏の見解をほぼトレースしており、一郎氏が親ソだからダメ、洋平氏が河野談話を出したからダメ、その息子の太郎氏もダメとして一括りに「河野反日(売国)三代」として河野批判を展開した。批判するのは自由だが、理屈としてはあまりにも粗雑と判決するしかない。

5】「日本端子」疑惑に火が付く

コネクタのイメージ。*実際に日本端子が開発・販売している商品ではありません。
コネクタのイメージ。*実際に日本端子が開発・販売している商品ではありません。写真:GYRO_PHOTOGRAPHY/イメージマート

 総裁選も中・後半になってくると、高市支持とセットで展開される河野批判はますますエスカレートした。ネット空間で急激に話題になったのは、所謂「日本端子」に関する疑惑である。日本端子は1960年8月に設立された主に端子、コネクタの設計・開発及び製造を手がける中堅企業である。

 同社の現会長は河野太郎氏の父である河野洋平氏、社長は太郎氏の弟である河野二郎氏である。太郎氏自身が同社で勤務経験がある。また、洋平氏の資産公開によって、同社の株(非上場)の30%を持つ大株主であることが判明しており、太郎氏自身も同社の4000株を保有しているとされる。いわば日本端子は、河野一族のファミリー企業であると言ってまず差し支えはない。しかし日本端子と河野氏の関係性が批判的に指摘された。

 私の調べでは、この日本端子に関する問題を最初に伝播したのは、ツイッターで約8.5万人のフォロワーを有するネット保守界隈では有名な「海乱鬼 @nipponkairagi」氏によるツイートであり、その日付は2021年9月20日(総裁選投開票9日前)である。同氏によれば、

”日本端子の企業情報。河野家で会長、社長、取締役を押さえて、株主に河野太郎自身も入ってる。売上も安定してるし得意先の中国と仲良くないと河野家も自分も困るって事か。これじゃ中国様に対して強く出るわけないし、靖国参拝を中国様に遠慮するわけだ。総裁になったら誰の為に働くか想像がつくよな。

 とし、このツイートが猛烈に閲覧されたことで河野批判の前衛として日本端子がクローズアップされた。海乱鬼氏は同ツイートの中で、調査会社の企業情報を添付し、その主張の傍証としている。事実、日本端子は中国に進出しており、河野太郎氏に少なくない額の政治献金も行っている。 

 私自身、複数の信用情報から確認したが、日本端子は100%出資の現地法人として、中国本土に「北京日端電子有限公司」(1995年12月設立)、「昆山日端電子科技有限公司」(2012年11月設立)を有し、香港にも「香港日端電子有限公司」(1996年7月設立)の三社を有する。

 中堅企業であっても、中国本土や香港に現地法人を設立することはまったく珍しい事ではない。中国と取引がある企業をファミリー企業として持つから、その政治家の思想信条までも中国に忖度する、という理屈は端的に飛躍であって、中国と取引関係を有する山のような企業の株を有する他の政治家も、同じように批判されなければならないが、これだけの経済規模を持つ中国と直接・間接にもまったく取引がない、という日本企業の方が例外的であり、理屈になっていない。

6】「日本端子」疑惑がさらにエスカレート

 しかし日本端子をめぐって特に問題とされたのが、この海乱鬼氏のツイートから波及した次の問題である。日本端子は中国本土に現地法人を持つだけではなく、中国企業と合弁しているのである。

 確かに日本端子の現地法人である「北京日端電子有限公司」が、「北京京東方科技集団股分有限公司(BOEテクノロジーグループ)」と合弁しているのは事実である。だがこの合弁事実が如何にも不自然であるとして、ジャーナリストの有本香氏が、夕刊フジの連載(2021.9.25WEB公開)で以下のように疑問を呈した。

”海外事業がほぼ中国のみで展開されている「日本端子」について、多くの国民がいぶかしく思うのは、不釣り合いな合弁相手だ。同社のサイトによると、関連会社である北京日端電子有限公司(北京市)の合弁相手は「北京京東方科技集団股分有限公司(BOEテクノロジーグループ)」だという。ディスプレーで世界屈指のシェアを持ち、営業規模2兆円を超える大企業が、100分の1以下の規模の日本の中小企業に、特例的な株式比率での合弁を許してきた。その理由は「日本端子が、河野ファミリーの会社だからではないか」と誰もが思う。”(参照:【有本香の以読制毒】

