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「ウイグル話法」とは何か?~リベラルは中国に甘い、という誤解~

古谷経衡作家/評論家/一般社団法人 令和政治社会問題研究所所長
中国共産党のウイグル問題を批判する抗議集会の参加者,2020年(写真:アフロ)

・ウイグル話法って何?

「ウイグル話法」を知っているだろうか?保守界隈やネット右翼界隈(以下保守派)に少しでも知識・関心のある諸兄なら聞いたことがあるであろう。ウイグル話法とは、日本内外で人権軽視とされる舌禍を保守系の政治家や私人等が行い、世論から猛烈な批判を受けると、その対抗言説として必ず「ならばウイグル問題をなぜ批判しないのか」として、保守派が主にネット上で持ち出す言説の事である。

 記憶に新しいところでは、東京オリンピック(五輪)・パラリンピック大会組織委員会前会長の森喜朗氏の女性差別発言に対するバッシングに対し、「森氏の女性差別を批判するのならば、同じく中国のウイグルでの人権問題を批判しないのはおかしい」という言説が噴出した。要するにある保守系の人物の人権に関する舌禍への批判への対抗として、ウイグルの人権状況への無批判を持ち出す。これがウイグル話法である。

・ウイグル話法の例

筆者制作
筆者制作

 上記はあくまで私の創作だが、このように「~ではなぜ中国のウイグルでの人権問題を批判しないのか」という理屈で展開されるウイグル話法は、保守派における進歩派・リベラル攻撃の伝統的な一本槍戦法である。

 人権問題に厳しいとされる日本国内外の進歩派・リベラルは、執拗に人権擁護を叫ぶが、その一方で中国のウイグルでの人権弾圧に対して全く無関心であり、無批判である―という世界観がウイグル話法の根幹にある。

 このようにウイグル話法は、現在保守派の中でお家芸になっており、ネット上では恒常的に観察することができるばかりか、現在では右派系の国会議員までこの論法を採用している場合が散見される。ウイグル話法は、保守派にとってあらゆる進歩派攻撃に転用できる便利な飛び道具になっている。

 LGBTに関する人権蔑視や、アイヌ民族の被差別の歴史への無知、低所得者や生活保護受給世帯への偏見や無理解等が保守系の政治家等から表明され、世論から批判を受けると、かならずウイグル話法の話者は被批判者の擁護に回り、「~ならばなぜウイグルの人権問題や差別を批判しないのか」と続ける。繰り返すように彼らの世界観には、進歩派やリベラルは人権を叫ぶくせに、世界最大級の人権問題のひとつであるウイグル問題については無知・無理解・無批判である―、と思い込んでいるからだ。

 実はこの認識自体、事実とは真逆であり全くの誤解なのである。少なくとも現在日本の国政政党に於いて、最も中国のウイグル問題を批判してきたのは、かつて「革新政党」と呼ばれた日本共産党である。

・日本共産党の辛辣すぎる中国批判

 日本共産党は、2020年1月28日、第28回党大会で党綱領を改訂した。党綱領改定は実に16年ぶりの出来事であった。この中で、従来日本共産党は中国を「社会主義をめざす新しい探究が開始された国」としていたがこの部分を削除し、「いくつかの大国で強まっている大国主義・覇権主義は、世界の平和と進歩への逆流となっている」と挿入して中国共産党への批判を強めた。

 この中国認識の転換の理由として、日本共産党は東・南シナ海における中国の覇権主義的行動のエスカレート、香港における人権侵害およびウイグル自治区における人権弾圧をあげた。

 この党綱領改定に前後しての志位委員長の演説は、徹底的な中国批判で埋め尽くされている。

 我が党は1960年代以降、ソ連と中国という「社会主義」を名乗る2つの国からの激しい覇権主義的な干渉攻撃を受け、それを断固として拒否し、自主独立の路線を守り、発展させてきました。ソ連によるチェコスロバキアやアフガニスタン侵略などを厳しく批判する闘いを展開した。中国指導部による「文化大革命」や「天安門事件」などの民主主義抑圧の暴圧に対しても、最も厳しい批判を行ってきました。今回の綱領一部改定案は、中国に現れた大国主義、覇権主義、人権侵害を深く分析し、「社会主義を目指す新しい探求を開始」した国とみなす根拠はもはやない、という判断を行いました。

 中国の党は「社会主義」「共産党」を名乗っていますが、その大国主義、覇権主義、人権侵害の行動は「社会主義」とは無縁であり、「共産党」の名に値しません。中国に現れた大国主義・覇権主義は世界にとってもはや座視するわけにはいかない重大性を持っています。にも拘らず、その誤りに対する国際的な批判が全体として弱い。特に日本政府は全く弱く、追従的である。(日本共産党、志位委員長演説,2020年1月14日,強調筆者)

