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加熱する「スリーパーセル」論争~「スリ―パーセル」は実在するのかしないのか?~

古谷経衡作家/評論家/一般社団法人 令和政治社会問題研究所所長
日銀本店で対テロ訓練を行う警官と模擬犯人(写真:ロイター/アフロ)

・「差別」に飛躍する「スリ―パーセル」論争

 さる2018年2月11日に放送された『ワイドナショー』における国際政治学者・三浦瑠麗氏発言の発言「スリ―パーセル」をめぐる一連の論争が、放送後一週間以上を経てもなお、加熱の様相を見せている。*参照記事:(北朝鮮「スリーパーセル」論争に隠された虚しい現実・高英起

 私が上記三浦氏の発言をうけて、YAHOOニュース個人にて寄稿した記事 広がる「工作員妄想」~三浦瑠麗氏発言の背景~(2018年2月13日)が、私の想像を超えた反響をもたらし、本稿表題の「工作員妄想」という私の造語自体が、複数のWEBニュース記事等になっているのは、広く公論を提起する一翼の末端を担ったものとして、また本稿に対する好意的反応大なるを以てして、私としては興味深く思っている。

 しかしながら、この「スリーパーセル」論争ともいうべきもの、そのものが、政治的左派と右派の対立へと移行していることは、本論争の趣旨とは大きく外れたものと言わなければならず、奇観というほかない。

 概して、政治的左派は三浦氏の発言に批判的で、政治的右派は擁護的とみるが、本件問題は政治的左右の対立とは関係がなく、社会の公器たる民放番組において、「スリーパーセル」なる存在根拠薄弱な勢力(?)を「大阪に潜伏している」と、具体的地域名を限局して政治学者が断定したことについての妥当性を問うものである。

 また、この「スリーパーセル」論争が、しばしば大阪に在住する在日コリアンへの差別に直結するという批判的意見があるが、三浦氏はくだん番組内において在日コリアンには一言も言及しておらず、言及していない範囲にまでその論争の射程を広げるのは適切ではない。

・公安調査庁と公安警察

 さて、冒頭の私の寄稿記事の話題に戻るが、多くの好意的反響のほかに、一部私の記事の論そのものについて、懐疑を投げかける意見も散見されたのは事実であった。

 それは概ね以下の二種である。

1)当方の記事が「潜伏工作員」の存在を指摘する警察白書を参照していない

2)公安調査庁と公安警察を混同しているのではないか?

 寄稿者たる私としてはこれら懐疑に対し誠実に答える義務を有するのが、社会通念上適当であると判断して、以下論評したい。

1-1)当方のYAHOOニュース個人にて寄稿した記事広がる「工作員妄想」~三浦瑠麗氏発言の背景~(2018年2月13日)の中で、当方は「スリーパーセル」なるものの存在が不明瞭である根拠として公安調査庁の資料のみを引用した。

 他方、警察白書には「潜伏する工作員」の記述が確かに存在する(平29)。が、こちらにも「スリーパーセル」などという記述は存在していない。

「スリーパーセルといわれて、もう指導者が死んだ、っていうのが分かったら、一切外部との連絡を絶って、都市で動き始める、スリーパーセルというのが活動される(中略)そうしたら首都を攻撃するよりかは、正直他の大都市が狙われる可能性もある」という三浦氏の発言を「スリーパーセル」の全体特徴と仮定する。

 となると、社会通念上の常識から考えて、この「スリーパーセル」なるものは、大都市における破壊活動を主目的にする特殊工作員、武装工作員であって、単に諜報や連絡に携わる工作員よりも、より上級の存在であり、本邦社会に対し破壊的な活動を行う特殊工作員であると解釈するのが妥当である。

 よって、警察白書の「潜伏する工作員」の記述を以て、「スリーパーセル」の存在を導き出すのは無理筋と言わねばならない。繰り返すように、公安調査庁の資料にも警察白書の資料にも、「スリーパーセル」という記述は依然として一切存在しないのである。

1-2)しかしながら、なぜ当方が広がる「工作員妄想」~三浦瑠麗氏発言の背景~(2018年2月13日)の中で、公安調査庁のみの記述を引用したかについては、公安調査庁と公安警察の活動実態が事実上同等であり、また北朝鮮や朝鮮総連に関する記述が、公安調査庁のそれの方がより具体的であるからである。

 公安調査庁と公安警察の活動実態が事実上同等である、となぜ当方が記述するのかといえば、それは日本の治安組織を綿密な取材に基づき検証した『日本の公安警察』(青木理著、講談社現代新書)の以下の記述を私が合理的判断基準に適当であるとして採用しているからである。

