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憲法改正が絶対不可能なこれだけの理由【2019参院選】

古谷経衡作家/評論家/一般社団法人 令和政治社会問題研究所所長
第21回公開憲法フォーラムで改憲を訴える保守派・右派の論客、議員たち(19年)(写真:アフロ)

1】憲法改正に赤信号

 7月4日公示、21日投開票とした2019年参院選の本格的な戦いがスタートを切った。自民党は、今次の参院選挙の勝敗ラインを自公で過半数(53議席の獲得)とするが、実際には安倍総理の悲願であるともいえる参議院での憲法改正を発議するのに必要な、2/3の議席「改憲勢力で86議席(改選124議席中)」の獲得ができるか否かがもうひとつの注目点だ。

 6月27日付の読売新聞では、安倍総理は次のように今次参院選挙での憲法改正に対する意欲を力強く語っている。

安倍首相は26日、通常国会の閉会を受けて首相官邸で記者会見し、参院選で憲法改正の議論を進めることの是非を争点に掲げる考えを表明した。

出典:読売新聞(2019年6月27日号、強調筆者)

 しかし安倍総理のこのような憲法改正の争点化への強い意欲とは裏腹に、安倍総理と同様、日本国憲法そのものを「アメリカから押し付けられた憲法(押しつけ憲法論)」を唱え、戦後長らく首尾一貫して「第九条」および「前文」の改正こそが戦後日本体制の呪縛からの脱却(戦後レジームからの脱却)だと主張してきた保守、右派界隈の改憲への士気は著しく沈痛さを帯び、諦観さえ漂うムードになっている。

2】86議席突破の難しさ

 なぜだろうか。ひとつは今次参院選挙で「改憲勢力で86議席」という、改憲発議に到達する議席の確保が厳しいと予想されること。今次参院選では、2013年の参議院当選者が改選されるが、13年は安倍政権発足の翌年にあたり、自民党は単独で65議席確保という憲政史上まれにみる大勝利を得た。

 いかに安倍政権と自民党への支持率がおおむね堅調とはいえ、自民党単独で65議席確保という「大勝利の連続」は厳しい。反動で議席が減った分は、改憲に前向きな「日本維新の会」「国民民主党」などの議席獲得で穴埋めするしかないが、情勢は不透明である。自公と改憲勢力は、衆議院では2/3を余裕で確保しているが、参議院では現在、2/3をわずかに数議席上回っているにとどまっており、薄氷の上にいる。この時点で憲法改正手続きに必要な、「衆・参での改憲発議」が厳しい状況にある。

 86という数字の達成がいかに難しいのか。自民が-10議席で55議席、公明が±0で20、日本維新が+2で11、国民民主が2とすると、合計88議席。この水準の議席を「改憲勢力」が確保しなければならないが、実際はかなり厳しいとみられる。公明党が-3減っただけで85議席、自公は上記の通りで維新が現有勢力を維持(9)したと考えてようやく86議席。2/3の制圧は誰が見てもかなり難しい。

3】”改憲をしない改憲”をやり過ぎた結末…

 もうひとつは、第二次安倍内閣が長期政権となり、この間、各種の安保関連法制や憲法解釈を変更したことで、国民意識における改憲機運が急速に萎んだことにある。

 以下は、日本国憲法改正に賛成か反対かを問うた複数の世論調査を過去約7年にさかのぼって合算したグラフである。

筆者制作
筆者制作

 第二次安倍政権は2012年12月に誕生して以来、現在に至るまで約6年半の長期政権になったことは論を待たない。そしてこの間、安倍政権は、従来、この国の保守派・右派が「憲法を改正しないと実現不可能」と言い続けてきたことを次々と実行していった。

 それは大きく分けて2つ。ひとつめは集団的自衛権を認める憲法の解釈変更とそれに付随する安保法(平和安全法制)の制定。もうひとつは、固定翼機が離発着可能な航空母艦の保有である。

 この2つは、従来、憲法改正を積極的に推し進めるこの国の保守派が、「現行憲法に阻まれて実現不可能」として口を酸っぱくして言い続けてきた事項である。つまり、現行憲法を改正しないせいで、日本は「集団的自衛権の権利は持っているが行使はできない」「航空母艦の保有ができない」と言い続け、それを憲法改正機運の思想的原動力にしてきたのだ。

 そしてこの理屈が、この国の保守派・右派にとっては、憲法が上記二つの実現を妨げる「妨害」になっているとして、簡便に憲法改正を訴える正当化理論としての定石になってしまったということである。

 しかし安倍内閣6年半の中で、「現行憲法を改正しなくとも、これら2つの重要事項は変更可能である」ことが示された。結果、「憲法を改正しないと不可能である」と考えられていた集団的自衛権の行使と、空母保有はあっさりと実現してしまった。更にそれにつけて、最新鋭の次世代ステルス機・F-35A(その機体評価は兎も角)及びF-35B(艦載型)を100機余も大量導入することが正式に決定されたのだから、国民一般の皮膚感覚として、「憲法改正をしないで、これだけのことができるのなら、わざわざ改憲をする必要はない」という常識的な世論が形成されるに至ったのである。