 要するに「中国共産党など、共産党ですらない。単なる帝国主義国家」と言っている訳だが、ここまで徹底的な中国共産党批判を公にする国政政党は、現在のところ日本共産党以外見当たらない。つまりウイグル話法の話者は、日本の革新勢力や進歩派こそが、もっとも辛辣な中国共産党批判者であるという事実について、無知なのである。

 このようにウイグル批判についての実態は、自民党などの保守政党が中国との経済交流等に配慮してむしろ低調であり、もっとも最右翼であるのは日本共産党を筆頭とする進歩系勢力である。よってウイグル話法の前提である、”進歩派やリベラルは人権を叫ぶくせに、世界最大級の人権問題のひとつであるウイグル問題については無知・無理解・無批判である”というのは、実際には事実と真逆なのである。

・なぜ日本共産党は中国批判の急先鋒になったのか

日中国旗のイメージ(フォトAC)
日中国旗のイメージ(フォトAC)

 ではなぜ日本共産党が日本国内において最右翼の中国共産党批判者になったのだろうか。巨視的に言えば、ロシア革命を経て1922年に成立した世界初の共産国家・ソビエト連邦が、第二次大戦の戦勝国になり、東欧やアフリカ、アジア等にその影響力を拡大させる中で、様々な内部抗争と分派が発生した。

 よって共産国は一枚岩ではなく、実態は中ソ対立を典型とした共産国家同士の紛争が相次いだ。よって戦後成立した世界各国の共産党は、親ソ、親中、いずれでもない(旧ユーゴやアルバニア等)となり、お互いがお互いの正当性を主張しあって対立する、という状況に陥ったのである。

 この中で日本共産党は、戦前・戦時期等の非合法化での中断を経て戦後に合法政党として復活すると、当初ソ連からの援助を受けて武力革命路線を展開するが、結局はこういった好戦的勢力を排除し、議会制民主主義を通じて人民連合政府を作る、という現在のスタイルになった。日本共産党は、かつてソ連を覇権国家と呼び、「本当の共産主義ではない」としてソ連崩壊を「諸手を挙げて歓迎」した。

 そもそも、マルクスは共産主義を発達した資本主義の次に登場する社会段階と規定したため、遅れた資本主義社会の中で発生したソ連や中国などで、脆弱な資本家の代わりに共産党が専制的統制経済を行うことなど想定していなかったのである。

 よってマルクスを素直に読めば、「世界中には未だに真の共産国家は誕生していない」という事になり、ソ連の崩壊は「社会主義・共産主義の敗北ではなく、単にソ連型の帝国主義が敗北しただけ」という解釈になる。当たり前のことだが、マルクスの想定した共産主義では完全な民主制が保障され、労働者は独占資本からの搾取から解放されている。そもそも生産手段(工場や農場等)を共有するので、搾取する側が消えていなくなる。このような共産主義とソ連や中国が全く違うのは言うまでもない。

 この立場をとる日本共産党が、現在の中国を「共産党の名に値しない」と批判するのは当然と言えば当然である。現在の日本共産党が、辛辣に中国共産党の覇権主義を攻撃し、ウイグル・香港を含めた人権問題を批判するのは、かつて世界の共産国や共産党が「お互いがお互いの正当性を主張しあって対立する」の一種として捉えるのか否かは評価の分かれるところであろう。中国共産党を攻撃すればするほど、なるほど確かに日本共産党の「正当性」は上昇する。

 しかし日本共産党が現在の日本に於いて最も中国批判の急先鋒であることは紛れもない事実であり、ウイグル話法の話者は、この事実を認識した方が良い。諸兄がネット上で「ウイグル話法」を観かけたなら、往々にしてこのような現実に対して無知であることが多い。ウイグル話法は事実とは真逆であり、保守派の誤解によって生まれたリベラル攻撃の間違った戦法であることは指摘しておかなければならない。(了)

作家/評論家/一般社団法人 令和政治社会問題研究所所長

1982年北海道札幌市生まれ。作家/文筆家/評論家/一般社団法人 令和政治社会問題研究所所長。一般社団法人 日本ペンクラブ正会員。立命館大学文学部史学科卒。テレビ・ラジオ出演など多数。主な著書に『シニア右翼―日本の中高年はなぜ右傾化するのか』(中央公論新社)、『愛国商売』(小学館)、『日本型リア充の研究』(自由国民社)、『女政治家の通信簿』(小学館)、『日本を蝕む極論の正体』(新潮社)、『意識高い系の研究』(文藝春秋)、『左翼も右翼もウソばかり』(新潮社)、『ネット右翼の終わり』(晶文社)、『欲望のすすめ』(ベスト新書)、『若者は本当に右傾化しているのか』(アスペクト)等多数。

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