 なるほど私もこの記事を読んで、即ち日本端子とBOEの合弁案件の背後には、河野一族(特に会長である洋平氏)と中国の特殊な関係があるのではないか、と思った。

 保守系論壇誌『正論』のWEB番組、『チャンネル正論』が、2021年9月23日に公開した”@CHANNELSEIRON 「編集長の言いたい放題」番外編~メディアが報じない河野太郎問題~”において、有本氏にやや先行してこの”疑惑”を株式会社アシスト代表取締役社長の平井宏治氏が詳細に解説している。その中で平井氏は、

平井)非常に素朴な疑問があるのはですね、メンツを重んじる中国が、中国を代表する大企業です、ここがですね売上高155億円の日本企業。まあ中堅企業です。と、合弁会社を継続している理由は何だろうか、ということですね。BOEを組むとすれば例えばパナソニックとかね、ああいうクラスなんですよ。ええ。ところが部品の会社を合弁で組んでいるというのは、合弁事業をたくさん仕事柄見ている私からすると非常にちょっと違和感を感じますね、と。やはり中国と関係の深い方々なのでね。そういったこと(疑惑)がある、かもしれないな、ということあります。

有元隆志・聞き手)これやっぱり河野太郎さんというか、河野洋平さん、お父さまがこの会社だというのが非常に大きかったと推測されますか。

平井)そうですね、そういう推測は成り立ちうると思いますね。はい、やはり普通のね、こういう言い方アレですけど、町場のね、150、60億円の日本企業が中国に行って、BOEと合弁組みましょうと言えばですね、よほどの特別な技術でも持っていない限りは、まあ門前払いですよね。

 としている。「東京商工リサーチ」によれば、日本端子の2020年3月決算での売り上げはいかにも155億円、利益は約22億円。2017年に比べるとやや売り上げは漸減ぎみであるが、利益は伸びており、業界内売り上げ順位は全国3722社のうち119位である。絵にかいたような中堅企業だが、確かにこの規模の日本企業が売上2兆円を超える中国の巨大企業とおいそれと合弁を組めるものなのだろうか。平井氏曰く、”よほどの特別な技術でも持っていない限り”そんなことは不可能で、やはり河野洋平氏と中国側の何かしらの癒着の構造があるのではないか。

 ところが日本端子は、その”よほどの特別な技術”を持っている企業だったのである。2000年5月31日における業界紙『鉄鋼新聞』の報道によれば、日本端子社長は「わが国銅産業の発展に向けて、新しい銅の需要開発に貢献のあった人」として第27回日本銅センター賞を受賞している。授賞理由は、

”日本端子社長渡邉享司-コネクター・端子分野における伸銅品の需要拡大と促進”

 となっている。ちなみに同賞を受賞した人は他に3人おり、「ニチフ端子工業」「姫路東芝電子部品」「東洋精機」の代表取締役社長で、この三社は全てが中小企業である。要するに日本端子は業界内に於いて”よほどの特別な技術”を持った中堅企業であった。

 しかしそれでも、日本端子の中国進出は、中国側から何か特別な待遇を受けた結果なのではないかと疑ってしまう。そこで2021年9月28日、ノンフィクションライターの窪田順生氏がITメディアビジネスオンラインに書いた”日本端子に学ぶ、中国進出企業はネットで叩かれないため何をすべきか”を引用すれば、

”例えば、(20)12年11月、中国江蘇省昆山市に日本端子の100%独資の「昆山日端電子科技有限公司」が開業しており、これが河野洋平氏の中国への政治力の賜物だとネットでは断罪されている。が、この4カ月前、愛知県名古屋市で、自動車の研究開発支援事業をしている日本テクシードという会社が、中国で「特酷時度汽車技術開発」という会社を設立した。これは日本テクシード100%の出資だ。また、コネクタ事業で有名なイリソ電子工業(横浜市)も、日本端子と同様に江蘇省に生産拠点として「南通意力速電子工業有限公司」を設立しているが、こちらも日本資本比率100%。連結子会社である。”

 とある。この日本テクシードは現在パーソルR&Dに社名変更している。一時期JASDAQに上場していたが、その後完全子会社化に伴い上場を廃止した。中国進出時期の売り上げが上場中に公開されていて、それによると単独決算で売り上げ約73.5億円(2011年3月期)、経常利益は約2.4億円(同)とある。