4】安倍政権下で縮む改憲機運

 繰り返し、上のグラフを見てほしい。民主党政権下、「憲法を改正したほうが良い」と答えた有権者は2012年4月で51%にのぼり、「改正しないほうが良い」の29%をダブルスコア近く圧倒的に引き離していた。安倍内閣が発足した直後の2013年3月、改憲機運は最高潮に達し、「憲法を改正したほうが良い」と答えた有権者は54%と6割に迫った。

 しかし第二次安倍内閣が、「集団的自衛権の解釈変更(2014年7月)」「安保法(平和安全法制)の成立(2015年9月)」と矢継ぎ早に歩を進めたことにより、従来、この国の保守派・右派が「憲法が障害となって行使できない」とされていた集団的自衛権の行使が可能となった。

 また同様に「憲法が障害となって空母の保有ができない」とさんざ改憲の正当化にされてきた海上自衛隊のDDH「ひゅうが」等の甲板耐熱仕様改修(固定翼機が離発着可能)も、2017年12月には大きく「空母化」の動きとして報道されるにいたった。

 この間、上のグラフを見るように「憲法を改正したほうが良い」と答えた有権者は、2017年以降(18歳、19歳を含めて)、現在まで一貫してNOがYESを上回る状態が続いている。

 これはすなわち、この国の保守派・右派が従来、「日本国憲法があるせいで、集団的自衛権の行使も、空母の保有も、最新鋭ステルス機の大量導入もできない」と言っていたが、改憲せずとも可能なのであるなら、憲法改正をする必要はないのではないか、という着地点に落ち着いたことを意味する。

5】国民投票でも否決が濃厚

 従来、この国の保守派・右派は、「日本国憲法の存在によって、集団的自衛権の行使も、空母の保有も、最新鋭の戦闘機の大量保有も禁止され、日本の国防状態はまさしく手足をがんじがらめに縛られているに等しい」と訴え続け、その訴えは上のグラフで見るように、安倍政権以前までは概ね成功していたのだ。

 しかし第二次安倍政権下で、「改憲せずに行われた”呪縛”からの野放図な脱却」は、日本国憲法改正という、戦後保守派・右派の悲願ともいえる金科玉条をかえって悪戯に形骸化させ、その理屈を貧相・脆弱なものとしてしまったのである。

 日本国憲法改正には、衆参での発議と国民投票での可決が必要であることは論を待たない。しかし、改憲なくしてこれだけの既成事実を実行した安倍政権に対して、あえて「憲法改正が必要か」という問いは、空虚なものでしかない。日本国憲法を本気で改正したいのであれば、集団的自衛権の解釈変更をせず、安保法を提出せず、「いずも」型DDHの空母化も行わず、その行えない理由を「日本国憲法9条の存在のせいである」と紐づければ(転嫁すれば)、改憲機運は現在とは比較にならぬほど高まっていたに違いないであろう。

 第二次安倍政権は、本来、安倍総理の悲願でもあった憲法改正を半ば実現できないものと踏み、解釈の変更と既成事実のなし崩しによって憲法改正で得られる効用とほとんど同じことを既遂してしまったがために、憲法改正機運の醸成に失敗してしまった。

 仮に今次参院選挙で「改憲勢力」が86議席以上を確保したとしても、国民投票までの道のりは極めて遠いと言わざるを得ない。憲法改正機運が盛り上がらない中、仮に国民投票をやっても、否決される可能性が十分にある。その場合、有権者から「自衛隊の明記」などの自民党案が否決されたこととなり、自衛隊や自民党そのものの存立を揺るがす極めて重大な問題となるからだ。

「改憲機運の充分な醸成」を待つよりも、「解釈の変更となし崩し的な既成事実の実行」に先走ったために、憲法改正の最後にして最大のチャンスを、みすみす失ってしまった安倍総理は、まさに「ジレンマ」という言葉がふさわしいだろう。

作家/評論家/一般社団法人 令和政治社会問題研究所所長

1982年北海道札幌市生まれ。作家/文筆家/評論家/一般社団法人 令和政治社会問題研究所所長。一般社団法人 日本ペンクラブ正会員。立命館大学文学部史学科卒。テレビ・ラジオ出演など多数。主な著書に『シニア右翼―日本の中高年はなぜ右傾化するのか』(中央公論新社)、『愛国商売』(小学館)、『日本型リア充の研究』(自由国民社)、『女政治家の通信簿』(小学館)、『日本を蝕む極論の正体』(新潮社)、『意識高い系の研究』(文藝春秋)、『左翼も右翼もウソばかり』(新潮社)、『ネット右翼の終わり』(晶文社)、『欲望のすすめ』(ベスト新書)、『若者は本当に右傾化しているのか』(アスペクト)等多数。

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