公安調査庁における調査官の情報収集手法は、公安警察のそれとほとんど変わるところはない。尾行や聞き込み、あるいは団体の拠点や集会に対する視察、協力者獲得・運営による情報入手法に至るまで、全くと言って良いほど同様手法の活動が展開されている。(中略)両者の根本的な手法に相違があるわけではない。公安調査庁が公安警察と同様の活動をしている…(後略)

出典:『日本の公安警察』(青木理著、講談社現代新書、P212-213)

 ご承知おきの通り、公安調査庁は1952年の破防法(破壊活動防止法)成立を以て設立された治安機関である。破防法は「暴力主義的破壊活動」を防止するために立法・成立されたものであり、ここでいう「暴力主義的破壊活動」とは、「内乱・陰謀・外患誘致・放火・強盗・往来妨害・汽車転覆・殺人等および予備」などを主に指すものである。現代風に言えばこれは、テロ活動と言えるだろう。

 これは、「スリーパーセルといわれて、もう指導者が死んだ、っていうのが分かったら、一切外部との連絡を絶って、都市で動き始める、スリーパーセルというのが活動される(中略)そうしたら首都を攻撃するよりかは、正直他の大都市が狙われる可能性もある」という三浦氏の想定する「スリーパーセル」のテロ活動の姿と驚くほど合致するといわねばならない。であるなら、「スリーパーセル」存在の根拠を、公安調査庁の報告書に求めるのは当然、合理的判断であると言わなければならないのである。

2-1)前述した青木氏の著作を以て、

公安警察、公安調査庁をはじめとする治安機関(中略)公安警察を中心とした日本の治安機関

出典:『日本の公安警察』(青木理著、講談社現代新書、P254-256)

 と言わしめており、これを記述する本書の表題が『日本の公安警察』と冠して、西暦2000年の時点で、既に公に出版されている事実を以てしても、公安調査庁と公安警察を一括して「公安」「公安当局」「我が公安」「公安警察」と記述すのは、北朝鮮とその関係者の動向を監視する日本の治安機構全般への呼称として、社会通念上の慣習として確立しているといわねばならず、至極妥当と言わなければならない。

 さらに、本件は冒頭にあげた通り、社会の公器たる民放番組において、「スリーパーセル」なる存在根拠薄弱な存在を「大阪に潜伏している」と、具体的地域名を限局して政治学者が断定したことについての妥当性を問うものであり、公安調査庁と公安警察の違いを解説する趣旨の記事ではないのであるから、「公安」には公安調査庁と公安警察などの、本邦治安機関がすべて包括されることを想定した記述と解釈するのが妥当である。

・「スリーパーセル」の記述登場に注目

 私は、かつて、かけがえのない日本人同胞を、北朝鮮の工作員が拉致した日本人拉致事件は、我が国の主権への侵害であるばかりか、普遍的な人権への重大な組織的挑戦と結論しており、日本社会のどこかに、現在でも北朝鮮の工作員が小なりと潜伏している疑いは、当然その蓋然性を有するものと思う。

 しかし「スリーパーセル」という記述が我が公安を以て記述されない以上、それは現時点で存在しない妄想・空想と判決せざるを得ないのが妥当(冒頭で参照した高氏記事の主張と同様)である。

 ただし、再三記述した通り、三浦氏が言及していない「差別」などへ射程へ論争の争点を拡大するべきではなく、社会の公器たる民放番組において、「スリーパーセル」なる存在根拠薄弱な存在を「大阪に潜伏している」と、具体的地域名を限局して政治学者が断定したことについての妥当性を問うものにもう一度引き戻していく方がより建設的であると思う。

 三浦氏が提起したのが、日本における防諜問題であると解釈すると、本件論争で「スリーパーセル」が仮に一般的用語となったのなら、我が公安は、それを反映した報告書を来年以降製作するか否かが、注目されるところである。なれば「スリーパーセル」の存在は実証されたということになるからだ。

作家/評論家/一般社団法人 令和政治社会問題研究所所長

1982年北海道札幌市生まれ。作家/文筆家/評論家/一般社団法人 令和政治社会問題研究所所長。一般社団法人 日本ペンクラブ正会員。立命館大学文学部史学科卒。テレビ・ラジオ出演など多数。主な著書に『シニア右翼―日本の中高年はなぜ右傾化するのか』(中央公論新社)、『愛国商売』(小学館)、『日本型リア充の研究』(自由国民社)、『女政治家の通信簿』(小学館)、『日本を蝕む極論の正体』(新潮社)、『意識高い系の研究』(文藝春秋)、『左翼も右翼もウソばかり』(新潮社)、『ネット右翼の終わり』(晶文社)、『欲望のすすめ』(ベスト新書)、『若者は本当に右傾化しているのか』(アスペクト)等多数。

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