 パーソルR&Dとしての売り上げは、「帝国データバンク」によると185億円(2021年3月決算)とある。その後の資本関係の変化により単純比較はできないものの、日本端子と日本テクシード(当時)は大差のない中堅企業という事が出来よう。

 これを以て、日本端子だけが河野洋平氏と中国の特別な関係性にある、とするのは些か行き過ぎた解釈ではないか。そもそも、前述した有本氏も平井氏も、「~ではないか」「~推測は成り立ちうる」と記述しており、断定していない。何故かと言えば、河野洋平氏の”政治力”によって日本端子が中国と特殊な関係性を持つ根拠は何もなく、日本端子以外の中堅企業が、すでに例示した通り山のように中国に進出しているからだ。

 このような薄弱なエビデンスだけでは、日本端子・河野洋平氏と中国との特殊関係を説明することは出来ず、よって根拠がないため報道されない。しかしこの大メディアの姿勢を「河野氏に忖度した偏向報道である」とネット保守は一斉に叩いた。そして「~ではないか」「~推測は成り立ちうる」というあくまで断定していない記事や番組内容を根拠として、ネット保守は「クロ」と決めつけ河野批判を強めた。ちなみに夕刊フジの報道(2021.09.27)では、

”(9月)21日の閣議後記者会見で、「中国進出が悪いわけではないが、河野政権になれば中国から格別に優遇されたり、逆に嫌がらせを受ける可能性もある。中国に毅然(きぜん)と対応できるのか」と質問した。河野氏は「私の政治活動に影響を与えることはない」と即答した。

 とする。恐らく事実は河野氏の答弁通りなのであろう。ところがネット保守は現在に至るまでこの日本端子疑惑を取り上げ、根拠薄弱なまま河野氏批判を展開している。

7】「疑惑」から「デマ」へ

2019年の日中韓外相会談
2019年の日中韓外相会談写真:代表撮影/ロイター/アフロ

 総裁選期間中、高市応援とセットになって展開された河野批判には、完全な間違いも目立った。ひとつは、2019年8月の日中韓外相会談時の写真である。これは河野氏自身が外務大臣として参画したものを自身のツイッターで披瀝しているものだが、これに問題があるとして、ネット番組「文化人放送局」でコメンテーターを務める加藤清隆氏が2021年9月22日(総裁選投開票7日前)に、次のようにツイートしてネット保守が猛烈にリツイートした。

”河野太郎氏が中国人と撮った写真で、河野氏が「天安門バッジ」や「毛沢東バッジ」を付けているものが出てきた。本来、両バッヂは中国共産党員しか付けられないはず。この写真が合成ではないとしたら、なぜ付けていたのか、河野氏にしっかり説明してもらう必要がある。”

 ここでいう中国人とは、中国外務省の華春瑩(かしゅんえい)報道官のことである。華報道官と河野氏のツーショットに於いて、河野氏の背広につけられていたバッジが「天安門広場を模したもの」として、中国への恭順の証として拡散されたが、実際には日中韓外相会談に同席した韓国の康京和(カン・ギョンファ)外務大臣(当時)も類似のバッジをつけており、恐らく来賓用の特別な微章と思われる。

 或いはフィリピン・マニラでの日中外相会談(2017年)の際、中国の王毅外相と河野氏のツーショットが切り取られ、またもや河野氏の背広につけられていたバッジが、王毅外相と同じもので、それは「毛沢東バッジ」であると断定され、中国への恭順の証として大きく拡散されたが、実際にはASEAN外相会談で各国の外相が同様に装着する微章であり、完全な間違いであった。

 しかもこの時、河野氏は王毅氏に対し「中国には、大国としての振舞い方というのを、やはり身に着けていただく必要がある」と強硬姿勢を取り、このときむしろネット保守は前述した駐日韓国大使に対し「無礼」と言った時と同様、「よく言った!」と賞賛され、「河野色を出した」と評価されたのだが、たった4年前の事も忘却しているのか、はたまた意図的に黙殺しているのかは定かではない。(参考:河野氏めぐり拡散した“毛沢東バッジ着用”はデマ 「拡散過程で誤情報に」専門家も警鐘,日テレNEWS24,日本テレビ)

8】高市氏自身が沈静化を図るも時すでに遅し

 総裁選中、ネット空間で急速に広がった河野氏への批判・攻撃が、流石に過激であり看過できないと感じたのか、当の高市氏が自身への支援とセットになって展開されている過激な河野批判について、2021年9月20日に自制を求めるツイートを行った。これに関する記事が以下である。

”(*高市氏は)支持者による政策批判を超えた他候補への罵詈(ばり)雑言があるとの報告を多く受けているとした上で、「総裁選は議論していく場でもあり、例え正反対の意見であっても尊重しあう場です。各候補者も、その支援者も決して敵ではありません。他候補への誹謗中傷や恫喝(どうかつ)や脅迫によって確保される高市支持など私は要りません」などとツイートし、支持者らに節度ある行動を求めた。”(2021.9.28,朝日新聞,*部分筆者)

 ここでいう他候補への罵詈雑言とは、本稿で述べてきたとおり河野氏を指す。こういった第三者からみて、余りにも過激な河野批判がセットとなってくり返されることが、却って高市氏の印象を悪くし、党員・党友票へ影響が出かねないと懸念したものであろう。

 しかし一度燃え上がったネット保守による河野批判は、まったく沈静化せず総裁選が終わった現在に至るまで行われている。高市氏が第一回投票で3位に沈んだ事実に対し、「不正選挙」という呟きが早くも多く観測されているのだ。ここまでくると、2020年大統領選挙で敗北した前大統領トランプ氏の支持者が、バイデン政権誕生に際して「不正選挙である」と叫んだのとうり二つである。

 彼ら熱心な支持者がそう叫べば叫ぶほど、穏健で常識的な支持者は高市氏から離れていく。そして穏健で常識的な支持者の人口こそ、政治的には「もっとも分厚い中間層」なのだ。ここを取りにいかなければ、総理総裁になることは出来ない。

 高市氏が危惧した通り、議員票こそ健闘したものの、党員・党友票の獲得において19%しか得られず、こうした過激な河野批判が、高市氏敗北の直接的な要因を作ったと言える。まさに「親方想いの主倒し」とはこの事だ。

 高市氏がいくら掣肘しても、「他候補への罵詈雑言」とセットに展開される高市支持を抑え込むことはとうとうできなかった。いや抑え込もうとすればするほど「高市さんはけなげに頑張っている」として彼らは河野批判にますます血道をあげたのではないか。それほどまでにネット保守は、高市氏へ滾る熱狂の想いを募らせたのだ。しかし一旦発射されたロケット砲が地上に軟着陸できないのと同じ様に、どこまでもネット保守は過激に河野批判を繰り返した。

9】穏健保守派の危惧が的中

1998年の自民党総裁選で総裁に選出された故・小渕恵三氏
1998年の自民党総裁選で総裁に選出された故・小渕恵三氏写真:ロイター/アフロ

 保守系評論家の三浦小太郎氏(高市氏支持を明言)は、このような無秩序な高市支持のネット保守に向けて2021年9月16日、次のように自身のファイスブックに投稿した。

”高市議員を支援する以上、他候補の政策よりも正しい、という言論を行うのも当然です。

 ただ、他の立候補者を、必要以上に批判したり、また攻撃することは、必ずしも高市議員にプラスに働くとは思えません。これは自民党内の選挙であり、高市議員は勝つためには(仮に勝てなくても次につながるような結果を出すためには)今、例えば河野議員、岸田議員を支持している自民党員にも食い込むような選挙戦を行わなければならないはずです。

 私たちが何も声を控える必要はないかもしれませんが、高市議員の政策を評価し、宣伝し、他の自民党員に支持を訴えるときに、他の議員との「比較」はいいのですが、「罵倒」「非難」と誤解されかねない言葉はできるだけ自重することが、今は必要ではないかと考えます。”

 これを読んで、何を当たり前のことを言っているんだ、と思う読者は少なくないだろう。しかし「こんな当たり前のことを言わなければならない」という状況に、全員では無いが高市支持のネット保守は陥ってしまったのである。結果は三浦氏が懸念した通りになった。とりわけ党員・党友に対してはその通りになった。

 高市氏は一時期、岸田氏を猛追して2位も視野に入る、という観測がなされた(結局、岸田氏は第一回目の投票時点で1位だったのだが)。この希望を脆くも打ち砕いたのは、党員・党友票の不振である。高市氏は、不幸なことに自らの支持者によって、最大のチャンスをつかみ損ねたのである。

 一度ついた政治家へのイメージは中々払拭することは出来ない。「親方想いの主倒し」を超克しなければ、高市氏は重要閣僚に就くことはあっても、総理・総裁候補としての「次」には、極めて憂鬱な暗雲が立ち込めているだろう。(了)